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【Night 46】ナギ(中編)




「……こうやって、今のナギができたんだね」

エンリは言う。窓が開いていたらしく、外から乾いた風が吹きつける。

「……そうだ」

ナギは小さく返事をした。

「オレがショウタを殺したから……オレが責任を取るべきだったんだ。今後は、自分は……ショウタとして生きていくって」

ナギは立ち上がり、2人の方を振り向く。ガタン、と椅子が揺れる音がした。

「ショウタとして生きて、エンリをまた笑顔にさせようって……ナギという人物じゃ無理だから……」

そして、ナギはエンリの前に立ちはだかる。エンリは生気の無い目でナギをぼんやり見ていた。

「お前……ショウタのことが好きだったんだろ?」

エンリは答えない。沈黙が流れていく。

「何も答えないか……まあオr」

「じゃあさ」

すると、さっき答えなかったエンリが口を開いた。目には何かが宿っていたようにも見えた。

「なんであそこで、私を見捨てたの?」

「………」

今度はナギが沈黙した。しかし、エンリとは違っていた。明らかに答えを見つけられていないような、焦りがわかるような顔だったからだ。

「そんなに私を守りたかったんならさ……なんで、あそこで私を見捨てたの? それだけで済むならまだしも、あんな小さい子に嘘ついて……」

エンリは立ち上がり、ナギをじっと見た。その目が全てを見透かしているように、ナギは感じた。

すると。

「お、結構時間が進んだな」

ショウタがそう言った。気がつくと、あたりは暗い影を落とす田園風景となっていた。その真ん中に、戸惑う二人組が映し出されている。エンリの隣のショウタもいつの間にか立ち上がっていた。

「……これ……」

ナギはすぐに理解した。これは。これは。

「今度は目、閉じないでね」

エンリから鋭い声が飛んでくる。全てお見通しのようだ。

ナギは目の当たりにする。もうすぐ。もうすぐ。自分の失態を───。





「いっけねー、遅くなっちまった」

星野ナギは、高校2年生だ。テニス部に後輩が入部してから、もう半年以上経つ。なのに、先輩としての風格は全く出てこない。この乱雑な口調にも慣れ、今やこちらが自分の本来の口調のようにも思えてきた。

「そうだね。早く帰らないと。ていうか、よくジャケットで学校に行けるね……」

「下に制服着てるから良いだろ」

隣にいるのは、花村エンリ。ナギの唯一の理解者で、乱暴な口調を怖がるナギとずっと一緒にいて、同じように気味悪がられていた。しかし、彼女がナギの元を離れることはなかった。

そして2人は、部活帰りに、暗い道を辿っていた。2人は幼なじみで、住んでいる場所も近かった。

「もうすぐ受験生かぁ……嫌だなぁ……」

エンリは独り言を呟いた。独り言ではなかったのかもしれない。

「オレは勉強する気なんてねーけど」

「またそんなこと言って! 将来どうやって暮らしていくの?」

「そん時はそん時だよ。今日のことを考えながら生きていけば十分さ」

「確かにそれはそうだけど……え」

「?」

「いや……あたしたち、気付いてなかったけど……ここ、どこ?」

気がつくと、2人は見知らぬ場所に立っていた。先程まで通っていた道はいつの間にかさらに暗い細道に変わり、左右には水田が広がっていた。照明も全くないと言っていいほどだった。星明かりだけが、2人を照らす光だった。

「え……オレたち、さっきまでいつもの道通ってたよな。なんでこんな田舎っぽい場所にいるんだ? なあ!?」

ナギはパニックになったのか、エンリの肩を掴み、揺さぶった。

「お、落ち着いて……わからないよ……」

エンリはなお冷静さを欠いていなかった。なんとかしてナギを落ち着かせようとしていた。

すると、その時。

「あっ」

エンリから、急に謎の声が漏れた。

「エ、エンリ?」

「あれ……」

エンリが震えながら指差す方向に、ゆっくりと首を向ける。

その瞬間、心臓が止まるような衝撃を受けた。

それは禍々《まがまが》しいほどの黒色をしていて、ゆっくりと動いている。身長はエンリよりも少し高いくらいだ。特に大きいわけでもない。

ただ、何よりも驚いたのは。

「……私……?」

その黒い「何か」は、エンリとそっくりの外見をしていた。エンリの塗り絵を真っ黒に塗りつぶしたようだった。

二人の身体は硬直した。蛇に睨まれた蛙が動けなくなるのは本当だったんだと思い知らされた。逃げようとしても、体が言うことを聞かない。

すると、エンリに似た「何か」が、こちらにゆっくりと向いた。獲物を発見したかのような息遣いをしていた。

そこで、ようやくナギの体は動き出した。このままとどまっていると、死ぬ。ナギの本来の性格が表れていた。

「エンリ! 逃げるぞ!」

力一杯叫び、ナギは影から逃げた。あたり一面光がなくて、手が届きそうな目の前すら、何があるのかわからない。

後ろを見る。エンリはしっかりついてきている。よかった、と安心したのも束の間、エンリのすぐ後ろにあの「何か」がいることに気がついた。

「エンリ! 後ろにいるぞ!」

「わかってるっ……!」

ナギはずっと懸念していた。エンリは運動能力が低い。このままだとあれに追いつかれてしまうのではないか、と。

それならば……。

いや、だめだ。2人で生還するんだ。

すると、目の前の何かにぶつかるのを感じた。硬い、金属のような物だった。てて、とナギは膝をさすった後、それがこの状況を打開する物だとわかった。

バイクだった。ハンドルにヘルメットもかかっている。少し古いが、2人を乗せて走るには十分だろう。メーターを見る限り、燃料も入っている。

ナギは辿々しい手つきでバイクのハンドルを握り、乗り込む。そして、後ろのエンリに叫ぶ。

「エンリ! あとちょっとだ! 逃げるぞ!」

よく見えなかったが、暗闇の中にわずかに見えるエンリの顔は、一瞬だけ安堵に変わったと思う。

しかしそれは、すぐに苦痛へと変わった。

突然、エンリは座り込んでしまった。

「どうした!」

エンリは答えない。目をこらしてみると、手をついている。足には力が入っていないように見える。

「足、くじいたのか……こんな時に……!」

ナギは助けに行こうと、バイクから降りようとした。

だが、その時ちょうど、目に入った。

後ろから猛スピードで迫ってくる、エンリに似た「何か」が。

ナギは選択を迫られていた。自分だけ助かるか、それとも2人とも死ぬ覚悟で立ち向かうか。

ナギはこの瞬間まで、後者を選んでいた。シュンタになった日から、自分はエンリを守ると決めていた。それは揺るがない。そう思っていた。

しかし。

「ッ!」

「何か」は容赦なく、負傷したエンリの胴を鷲掴わしづかみにした。そして、エンリの体が宙に浮く。エンリがどこを見ているのかはわからなかった。

この瞬間、ナギの脳裏に、1つの光景が浮かび上がった。

力なく伏せられた頭───車の下敷きになった、あの日のシュンタの姿だ。

…………。

………。

……。

…。

ナギは黙ってエンジンをふかす。大きくなっていくエンジン音。まるで、全てを掻き消しているかのようだった。

そして、思い切りアクセルを踏んだ。けたたましい音とともに、体が浮くような感触がした。

それだけならよかった。

後ろから、恐れていた事態が起きた。

「えっ……」

エンリはバイクを発進させるナギに気づいた。その時彼女にどのような感情が流れていたのかは、今でもわからない。焦り? 悲しみ? 憎悪?

「待って! ナギ、行かないで……!」

悲痛な叫びだった。ナギはこの時、自分と共にバイクを恨んだ。エンジン音で全て消してくれればよかったのに。そうすれば、今、涙を流さずにすんだのに。

だが、もう、戻れない。一度した選択は、選び直すことはできない。

「ごめん……ごめん……ごめん……」

ナギは念仏のように、誰にも聞こえない謝罪を繰り返していた。


それからナギは、どうしたのかは覚えていない。ずっと冷たい風が当たって痛かったから、おそらくバイクに乗りっぱなしだったのだと思う。なぜだろうか。バイクに乗ってないと自分は死ぬとでも思っていたのだろうか。そうならば、どこかで塀にでも激突して死ねばいいのにと思った。自分の存在というものに、何も価値を感じられなかった。

上を見上げる。夜空には星々が燦然さんぜんと輝いている。それは人々を1人1人照らしているように感じた。しかし、自分を照らしている星は、どこにもない。きっとそうだ。

ああ、こんな自分に、光なんて差すわけないのだろう。

その時だった。

「ばけものっ!」

小さい子の声が聞こえた後、目の前が真っ白になった。目が軽く潰れるような気がした。

「うわっ! 眩しっ!」

自分でも驚いた。自分にはまだ、こんなに大きな声が出せたのか。

ナギの視界から、光が逸れていく。

その先には、驚いた表情をしている、とある幼女が映っていた。

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