天使の秘密 (3)
■あらすじ
無職のおじさんAは、ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身した。
彼は別人を装い、家賃の取り立てを免れるばかりか、大家の金取家に居候することに成功した。
しかしある時、彼の正体がAである可能性に、金取リツが気づいてしまった。
金取リツは彼を取り押さえ、彼からAの所持品(スマホと財布、部屋の鍵)を取り上げた。
■登場人物
A
・30歳、無職、男性
・ある日突然、天使の姿をしたかわいらしい少女に変身
・その容姿をフル活用して生きていくことを決意
・金取家の人々からは”テンちゃん”と呼ばれる
・ゲームやSNSでは”エイちゃん”と名乗る
・主人公
金取リツ(カンドリリツ)
・17歳、女子高生、大家の孫娘、アルバイトで大家の仕事を手伝う
・可愛い物好き
・彼の正体がAであることを確信した
金取セツコ(カンドリセツコ)
・おばあちゃん、主婦、リツの祖母
・背中の羽のせいで普通の服が着れないAのために、服を仕立ててくれる
金取ノボル(カンドリノボル)
・おじいちゃん、老後に大家業、リツの祖父
1
リツは、彼から取り上げた所持品を検めている。
「スマホ、部屋の鍵に財布。ちょっと失礼しますね…お、Aさんの身分証発見。クレカもキャッシュカードもある。鍵は…」
リツは軍手をはめたままだ。
リツは鍵を使って、部屋の鍵の開け閉めを試す。
「この部屋の物だね」
彼の腕はリツの握力からすでに解放され、彼はその場に立ち尽くしている。
リツは状況を説明した。
「私はアパートの部屋にいたあんたを取り押さえ、Aさんの所持品を回収した。
これがどういうことかわかる?
あんたがAさんじゃないっていうなら、不法侵入とか窃盗とか、そういう犯罪をしてることになると思うんだけど。
このことは、少なくともAさんのご両親に伝える必要があるからね」
彼はしばらく黙ったままだったが、声を絞り出した。
「…俺にどうしろっていうんだよ」
リツは彼に訊いた。
「認めるの?アンタがAさんだってこと」
彼は迷った。
しかしついに、認めてしまった。
「…うん」
「ふーん」
すると、リツは彼に提案した。
「わかった。じゃあこのことは秘密にして、スマホと財布も返してあげる」
彼は驚いてリツの顔を見上げた。
リツは続ける。
「ただし交換条件。今すぐ家から出てって。今後一切、家に近づかないで。じいちゃんもばあちゃんも悲しむと思うけど、私、あんたと同じ空間で生活するなんて耐えられない」
彼は提案を受け入れた。
「…うん、わかった」
2
「あと、もう一つ。最後にさ、あんたの話を聞かせてよ」
リツは訊いた。
「あんた、なんで家賃を滞納したの?」
彼は答えた。
「じいちゃんの話、聴いてたろ。あのまんまだよ。無職で、親の仕送りが切れて、金がなくなった。」
「働こうと思わなかったわけ?」
「1回コンビニの面接受けたけど、やる気が感じられないって落とされて。めんどくさくなって仕事探すのやめた」
「へえ、クズじゃん。ふざけんな」
彼は少し怒りを覚えてリツを睨む。
「お前に何がわかる」
しかし、リツは軽蔑の表情を浮かべている。
リツの表情を見て我に返り、彼は目線を落とす。
「すみません」
リツは聴取を再開した
「…あんたの体に何が起こったの?」
彼は答えた。
「わかんない。朝起きたらこうなってた。お前が取り立てに来たあの日」
「何もわかんないの?」
「うん」
リツはため息をついた。
「中身まで変わってたらよかったのに。それで、その体を使って好き放題したわけだ」
彼は反論した。
「確かに好き放題したけど、お前にも責任はあるんだからな」
「え、私?」
「セクハラだなんだいうけど、お前、距離感近すぎなんだよ。しょっちゅうこの体に抱きつくじゃねえか。風呂もお前から誘ってきたし。だから俺も、こういうもんなのかな、こうした方が喜ばれるかな、て思って抱きついたりしたわけ。だいたいお前、人によって態度変えすぎなんだよ」
リツは怒った。
「はあ?当たり前でしょ。距離感も態度も変わるよ。無職のオッサンと身寄りのない女の子じゃ天と地の差があるでしょ。それにあんた、胸揉むのはどう考えてもやりすぎ。ていうかそもそも、あんたが人を騙したのがいけないんでしょ」
リツが怒ったことに焦り、彼は謝った。
「いやそうだな、ごめん。おかしいこと言ってた。胸揉むのはやりすぎた。人を騙したのも最低だ。本当に申し訳ない」
3
しばらくの沈黙ののち、リツが口を開いた。
「もう十分かな」
リツがポケットからスマホを取り出した。
彼はスマホに向けて手を伸ばした。
彼の手がスマホに触れそうになる。
しかしその瞬間、リツはスマホを高く掲げた。
スマホの位置が高すぎて、彼の手が届かない。
リツはニヤリと笑った。
「ねえ、許すと思った?」
「えっ?」
困惑する彼を放って、リツは語りだした。
「あんた、家賃を滞納したじゃん?そういうトラブル、結構あるんだよね。うちのアパート、古くて家賃も休めだからさ、どうしてもね」
彼は呆然としている。
リツはスマホをポケットにしまった。
「そういうトラブルとか他の用事で、住人に直接会わなきゃいけないことってあるのよ。でも直接会うのって、女の子ひとりじゃ危ないこともあるじゃん?」
「…うん」
「だからそういう時、護身グッズを持ち歩いてるわけ。防犯ブザーとか、金属バットとか、これとか」
そういってリツは胸ポケットに挿してあるペンを取り出した。
リツの手に握られているのは何の変哲もないペンだ。
ペンは黒く、光沢が夕日を反射している。
「よく見て?」
リツは彼の顔にペンをゆっくり近づける。
夕日が反射して見づらいが、よく見るとクリップの根元の方に小さな丸が見える。
「これね、ペン型のビデオカメラなの」
彼が手を伸ばすと、リツはペンを引っ込めた。
「さて、どうしよう。誰に見せようかな。じいちゃん、ばあちゃん、それともご両親?ご両親に見せたいなあ。息子さんが健康で、しかもこんなにも楽しく暮らしているのを知ったら、喜んでくれそうだよね」
4
ある朝、彼は台所にいた。
彼はセツコ婆の朝食の支度を手伝っている。
彼は髪を後ろにまとめ、エプロンをしている。
セツコ婆の指示に従って、彼はきびきびと動く。
支度はほぼ終わりかけ、食卓の上に皿や椀が並んでいく。
セツコ婆が彼に礼を言った。
「テンちゃん、本当にありがとうね。助かるよ。手伝ってくれるおかげでずいぶん楽になったよ」
「あはは…どういたしまして」
そこへ、リツとノボル爺が台所に入ってきた。
リツは学校に行く支度を済ませたらしく、すでに制服に着替えている。
金取家の3人は朝の挨拶を交わした。
彼も挨拶をした。
「おはようございます」
ノボル爺が彼に声をかけた。
「テンちゃん、今日も手伝ってるのかい。偉いねえ」
セツコ婆も同調する。
「本当にねえ」
彼は謙遜した。
「いえいえ、私いつも暇なので、お手伝いくらいはしないと…」
ノボル爺が彼に提案した。
「そうだテンちゃん、今日、町内会あるんだけど、来てくれんか?柏谷さんとこのお子さんがいつも退屈そうにしててな。遊んでやってほしいんだ」
彼は迷った。
(面倒だな…)
「あの私、小さい子のお世話をしたことがなくて…」
彼はリツの方をチラッと見た。
リツは笑顔で彼をじっと見ている。
彼は結論を変えた。
「でもやっぱり、何事も経験ですよね!行きます」
彼は配膳を再開した。
彼がリツの湯呑にお茶を注ぐと、リツは彼にお礼を言った。
「ありがと」
かくして彼の新しい人生が始まった。
彼は積極的に家の手伝いを申し出るようになった。
もちろん、彼の意志ではない。
リツが彼の秘密を守る代わりに、彼に課した使命だ。
しかし彼も、いつまでも今の境遇に甘んじるつもりはない。
他に生活のアテを見つけて、金取家を出ていく考えだ。
頼る先が金取家や彼の実家でなければ、秘密を暴かれても誤魔化せる。
秘密をリツに握られていることが、些細な問題と化す。
リツは朝食を済ませると、そのまま玄関に向かった。
彼はまだ食べている途中だが、席を立ってついていった。
リツは靴を履いている。
それを待ち、彼は後ろで立っている。
リツが振り向いて彼を手招きした。
彼は屈んでリツに顔を近づける。
リツは小声で言う。
「おいクズ、町内会の件、あれはなんだ?」
「はい、申し訳ありません。即答するべきでした」
「気をつけろ。言ったよな」
そう言って、リツは人差し指で彼の鎖骨の下あたりを突いて押し込む。
「お前は当分、この家の奴隷だ」
2025/8/29
【祝】完結!何とか書き終えることができました!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
読みづらかったり、展開に無理があったり、つたない部分が多々あったかと思います。
それらを乗り越えて読んでいただけたことを、大変光栄に思います。
久しぶりに小説を書いてみて、思っていたよりも面白くて驚いています。
もしかしたらまた、別の作品を書くかもしれません。
その時はもうちょっとこなれた文章にするために、書き方を勉強すると思います。
ので、もし投稿されていることに気づいたら、読んでやってください。
では。




