【Night 42】光と影
「『何でそんな喋り方してる』って……ナギさん、あの影と面識あるんですかぁ……?」
暗闇の中、さらに暗闇に包まれたビルの中で、テリカはナギに問いかけた。
「いや……ねえ」
「じゃあなんで……」
「テリカ」
すると、ナギは拳を握りしめ、影に向かって構えた。
「後にしてくれ。今は最悪の気分なんだ」
そして、影に突進していく。
テリカはスマホの光をなるべくずらさないようにしながら、なぜナギはこんなにも怒っているのかを考えた。
頭の中を必死にかき回している間に、1つのやりとりを取り出した。ずっと昔のように思えた、コンビニでの睨み合いだった。
───じゃあなんであなたは……「オレ」とか言ってるんですかぁ? 女の子らしくないですよぉ?
───お前、もう一ぺん言ってみろよ。
……やはり、あれは何かあったからこその発言だったのだろうか。だから、あんなに怒っていたのか。
「うああああっ!」
ナギは拳を影に突き立てた。光が一瞬だけ途切れたような気がした。
しかし。
『おっとっと……すごいねー、頭に血がよく行くタイプなのかな?』
影はその拳をあしらうように言った。見ると、ナギの拳は空を切っていた。そして、スマホの光の円からも、影の姿は消えていた。
「野郎、闇に溶け込みやがった……」
『さーて、どこにいるでしょうか?』
ナギではない口調で、ナギの声が聞こえてくる。2人はあたりを見回した。だが、やはり何も見えない。
「テリカ、こっちに来い。固まれ」
本物の方のナギの声も聞こえてきた。テリカはそれにしがみつくように動く。スマホの光の円の中に、色彩のあるナギの姿が映し出された。
「お前はそれで影を探しまくれ。オレから離れない程度にな。後ろの闇の中からガシリ、なんてことも考えられるからな」
それを聞いて、テリカは息を飲んだ。いつやられてもおかしくない。そのことが、空気を張りつめたような気がした。
「おい! こそこそ隠れてねーで出てこい!」
ナギが叫ぶ。その大声はビル中に響き渡り、微かにビルを揺さぶる。
『じゃあ見つけてみて』
すると、挑発的な声が帰ってくる。大声で叫
んだナギを侮辱するかのような、静かな声。
「くっそお……」
ナギは拳をさらに握りしめた。
「テリカ、前に進むぞ。しっかりついてこいよ」
そして、闇の中でナギが歩を進める。手からナギの体が離れていくのに反応するように、テリカもゆっくりと足を進めていく。
スマホが照らしているというものの、一寸先は闇に包まれている。そして、いつどこから影が現れるのかわからない。その事実が、2人の呼吸を速くし、心臓の鼓動を高まらせる。ひとりでに、足の進む速度が遅くなる。がんばれ、がんばれと鼓舞し続けて、2人は歩みを保ち続けていた。
すると、スマホの光の輪の中に、階段が映った。段差は小さく、段数は多そうだ。
「……上るか?」
ナギはテリカにそっと訊いた。
テリカはナギの肩をがっと掴み、ナギを静止させる。
「影はさっき、ナギさんを挑発しましたよね? だから、影はこの階にいます。先に進むよりも、ここで決着をつけましょう」
一語一句に力があった。
ナギはゆっくりと階段に背を向け、大きく息を吸った。
そして、一気に吐き出すと、何やらぼそぼそと呟いていた。
「……いいか。もしどうしても勝てないとわかったら、後ろの階段を一気に上がるぞ。たとえスマホで照らせなくてもいい。段差が小さかったから、大股で駆け上がればつまずかないはずだ」
それを聞いて、テリカはスマホの画面を見る。右上には、「12%」と白い文字で表示されている。スマホの光源ばかりに頼ってはいられなくなっているようだ。
「……わかりました」
テリカはナギに聞こえる程度の声で言った。
すると。
『あれ? 急に止まった……どうしたの?』
2人の体に、一気に力が入る。テリカは咄嗟にスマホを前方にかざした。
「……!」
そこには、ナギの影が浮くように佇んでいた。妙な不快感が走る。それが喉を直撃して、吐き気がする。
『じゃあ、こっちから行くよ!』
ナギの影は、2人に向かって音もなく向かってきた。
「来るぞ!」
ナギは拳でガード態勢を作り、テリカは後ろからスマホで影を照らし続ける。
影の拳とナギの腕がぶつかる。それと同時に、両者ともに後ろに下がる。宙を舞う砂埃が光に照らされ、雪のように降り注ぐ。
「全然効かねえよ!」
ナギはすぐさま影に駆けつけ、勢いよく右ストレートをかました。拳は影の肩に直撃し、コンクリートのように脆く崩れた。
『……やるね』
「まだまだこれからだ!」
続けざまにナギは左の拳を振り上げる。
……勝てる。
テリカはだんだんと希望を見出していた。
始めは、何もわからなかった。世界全体が敵になっているようで、自分の無力感、情けなさを嫌というほど思い知らされたような気がしていた。
でも、結果的に、自分達は影に抵抗し続け、今や有利に戦闘を進めている。
テリカは凝視した。ナギに負けるなと言わんばかりに。
それが、命取りだった。
『うしろ、みてない』
テリカの背後───本当に、耳元の近く───から、不気味な声がした。
『……みんな、くせんしているようだね』
クラヤミはヒカリに背を向け、呟くように言った。
「……だいじょうぶ。ナギさんたちなら……」
『ねえ』
すると、急にクラヤミが大きな声を出した。ヒカリは一瞬だけ固まり、緊張を頭に走らせた。
『……わかった?』
「え?」
『あのこと。神授人のこと』
……急に何を言い出すのだろうか。なぜ今このことをクラヤミが言ったのか、ヒカリには理解し難かった。
当然、首を横に振った。
するとクラヤミは下を向き、そのまま静止したかと思うと、もう一度ヒカリの方を向いて言った。単調なその白い目は、どこかヒカリを哀れんでいるような気がした。
『……やっぱりむりみたいだね。時間がたてば、わたしとおんなじ気もちになってくれるって思ってたけど』
「えっ…」
ヒカリは戸惑った。もしかしたら、選択を間違えたのかも、と。
しかしクラヤミは怒る様子も嘆く様子も見せずに、落ちついた様子で口を開いた。
『……いいよ。教えてあげる。この前話しそびれた、神授人のすべてを』
そうしてクラヤミは、長い長い話を始めようとしていた。
そしてヒカリは、息をのんで話を聞こうとした。
すぐ近くに仲間がいることも知らずに。




