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【Night 54】豪運




『……はは……やってくれるじゃんか』

冷たい風が吹き荒れる中、4人の後ろで〈ゲッタ〉が言った。笑ってはいたが、声が怒りに震えているのがわかった。

周囲には、他の影はもういなかった。いや、ヒカリたちが〈ゲッタ〉の身体から出てくるときに、別の場所に来てしまったのだろう。

『……まあいいよ。取り返せば済む話だ』

その時、〈ゲッタ〉は両手を一斉にヨウタに伸ばしてきた。両手なら片方を破壊されてももう片方でヨウタを捕らえられるという魂胆だろう。

だがその目論見もくろみは見事に阻まれた。ヨウタは素早く後ろへ身を引くと、両手で拳をつくり、振り上げ、そして〈ゲッタ〉の両手が空振ると、その両手めがけて一直線に叩きつけた。

「ヨウタさん!」

ヒカリは叫んだ。しかし、前のように苦戦はしていないみたいだ。「前」が、もうずいぶん昔のように感じられた。

『……く』

〈ゲッタ〉は今や粉々に砕けてちりと化した両腕があった場所を見て、悔しそうに呟いた。

そして、彼の白い目が見えなくなった。きびすを返したのだ。その影はみるみるうちに小さくなっていく。

「……ヒカリたちも、にげなきゃ」

それを見てヒカリが言ったが、隣のヨウタが首を振り、返した。

「……いや、ここは奴を追おう。奴が逃げる先は彼らの本拠地……影がたくさんいる場所に違いない。そこに、後の2人の影もいるでしょ。それに、忘れてるかもしれないけど、目を離した場所は地形が置き換わってしまう」

「そうだね」

ヒカリは一瞬、懐かしい気分になった。

「……だから……」

その時だった。

『……あの子……』

突如として、背中に高い、でも鈍い声が突き刺さった。耳がすんなりと受け入れたその声は、ずいぶん久しぶりに体内に侵入してきた。

「……!!」

真っ先に振り向いたのはヨウタだった。だが彼も、歯を食いしばるようにし、冷や汗を早くも流し始めていた。髪に隠れたその両目は、きっとほぼ限界に至るまでに開かれていたに違いない。

「……ありえない……こんな偶然……」

少し遅れて、トウマとマリ。そして、ヒカリも振り返った。

そこで、ヨウタの発言に心から同意することになった。

目の前には……白い目をらんらんと光らせるナギとテリカの影があったのだから。

『……あれ』

『そっかぁ、〈ゲッタ〉、ついさっき言ってたもんね。気をつけろって』

ナギの影の方はなぜか面白がるような声色で言ったが、微妙に混乱しているようだった。だが、情報は「テレパシー」を通して伝わっているようだ。それも、驚くほど速く。

ヒカリの心に、もう迷いなどなかった。

「……ヨウタさん」

「……何?」

「いこう」

ヨウタは口を開いた。そして何かを聞こえないほど小さな声で口走ったかと思うと、言った。

「……行くって……どこに……」

「ふたりのなかにはいったら、たすけられる」

ヨウタは振り向き、トウマとマリを交互に見た。そして、もう一度振り返った。

だがここで、想定外のミスが生じた。

「……影がいなくなってる……!」

ヒカリは慌ててヨウタから目を離した。すると、もう2人の姿はなく、景色も住宅街か何かに変わっていた。

忘れていた。

目を離した場所は、″入れ替わる″ということを。

「………!」

ヒカリはもう一度ヨウタの方を向いた。そこにいる人が目を離していなければ、場所は変わらない。それはわかっているけど……。

だが、奇跡はもう一度起きた。

「! ヨウタさん……」

ヒカリはヨウタの後ろをゆっくりと指さした。ヨウタの表情(目は髪に隠れているが)が変わるのがわかった。そして何かを察したのか、すぐに振り返った。

そして、それを見た。

そこに立ち尽くしている、テリカの影を。

『……?』

影は不思議に思っているようだった。もちろん、ヒカリ達も不思議に思っていた。なんで逃げられたはずの影が、また目の前に?

いや、今はそんなことどうでもいい。

チャンスは、今しかない。

「ヨウタさん、ふたりを、おねがい」

そうとだけ言って、ヒカリはテリカの影に突っ込んでいった。冷気が顔を直撃して痛かったが、気にする余地もなかった。

「……あっ、ちょっと……」

そしてヒカリは、テリカの影にぶつかった。特に感触は無かった。普通でもすり抜けるのだからそれは当たり前だったが。




「……」

目を開けると、無機質な光がヒカリの網膜に刺さるのを感じた。それが白い天井に設置された蛍光灯によるものだとわかるまで数秒を要した。それで、ここが建物の中なのだということを察した。

ヒカリはゆっくりと体を起こした。すると、その光景が目に入った。

ヒカリの10メートルくらい手前で、大勢の人たち───ヒカリと同じくらいの子供から、杖をついたお年寄りまで───が何かを取り囲むようにして立っていた。

そして、見えた。

その中心に、黒く大きな四つ脚の、何か蓋のようなものが半開きになっていた、ヒカリの身長よりも高いその物体(もちろんそれはピアノなのだが、ヒカリは現物を見たことがなかった。歌を歌う時、幼稚園の先生はいつもオルガンを弾いていたからだ)が。

さらに、ヒカリから見てそのすぐ後ろに位置する場所に、座っているテリカが。

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