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【Night 53】兄と弟と妹




どこだ。

ヨウタは、どこにいる?

ヒカリはただそれだけを考えながら、ひしめく影たちの間を縫って走った。縫う、といっても実際には接触できないので、正しい表現ではないのかもしれないが。

「……ねえ」

すると、走りながら、後ろでヒカリについてくる男の子が言った。息を切らしていて、喋りづらそうだった。

「言いわすれてたけど、これって……どういう状きょう?」

「?」

「今、黒っぽい人たちがいっぱいいるけど、どうなってるの?」

男の子───トウマはそう言うと、ヒカリから視線を外してしまった。ヨウタによればトウマは、ヨウタやトウマのすぐ横を走っている女の子───マリを置いて一番最初に影に取り込まれたのだ。状況を知らなくても無理はない。

「……だいじょうぶだよ。いまは影につかまっちゃってるけど、たすけられる」

「……そっか」

トウマが少しだけ安心したような気がした。

その時。

「!」

ヒカリの足が急に止まった。

そこに目的があったから。

「……」

『……ん?』

その見覚えのある影は、気配に気がつくと、こちらをゆっくりと振り向いた。白い目が、ずっとヒカリではない───トウマとマリに向けられていたように感じた。

『……君達……何で……』

そこでヒカリは、ようやくこの、ヨウタにそっくりな影───〈ゲッタ〉の動揺した顔を見たような気がした。顔といっても、ほとんど何もわからなかったが、直感がそう伝えた。

「ヨウタさんをかえして」

〈ゲッタ〉の言葉を遮るようにヒカリが言い放った。その幼い目には、どこか妙な鋭さがあった。

『……それはこっちのセリフだよ。トウマとマリを返してもらえるかな?』

もちろん、聞き入れるわけにはいかなかった。

「……ふたりとも、いこう」

ヒカリは〈ゲッタ〉に固執せずに、後ろにいたトウマとマリの手を、ぎゅっと握った。

「……ヒカリちゃん……どうしたの?」

「はなさないでね。しっかり、つかまって」

ヒカリからこんなにも頼もしい言葉が出たことに、本人も心の中で少し驚いていた。

そして次の瞬間、ヒカリは思い切り地面を蹴った。地面が割れるくらいに、力強く。3人の姿は、未だ動揺を拭いきれないゲッタの体の中に吸い込まれていった。




「……ん……」

やはり3人の中では、目を覚ますのはヒカリが一番早かった。まるで寝起きの子供のように目を擦ると、ヒカリの目の前には、少し、いやかなり変わった風景が広がっていた。まず、3人に覆い被さるように、シダ植物か何かの葉が生えていた。周りには木々が生い茂り、上を見ると、その木々の葉の間から漏れる光が、ヒカリたちにまで差し込んでいた。

ここは……真っ暗じゃない?

ヒカリは再び目を下ろすと、横たわっていた2人の体を揺すった。

「……ん」

「あれ……」

3秒もすると、2人は瞬きを繰り返しながら体をゆっくりと起こした。

その時。

ぱぁん、と乾いた音。

続けて、だだだだだだ、と、ドリルで地面を掘るような音が木々の向こうから聞こえてきた。

「なんだろう……?」

ヒカリは音のする方を向いた。

……動けなくなった。

まるで金縛りにあったようだった。頭が、逃げろ、と命令しても、体が言うことを聞かずに留まり続ける。

目が合ったのだ。銃を持った……長髪の男と。そして男は、その手に持っている黒く長い物をヒカリに向けていた。

ほぼ同時だった。ヒカリが咄嗟に木の陰に隠れるのと、その銃口がけたたましい音とともに火を噴くのが。

「……にげよう!」

横でマリの声が聞こえた。今にも泣き出しそうだった。そしてヒカリも、泣きたくなった。

頭の上や足の下を、何度も熱いものがかすめた。当たりはしなかったが、砂埃が激しく舞った。それだけで足を止めてしまいそうになった。

しかし、やがて本当に足を止めてしまうことになる。

「え……」

ヒカリたちは、断崖絶壁───という袋小路に迷い込んでしまっていた。崖の先が小さな破片となり、下に落ちていく。

そして、その下には────。

「ヨウタさん!」

仰向けに倒れ、こちらに手を伸ばしている少年───ヨウタの姿があった。だが奇妙なことに、口が見えなかった。視力の問題だろうか。そのせいで、髪が目にかかっているヨウタの顔は、のっぺらぼうのように見えた。そしてなぜか、迷彩服を着ていて、ヒカリの腕の長さの二倍はある銃が手元に落ちていた。

とにかく───とにかくだ。

ヒカリは精一杯の声で叫んだ。

「ヨウタさんっ!! むかえにきたよっ!!」

必死に声を張るヒカリの後ろで、トウマとマリは震えていた。震えながら、ただその成り行きを見守っていた。

「みんな、たすけられるんだよ! みんな、もとにもどせるんだよ!」


───まもれなかった


すると、そのヒカリの叫びを遮るように、声が響いた。下のヨウタからというよりかは、この空間全体から響いているようだった。低い声が反響して、ヒカリの中に留まり続けた。

「え……?」


───みんな まもれなかった トウマも マリも だから 死ぬ べき なんだ


言葉として成立しているかも怪しかった。崩れそうな言葉を───それこそ少しつつけば積んだ形を失ってしまいそうな積み木をゆっくりと組み立てるように───なんとか紡いでいるようだった。

ただただ苦しかった。

「……ヨウタさん、トウマさんも、マリさんも、みんな、たすけられてるから、だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」

声が震えているのがわかった。核心を突かれたかのようだった。もちろん、核心なんてないが。


───まもれなかった だから 死ぬ べき


「どうすれば、いいの……」

もはや打つ手がなかった。会話が成り立っていない。どちらかというと独り言をぶつぶつと呟いているようだった。今のヨウタは。

こうなれば、もう……。

ヒカリは足を踏み出した。パラパラ、と乾いた音がしたかと思うと、崖の先がまたしても崩れ、破片となり、落ちていった。その高さは、4人が離ればなれになったあのビルより、ずっとずっと高かった。ヨウタの姿だけがはっきりと見えた。

その時だった。

「ヨウタ兄!」

突如、ヒカリの身体が軽く左に押された。

少しよろけた。見ると、トウマが崖の下に顔を向けていた。彼がヒカリを押しのけ、崖っぷちまで足を進めていた。マリも、その後ろにいた。

「かえってきてよ……ぼくたち、まってるよ……」

正直、ヨウタに聞こえていたかどうかも怪しかった。それほど小さく、絞り出すような声には違いなかった。

だが、一瞬、声が止んだ。

その隙に、今度はマリがトウマと入れ替わるようにして崖に近づいた。つま先が崖からはみ出ていて、少しでも前に身体を傾けたら落ちそうだった。

「ヨウタ兄……わたし、ヨウタ兄に……生きてほしくて……聞こえてたかわからないけど、ぎりぎりで言ったんだよ。だから、ヨウタ兄がみんなといっしょに生きててくれてよかった。それだけでさ、いいんだよ。それだけで……」

ヒカリは待っていた。彼が何と答えるのか。手を虚空に伸ばした彼は、何を返すのか。

だが……その後に流れたのは、空白だった。それはまるで、何か思いもよらないことが起きたときや、何か迷っているときに似ていた。

───すると。

ヒカリの足から、重々しい音が鳴り響いた。いや、正確には、ヒカリが足をつけている地面からだった。音が大きくなるにつれ、砂が舞い、振動が伝わる。

しかし何かが起こるわけでもなく、やがて、音が止んだ。同時に、砂埃も霧のように消えた。

そして、次の瞬間には───。

「ヨウタ兄!」

あの崖はいつの間にか平らになり、少し足を踏み出せば届く距離に、ヨウタの姿があった。

すぐに2人が駆けだした。そして、何か大切な物に触れるように、そっとヨウタの身体に手を伸ばした。




「……ん」

目が覚めた。トウマやマリの時と同じ感覚。ぼんやりとした感覚がヒカリを襲った。

そして、目に入った。

ヨウタが、じっとこちらを見ているのが。髪で目が隠れていても、こちらを見ているのはすぐにわかった。だって、ずっと一緒に過ごしていたのだから。

そして、ヒカリに向けて、笑った。

「……ヒカリ、ありがとう」

力のこもった声だった。あの声の主がヨウタだったのかどうかは正直わからない。でも、助けられた。あの弟と妹の力を借りて、だけど。

とりあえず、これで一歩進んだわけだ。

「ヨウタ兄!」

トウマとマリがヨウタの手を握った。トウマは左手、マリは右手だ。

「……2人とも……」

ヨウタは少し驚いたように言ってみせた。

そして───2人を、力一杯、抱いた。

「……大好きだよ」

やっぱり、この2人には勝てないかもしれない。

まあ、それでいいか。

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