【Night 8】束の間の散歩
「忘れ物はないな」
「ないよ!」
「ありませんよぉ~」
「うし、行くか」
遠足の前のような確認をしたあと、3人はコンビニを後にした。いつまでもあそこにいても、何も解決しない。どこに着くかわからなくても、歩いた方が帰れる確率はわずかながらもあるのだから。
「うう、さみー」
「カイロ持ってきてよかったですね!」
「あったかいよ!」
出発直前、3人はそれぞれここから必要になるかもしれない物をコンビニから持ち出していた。ヒカリの懐中電灯の電池から、テリカの場合は大量の食料まで。
「ふえぇ~、重いですぅ~」
「お前やっぱ食い物多すぎだろ。レジ袋じゃ限界があるっての」
「だってぇ~」
「そもそもそんな華奢な体型でなんでそんなに食うんだよ……」
そんなたわいもない会話をしていた。
そんなテリカに対してヒカリは、もう先程までの恐怖は感じていなかった。というより、忘れていた。
「テリカさん……」
「何ですかぁ?」
暢気そうな声が、少し上から聞こえてくる。
「テリカさんって、どこにすんでるの?」
「ど、どこに住んでるか、ですかぁ? えっと……」
するとテリカは、少し言葉に詰まった。動揺しているともとれた。
「……少なくとも、ここからはかなり遠いところですかねぇ……」
「おいおい、答えになってねーぞ」
すると、ナギも会話に参加した。
「コイツに代わって答えるならば、オレは東京生まれ、東京育ちだ。よーするに、ああいうのは見たことねーんだよ」
ナギが指差す先には、かなり見えづらいが、田んぼがあった。
「えっ? でも、東京でも農業はやってるんじゃないですかぁ?」
「……オレが住んでんのは街だよ」
するといきなり、テリカが目を輝かせた。
「えっ……じゃあ親御さんはかなりお金持ちってことに……」
「うるせぇ! 行くぞ!」
そう言って、ナギは先頭をスタスタ歩いて行った。
「あんまり離れるとはぐれちゃいますよぉー!」
「るせぇ! あんまり離れすぎないようにするから!」
間。
「わからないですねぇ」
テリカはそんなナギを遠目に見て言った。
「彼女はいったい、何をあんなに怒ってるのでしょうか……?」
「わかんない……」
「あっ、ごめんなさい、独り言ですよぉ」
テリカはかぶりを振った。そしてまた、前を向いて歩いた。
またしばらく沈黙が流れた。
ヒカリは知りたかった。このテリカという人はどんな人なんだろうか。何が好きで、何が嫌いで、どんな人が好きで、どんな人が嫌いか。好きな天気は何で、嫌いな料理は何なのか。そんなちょっとしたことが知りたかった。
「ヒカリちゃんは……どこに住んでたんですかぁ?」
すると、今度はテリカが訊いてきた。しかし、ナギのような正確な場所を、ヒカリは知らなかった。
「……どこなんだろう……」
「わからないんですかぁ。私と同じですね!」
「同じ……?」
「あ、いや、気にしないでください!」
そう言うとテリカは、また前を向いてしまった。
(わからない……)
ヒカリには、テリカがわからなかった。
すると。
「おーい! 何か人がいるぞ!」
遠くの方から、ナギが叫んだ。
「えっ!?」
「誰ですかぁ!?」
2人は急いで駆けつける。ナギの像がだんだんと大きくなっていく。
同時に、彼女の横、廃屋の壁に座り込んでいる少年の姿も。
「はぁ、はぁ……」
ヒカリとテリカは顔を地面に向け、息を切らした。久しぶりにこんなに走った、と、特にテリカは感じていた。
「……お疲れ」
すると、前方から、聞き覚えのない低い声が聞こえてきた。
前を向くと、そこには小柄な少年がいた。
髪色は黒。目が隠れていて、少し不気味。服装は白いシャツに黒いズボン、さらにベルトを巻いていた。どうやら学校帰りだったのだろう。
「……そして、誰、君たち」
静かに響いたその声は、その場に浅い緊張感をもたらした。