【Night 5】口調
「うーん、いたた……」
その人物は、崩れ落ちた商品の中から手を伸ばし、外に出ようとしていた。
「ちょっと欲張りすぎちゃいましたよぉ……」
そして、その人物は、商品の山から顔を出した。
その正体は、見た感じ中学生くらいの少女だった。長い黒髪に、少しブカブカなコート。そして、保育士のような優しい顔。
ナギとは正反対の見た目だった。
「あなたも食べますかぁ?」
「……は?」
困惑したのはナギだった。
「食べるって……お前……一人か?」
「はい。1人ですよ」
「もしかして……1人であのおにぎりを全部?」
「はい。そうですよ」
「……お前、どんだけ腹減ってたんだよ。てか、なんでそんなおしとやかそうな顔で大食いなんだよ」
ナギは半ば呆れて言った。
「……えっと……それは何と答えたらいいかわからないですよ」
するとなぜか、その少女は言葉を濁した。
「どーしたの?」
「あ、ヒカリ……」
やがてヒカリもバックヤードに入ってきた。
「この子は……」
「こいつはヒカリだ。さっき会ってな、連れてけとうるさいから連れてきたんだ」
「そうなんですかぁ。よろしくお願いしますね!」
「よろしくって……お前ついてくんのか?」
「だめなんですかぁ?」
少女はうるうるとこちらを見つめてくる。
しかし、ナギには彼女の胃袋以外に、少し気になっている事があった。
「なあ」
「なに?」
「いや、ヒカリじゃない。お前だ。おにぎり食ってたお前」
「何でしょうか?」
「何で『~ですかぁ』とか『~ですよぉ』って喋るんだよ?」
「それは私が好きな喋り方してるだけですよぉ」
ナギは舌打ちした。その音は、バックヤードに嫌というほど響いた。
「はっきり言ってやろうか」
するとナギは、少女の胸ぐらを掴んだ。
「ナギさん!?」
「えっ、ちょっ…」
ヒカリと少女はナギのあまりに唐突な行動に困惑した。
「イラつくからやめろ」
あまりにも低い声だった。ヒカリは背中に何かが通ったような感じがした。
「………」
少女は黙り込んでしまった。
「わかったか」
ナギは続ける。独壇場だ。
……そのように思われたが。
「あー、なるほどなるほど」
突如、少女が再び喋りだした。
「そういうことですかぁ」
「お前、話聞いてたのかよ」
「要は『私が選べるべき権利を放棄しろ』ってことですかぁ?」
少女は商品の山から出てきた。先程よりかは小さいものの、金属質の、何かが崩れる音がした。その「何か」は見えているのに、わからなかった。
「は?」
今度はナギが困惑する番だった。
「じゃあなんであなたは……」
少女はナギに顔を近づけた。少しでも前に動かせば、ぶつかりそうな距離まで。
「『オレ』とか言ってるんですかぁ? 女の子らしくないですよぉ?」
ナギが固まった。ヒカリも固まった。
理由は明白だった。
少女の目が、ありえないくらいに真っ暗になっていた。
そんな気がしたからだ。
ナギでさえも、押されているのがはっきりわかった。
「…お前」
反応するようにナギも口を開いた。
「もう一ぺん言ってみろよ」
2人の間に緊張が走る。一触即発の雰囲気だ。
すると。
「やめて!」
ヒカリが間に割って入った。
「………」
「………」
2人は気を取り戻したように黙り込んだ。
「……わーったよ。ついてきていいから、足ひっぱんなよ。さっきのことは…忘れてくれ」
そして、ナギがとうとう折れた。冷や汗が流れていた。
すると少女は、また元の笑顔に戻った。
「そうですかぁ! 嬉しいです! 私は紫電テリカです! ナギさん、よろしくお願いします!」
「お、おお。てか、何でオレの名前知って…」
「さっきヒカリちゃんに言われてたじゃないですかぁ。ナギさん、って」
「……」
言いたいことを言い終えると、テリカはヒカリに近づいてきた。
「よろしくお願いしますね、ヒカリちゃん!」
「……はい……」
すると、ナギが割って入った。
「うし、行くぞ」
「え? 行くって、どこに……」
「どことかねぇよ。家に帰るんだ」
「あ……そうでしたねぇ……でも、進む先がどこになるか予想できないときに進んで大丈夫ですかぁ?」
「知らねぇ。でも進まなきゃ話にならねぇ」
テリカはしばらく考えた後に、明るくこう言った。
「待っててもらえませんか?」
「はっ?」
「この食べ物、食べたいんです」
テリカは自分が先程まで埋まっていた商品を見下ろした。安定の定番から魅力的な新商品まで揃っている。
「……早く来いよ」
そう言ってナギはバックヤードから出て行った。
「……」
ヒカリはテリカを見ていた。その不安そうな表情に気付いたのか、テリカは笑顔を見せてきた。
ヒカリもバックヤードから去った。
2人は入り口付近の雑誌コーナーに座り込み、取った(盗った)プリンを食べながら待つことにした。芳醇な甘みが舌に、そして体全体に染み渡る。機械が作ったとは思えないほど、なんとも美味だった。
しかし2人の間に、その味の感想が飛び交うことはなかった。
「……ナギさん……」
「どした?」
「………」
「……ああ、だいたい言いたいことはわかった」
ナギはヒカリの肩に手を置いた。
「あいつが怖いんだろ。その……テリカとかいう奴が」
ヒカリはゆっくりと頷いた。
すると、ナギは急に立ち上がった。
「オレも、あいつのことはあまり気に食わないさ。確かに恐怖もあるし、第一、よくわからん。でもな」
ナギはヒカリの前に再び座り込み、今度はヒカリに顔を近づけた。先程とは違い、優しい目をしていた。
「それでも、間違った選択をしないように…」
ナギが言いかけたその時。
隣で物凄い音がした。
「!?」
2人は倒れ込んだ。
「何が───」
そこで、2人は見た。
あの黒い影が、店内になだれ込んできていた。それも、複数体いる。
コンビニの照明に照らされて、その姿形がはっきりわかった。
人間をそのままシルエットにしたかのような……そんな形だった。つまり、形だけは人間と同じだった。
そしてその角度から、こちらを向いていることは明らかだった。
「あ、終わった……」
ナギが小さな声で呟いた。