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【Night 51】みんなが




暗闇よりもさらに深く、深淵よりもはるかに濃い。そのさらに深くに、彼女はいた。

自分が今、どういう態勢をとっているのかもわからない。口を閉じているのか開けているのか、そもそも体は存在するのか、それすらも怪しく思えてくる。

しかしそれに対して、彼女が不快感を得ることはなかった。もちろん、快感を得ているわけでもない。あるのはただ「無」、無感情だ。

ヒカリはただただ静止していた。拘束されているのかされていないのかわからない。しかしそれを確かめる術はない。なぜか動く気になれなかった。

すると。

───気分はどう?

どこからか、幼い少女の声が聞こえた。

誰か知らない人だ。知らない。会ったこともない。もしあったとしても、どうでもいい。ただ提示された質問に答えるだけだ。

───だいじょうぶ。

───そう。それはよかった。

返事はすぐに返ってきた。心から安心している声だった。疑いは微塵みじんも感じなかった。

───……わたし、きめたよ。

すると、その声はためらうようにヒカリに流れ込んできた。


───わたし、ヒカリちゃんの分まで、ちゃんと生きる。ヒカリちゃんにもむねをはれるように、ちゃんと……。


……そうか。

それはよかった。

───じゃあね。ヒカリちゃん。

そこで、声は途切れた。

ヒカリはもはやどうでもよくなっていた。彼女の頭は薬物に溺れた時のような酷い浮遊感に襲われ、記憶が少しずつ抜け落ちていった。自分の好物、周りのこと、そして、ここまでの旅路───。

その全ての底に穴が開き、中身が抜け落ちていく。

しかし、それを止めることは誰もしない。ヒカリ本人でさえも。

ああ、もう、どうでもいい───。




─── レ  う   ね   な



……?




─── レ もう 寒 ねえか な




何かが、ささやいてくる。

そしてそれが、開いた底を覆うように、包み込んでいく。




その時だった。




───オレはもう、寒くねえからな。




「!?」

突然、目の前が光に包まれた。

いや、正確には、自分が光っている……?

「くびが……」

その光は、ヒカリの首元───ナギのマフラーから燦然さんぜんと放たれていた。

そうだ。

ナギからもらったマフラーは、ナギの温もりを感じることができて、とても温かかった。あの時は、どんな極寒も乗り越えることができそうな気がした。

ヒカリは、頭と胴体の感覚を取り戻した。

さらに。




───家族に会わせるまでは、傷ついた状態で帰すわけにはいきませんよっ!




今度は、ヒカリの視界の下から、光がまっすぐ放たれていた。反射するように、下を覗き込む。

テリカとの戦いの後、テリカ自身が巻いてくれた包帯。傷は痛かったが、それでも彼女が巻いてくれた包帯で、痛みが飛んでいったような気がした。

ヒカリは、足の感覚を取り戻した。

そして。




───だから、せめてものおびとして、これ。




ヒカリの視界の両端から、柔らかい光が漏れ出る。見ると、両手のてのひらからだ。それがヨウタがくれた手袋からの光だということは、言うまでもなかった。

他人のために何かをすることなんて少しもなさそうなヨウタが、自分のために持ってきてくれた。お詫びと言っていたが、違う理由があるのだとわかっていた。そんなことを考えるたびに、勇気が湧いてきていた。

ヒカリは、手の感覚を取り戻した。




───まあ、あれだ。




……呼んでいる。




───要するにオレたちが言いたいのは……。




みんなが、呼んでいる。




───その……みんなお前を大事にしてるってことだ! 忘れんなよ!




みんなが、自分のことを思ってくれている。




ヒカリは咄嗟とっさに手を伸ばした。どこでもいい。どこでもいいから、何かを掴め。何かを掴んで、ここからい出ろ。自分は、自分と仲間は……ここで、終わりじゃない。

すると、何かを突き抜けるような音がした。

そして、眼前に、まばゆい光が、流れ込んできた───。






『!?』

クラヤミは、驚き以外の感情を示すことができなかった。無理もない。裂けるような痛みを感じた後、自分の腹から何かが飛び出してきた。

それは…。

「ごほっ、ごほっ……」

今自分の目の前で激しく咳き込んでいる幼女───ヒカリ。

自分の腹から手が伸びたかと思うと、穴を広げるかのように引っかき回し、やがて全身が一気に飛び出してきた。

『……ありえない……』

通常、1度取り込まれた人類が再びその拘束から逃れることは不可能なはずだった。

しかし今は、その反例ができてしまった。

一体、なぜ?

『……まさか……』

神授人ギフテッドの、新しい力……?

「……みんなを、たすけなきゃ……」

すると、ヒカリは何やらぶつぶつ言いながら立ちあがった。それと同時に、クラヤミの体が硬直する。

やがて、ヒカリは走りだす。クラヤミと反対の方向へ……導かれるがままに。

『……なんで、大人しくしてくれないの……』

クラヤミはだんだんと小さくなるヒカリを見つめながら、呟いた。妙に涙声だった。

追うことは、しなかった。

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