【Night 7】おとーさん
─────いいか、ヒカリ。
─────よく聞くんだ。
─────人間は
◆◆◆◆◆
「う……」
ヒカリの視界が、ゆっくりと広がっていく。急に電灯の光が入ってきて、かなり眩しい。目が痛い。
変な夢を見てしまった。
目が人工的な光に慣れると、ヒカリは時計に目をやった。9時だ。
しかし、驚くべきことがあった。
店の外は、まだ暗いのだ。
「えっ……」
思わず声が漏れた。ひょっとして、夜の9時まで寝てしまったのだろうか?
「ナギさん!」
ヒカリは足下に寝転がっていたナギを揺すった。
「……んぁ……?」
「おそとみて!」
「……外が、どうしたんだよ」
ナギはふらふらした足取りで、店の入口に歩いた。
「まだくらいんだよ!?」
「……ん……」
ヒカリの予想に対して、ナギの反応は鈍い。
「……まだ真夜中じゃねぇか、もうちょい寝かせろよ……」
「そうじゃなくて!」
すると、ピピピ、と、どこからか電子音が鳴った。
「ふぁぁぁ」
それにつられ、テリカも目覚めたようだ。
「あれ、みなさん……もう起きてたんですかぁ?」
「……いや、ヒカリが早く起こしすぎて……」
「? 今は朝9時じゃないんですかぁ?」
「え?」
「え?」
ナギとテリカが見合い、固まる。
「……だって、このスマホ、毎朝9時に目覚ましがセットされてるらしいですから」
次の瞬間、ナギは信じられないスピードで、テリカからスマホを奪った。そして、電源をつけた。
そのロック画面には、こう表示されていた。
2/24 AM9:03
「……おいおい……」
ナギはそのスマホと外を交互に見た。
「何で外は暗いままなんだよ……おかしいだろ……」
「うん……」
「うん、じゃねぇよ! 朝になればまだマシになると思ってたのに! こういつまでも暗いままじゃ埒があかねぇよ!」
「でも…進むしかないんじゃないですかぁ?」
「……まあそれもそうだな……」
やがてナギは、その場に座り込んでしまった。
「はー……夢だと良かったのによ」
─────夢。
「ん? ヒカリちゃん、どうしたんですかぁ?」
ヒカリの表情の変化に気がついたのか、テリカが声をかけてきた。
ヒカリはテリカに伝えた。
「へんなゆめ、みた……」
「変な夢?」
「どうしたんだ?」
ナギも立ち上がり、ヒカリに寄ってきた。
「うん。へんなゆめ……」
「そうですかぁ、それは怖かったですねぇ」
「まあこんな状況だしな。悪夢の1つや2つは見るだろ。で、どんな夢だったんだ?」
ナギはヒカリに迫った。心配半分、興味半分といった顔だった。
「おとーさんが……」
ヒカリが話したのは、だいたいこんなことだった。
ヒカリは、椅子に座っていた。
移動しようにも、身動きがとれない。何かに縛られているわけでもないのに、立ち上がれないし、椅子ごと倒れることもできない。
周りは灰色一色で覆われていた。どこまでが移動可能で、どこに壁があるのかさえわからなかった。
ヒカリは大声で助けを呼んだ。おとーさん、おかーさん、だれかたすけて、と。
すると、目の前に何者かが現れた。
父親と、もう一人。
「おとーさん! ……おかーさん?」
「やあ、ヒカリ。気分はどうだい?」
父親はヒカリに話しかけた。その口調は、いつもと変わらなかった。
ただ、隣にいるのは。
「……おかーさんじゃない……ばけもの……」
真っ黒な影が、父親の隣にいた。
しかも、そのシルエットは、父親そっくりだった。交互に見れば見るほど、それは似ていた。
「ああ。〈彼〉は僕達の仲間さ。いや、ヒカリ達には敵ともとれるか? とにかく、ヒカリに悪いことをしようってわけじゃない」
そして、父親はヒカリに近づいた。
「いいかい、ヒカリ。よく聞くんだ。人間は……」
口の動きが、急に遅くなる。
そして、父親が、だんだんと黒い影へと姿を変えていく。それと同時に、少し離れた父親そっくりの黒い影が、消えていく。
「■■■■■■■■」
高い音と低い音が混ざり合い、よく聞こえなかった。
「理解してくれ。これは、他の人のためでもあるんだ」
そして、父親だった黒い影は踵を返した。
「なんで……!?」
「ヒカリ」
影が動きを止めた。しかし、こちらには振り返らない。
「お父さん、言ってきただろ。他の人には、優しくしなさい、って」
そして、影はゆっくりと消えていった。
「おとーさん!」
ヒカリが呼んでも、空間中に虚しく響くだけだった。
やがて、ヒカリの意識も、消えていった。
「なかなか不気味ですねぇ……」
テリカは共感するようにヒカリの頭をさすった。本当にそう思っているのかは甚だ疑問だった。
「でもよ、そのヒカリの親父って、どんな奴なんだ? 普段何してたとかさ。聞いた感じ、何か怪しい研究してるマッドサイエンティストってイメージしかできねぇぞ」
すると、ヒカリは少し躊躇うように口を開いた。
「……おとーさん、えほんかいてた」
「……はっ?」
ナギは素っ頓狂な声を出した。
「絵本? それまたどうしてですか?」
テリカも食いつく。
「何書いてたんだよ?」
「わからない」
「そのお父さんの名前とかわからないですかね?」
テリカがスマホを素早くナギの手から奪い返した。あっ、とナギの口から声が漏れた。
「おとーさんのなまえ、あさひ ゆう」
「アサヒ ユウ……」
テリカがスマホを操作する。
だが。
「……やっぱりロック解除できないですぅ……」
すぐに悔しそうな表情を浮かべた。
「ちょっ、お前、それお前のスマホじゃねーのかよ!?」
「違いますよぉ? 拾ったんです」
「はー、このスマホでできるのは日付確認だけか……期待して損したぜ……」
ナギはがっくりした。
「しゃーねー、今は各々の家に辿り着くまで歩くぞ! ヒカリ! その懐中電灯の電池、持ってけよ」
かと思うと、ナギが荷物をまとめていた。
ヒカリとテリカも、出発に向けて、準備を始めた。
真夜中の散歩の2日目が、始まろうとしていた。