【Night 44】終焉
「細川さん……」
ヨウタは月明かりの差し込むビルの中、1人打ちひしがれていた。
下に行った人たちはほとんど影にやられた。そしてたった今、細川も行ってしまった……。
もうヨウタには、この場を凌ぐカギは残されていなかった。ただ座して死を待つのみだった。
ごめんよ、トウマ、マリ。どうやら自分はここまでのようだ。
ヨウタはかつての弟と妹に、心の中で謝罪した。
その時だった。
───ヒカリは、ヒカリはっ……ヨウタさんがしぬなんていやだよっ!
頭を小さな女の子に殴られたような感覚に陥った。
「……?」
ヨウタは大いに困惑した。しかしだんだんと、少しずつ、その意味を理解した。
そうだ。自分は、生きなければならない。弟と妹のためにも、そして、あの3人のためにも。
諦めるな。どんなに絶望的な状況の中でも、道は拓ける。考えろ。どうすればこの状況を打開できる。まだ探してない場所は───。
その時、とある考えがヨウタに降り注いだ。
トウマとマリの影がゲーム開始を宣言してから、大人達は全員下へ向かった。自分達も階段を下りはした。
言い換えれば、もともと自分達がいた最上階は、誰も探していないということだ。
ヨウタは立ち上がった。そしてすぐに、先程細川が閉めた階段への扉に走り、勢いよく開けた。
眼前には、暗闇の中に微かに輪郭を残した階段が存在していた。ヨウタは迷わず足を踏み出す。
もちろん恐怖もあった。闇に溶け込んだ影が、いつ自分に手を伸ばしてもおかしくなかった。でも、やらなきゃだめだ。自分しか残っていないのならば、自分が動かないと、終わらない。
足を上げ、一段進む度に、大きく心臓が高鳴るのを感じた。頼むからこのままいってくれと、一瞬のうちに心の中で何度も祈った。
何とかドアの前に辿り着いた。金属質のドアノブに手をかけ、回す。汗で少し滑った。
完全にドアが開くと、そこにはめまいがするほど眩しい明かりに照らされた、見覚えのある光景があった。
この中に、ある───ヨウタは直感でそう感じた。いい感じにごちゃついていて、容易く物を隠せられそうだ。
そこからヨウタは手当たり次第にアダプターを探した。机の中から下に至るまで、虱潰しに探した。非効率的だということはわかっていた。
しかし、見つからない。なぜだ、なぜだと、次第にヨウタの中に焦りが芽生え始める。そしてその芽は、どんどん生長していく。
最後の机を前にして、ヨウタはとある考えに辿り着いた。
……もしかして、ここにはない?
もしそうだとすれば、今までの努力は全部水の泡だ。それだけは避けたかった。信じたくない。しかし、これだけ探して無かったというのも事実だ。この階にアダプターが無くても、文句は言えない。
ヨウタは覚悟したかのように、机の引き出しを勢いよく開けた。もう藁にもすがる思いだった。
すると。
「……!」
これは、どんな奇跡だったのだろうか。とにかく、九死に一生を得るようなものだったのは間違いなかった。
そこには、暗闇の中でもわかる、微かに赤いランプがあった。
「未点灯……!」
アダプター。まだ起動していない。
ヨウタは恐る恐る、震えながらアダプターに手を伸ばした。
頼む。これで終わってくれ。細川さんたちを無駄にさせないでくれ。
その時だった。
ヨウタの両腕に、何かが素早く纏わり付いた。当の本人であるヨウタは、初めは気づいていなかった。そのまま手を伸ばし続けた。しかし、やがて自分の両腕が動かなくなっていることに気づいた。
「……なんだ、これ……人間の手?」
『……捕まえた』
ヨウタはその一言で、一気に地獄に叩き落とされたような衝撃を感じた。
その声には、聞き覚えがあった。
「……お前」
『……やだな。〈ゲッタ〉と呼んでよ』
『ほら! やっぱりまちぶせは最強なんだよ』
後ろから、幼い声が聞こえてくる。
「……トウマ……マリ……」
『あぶなかったね、ゲッタ兄。残り1つだよ。あん外人間たちもやるね』
それを聞いたヨウタは、腕をなんとかゲッタの支配から逃れさせようと、必死にもがいた。しかしゲッタの力は強い。まるで釘で固定されたようだ。
あと少し、あと少しなんだ。せっかく自分に託してくれた、みんなの思いを、希望を───。
『……まあ、君はよく頑張ったよ』
ゲッタはそれだけ言った。
すると、ヨウタの体が宙に浮いた。かと思うと、再び下降し、何か柔らかい物に押し込まれるような感じがした。視界が、少しずつ暗くなっていく。
「……あと少しなのに……くそっ、ヒカリ、ナギ、テリカ……」
ヨウタは手を伸ばそうとした。しかし、もうそれは叶わない。手の感覚はもうなくなってしまっている。
すると、マリの影が近づいてきた。
『いいこと、教えてあげようか』
「……?」
『ヨウタ兄の妹、最後になんて言ってたと思う?』
イの段、イの段、エの段。
ヨウタはなぜか、寒気を感じた。
『あれ、3文字だと思った?』
「……3文字ではないってことか」
とすると、2音目のイの段は何なのか。ますますわからなくなった。
『あれはね、1文字目は″し″だよ』
「し」から始まる、3文字以外の単語。ヨウタはまだ、応えに辿りつけられなかった。
『そして、もう一つ。妹は、ヨウタ兄のことを一しゅんだけうらんだ』
……恨んだ?
その単語を聞いた瞬間、パズルのピースがひとりでに繋がっていった。
3文字ではない。しから始まる。そして、考えたくないが、ヨウタのことを恨んでた…そう、命を落としてほしいほどに。
し、ね────。
「…………」
ヨウタの表情が少しずつ変わっていく。
『……あれ、どうしたのかな? この前のように余裕ぶった微笑みは見せてくれないの?』
それを見透かしたように、ゲッタはヨウタの髪をかき分け、目を露わにさせた。彼の目は、絶望に染まっていた。
「……うそだ、うそだ、むちゃくちゃだ、そんなこと……」
ヨウタの声は、もはや言葉にならない。
『……じゃあね、ヨウタ。これで僕の復讐は完了だ。僕たち全てが人間に復讐を果たすまで、あともう少し』
人間がいたことで、影の自由が奪われていたこと……ゲッタの言っていることが、今はわかった。
何かが……何かが崩壊していく。自分の足下でがっちりと固まっていた地面が、崩れていく。
「ああああああ!」
ヨウタの叫びは、闇の中に吸い込まれた。
「テリカっ!」
ナギが叫ぶのと、テリカが後ろを振り向くのは、ほぼ同時だった。
その瞬間、テリカの腕を何かが掴んだ。
『ゆだん、だめ』
見ると、テリカの影が、テリカの腕を捕らえている。
「まずい!」
『おっと。君の相手は私だよ』
ナギは助けに行こうとした。しかし自らの影が邪魔をして行けない。
もうだめだ──ナギは半ば諦めかけた。
すると。
「ナギさん、諦めないでください!」
テリカの声が、建物を反響した。
見ると、テリカはあのカッターナイフで影の手を切り落としていた。〈ゲッタ〉と呼ばれる影との戦いでもそうだったが、影の身体はどうやら脆いらしい。
そうか、あいつも十分頼りになる奴じゃないか。
ナギは安心した。
しかし、その時だった。
『めんどう』
突如、テリカの影が呟いた。
2人はまた緊張に包まれた。その呟き声が、妙に落ちついていたからだ。想定の範囲内だ、と言わんばかりに。
『ちから、うばう』
そうして影は、テリカの頭にもう片方の手を乗せた。
そこからは、時間はかからなかった。
「なっ……」
一瞬だけテリカが痙攣するような動きを見せたかと思うと、影はすぐに手を離した。テリカは力なくしゃがみ込んでしまい、スマホの光が天井に当たった。
「テリカ! 大丈夫か!」
ナギは自身の影を振り払い、テリカに走った。
しかし、もう手遅れだとわかった。
「ぁ………ぁ?」
怯えたようにナギを見るテリカ。その目は怯えで満たされていた。
「おいお前ら……テリカに何した!」
『ちから、うばった』
テリカの影がぼそっと言う。
『まあ……その子、学校にも行けてなかったんでしょ? 要するに、まともな教育を受けてないなら、普通に考えたらまともに喋れるわけないよね……って話じゃない?』
後ろから、ナギの影も追い討ちをかけてきた。
「ぇ…、ぁっ、ぅあ……」
テリカは変わらず、ナギを見つめている。
「……っ……じゃあ、おかしいだろ! なんで今までのテリカは喋れたんだよ!」
ナギが叫ぶ。現実から逃れたいという意志がひしひしと伝わってくる。
『……神授人』
「は? ギフトが……何だよ!」
ナギがそう叫んだ瞬間。
「教えっ……」
ナギの肩に、焼け付くような激痛が走った。
「ぐああああ!」
あまりの痛みに、ナギは座り込む。もうテリカを見る余裕など、ない。
『えー、傷をえぐるってそんなに痛いんだ』
後ろから純朴な声が聞こえてくる。小馬鹿にしているようにも聞こえる。
『知らなくていいよ、だって君、これから動けなくなるから』
「くっ……」
ナギはまだ肩をおさえて悶絶している。
すると。
『これで何回目だろうね、君が誰かを護れなかったのは』
……っ?
何を、とナギは言おうとした。しかし、影が先に喋り、その余地はなかった。
『″シュンタ君″も残念だろうね、こんな君を見たら』
その瞬間、場の空気が凍てついた。
「……は?」
ナギはそれだけ言うのが精一杯だった。唇を必死に動かして、続ける。
「お前……なんでその名前を知ってる……なんでシュンタのことを知ってる!」
言い放った後、とうとうナギは動けなくなった。酸素が全身に回らなくなっている。もう終わりだ。
ナギの影は満足そうにその白い目を細めると、こう言った。
『教えてあげない』
ナギは立ち上がれなくなった。何で、なんで、自分は、自分だけは、他の人を────。
だがその前に、ナギの影の手が飛んできた。
視界は、あっという間に覆われてしまった。




