【Night 41】ビル
一方その頃、ビルの外では。
「そろそろ、疲れてきたかも、しれません……」
「ったく体力ねーな、お前」
2人が延々と足を進めていた。
彼女らは、もう自身がいったいどこにいるのかわからなくなっていた。先程まで田園風景が広がっていたかと思うと、次の瞬間には都市群に変貌している。その目まぐるしさと、ここ数日ずっと歩いてきたのもあって、疲労がかなり蓄積していた。
「ちょっと……休憩しません?」
「だめだ」
「なんで、です、かぁー」
テリカは息を切らしながら、途切れ途切れに言った。
「お前、ヒカリが心配じゃねーのか?」
「そりゃ心配ですよ、でも……はぁ、はぁ、私たちがこうやって移動してて、弱ったところを後ろから、なんてされたら、ど、どうするんですかぁ?」
「……」
途端にナギは何も言い返せなくなった。確かにその通りだと思ったからだ。
これをみて勝機だと思ったのか、テリカは一気にまくし立てる。
「休みましょうよー。ナギさんだってもうヘトヘトですよね? そんなんで影と戦えるんですかぁ?」
「うるせえ」
「えっ?」
テリカは驚いた。しかし、驚いたのはナギに怒られたからではない。
いつもより、静かな声だったからだ。
「オレは……もう、負けるわけには……失うわけには……」
1人呟くナギを見て、テリカは大いに困惑した。その一瞬だけ、疲れも忘れた。
「……負ける? 失う? どういうことですかぁ?」
テリカが訊く。するとナギはテリカをまじまじと見つめるような表情をしたあと、彼女から目をそらした。
「……忘れてくれ」
テリカはそれ以上詮索できなかった。
その代わりに、ふと思ったことを言った。
「ヒカリちゃん……無事だといいですねぇ……」
すると、その言葉に反応するように、ナギが口を開いた。
「無事じゃなきゃダメだ」
「ですね」
これはテリカも同じだった。ヒカリは無事でなければならない。もし何かあったら、信じて残ってくれたヨウタに申し訳が立たない。
そしてまた歩みを進めた。テリカの疲れはいつの間にか消えていた。
夜空を見てみる。ずっと気がつかなかったが、幾多の星々が点々と彼女たちを照らしていた。なぜなのかはわからないが、自分は応援されている、と感じた。
すると。
「あ、あれ、私たちがいたビルに似てませんか? もしかしたら戻ってきたとか?」
テリカが指差す先には、自分たちがいたビルと同じ赤茶色をしたビルがあった。戻ってきたと安堵しているテリカとは裏腹に、得体の知れない寒気が、ナギの後ろを走った。
「……どこだ? どこで道を間違えた?」
ヒカリに会いたいナギにとっては、戻ってくることは時間の無駄に等しかった。ここにヒカリがいないことは確定している。今更戻ったってしょうがない。
「……行くぞ」
ナギはテリカの背中、コートの布を引っ張った。えっ、とたじろぐテリカだったが、仕方なくついていくことを決めた。
その時。
「……ナギさん」
「何だ」
「……あれ」
「だから何だよっ……」
テリカは震える手で、どこかを指差した。
ナギが振り返って見てみると、テリカがビルを指差していることがわかった。そしてそこには、信じられない光景が見えた。
「……は?」
「窓から……何か出てますよ……」
窓から出てきている黒い木の枝のようなもの? が、窓に覆い被さるように絡まっていた。かと思うと、それは瞬く間に窓から活動範囲を伸ばし、ビルを包み込もうとする勢いで広がっていく。
「……どうする?」
ナギはテリカに訊ねた。
「……ナギさんが決めてくださいよ」
そう返された。
ナギは悩みに悩んだ。自分は今、ヒカリを探している。だから、こんな場所に時間を費やしている暇なんてない。
しかし、第六感が言っている。自分はここに行かなければいけない、と。
「ナギさん! ビルの入口が!」
テリカが叫ぶ。見ると、あの黒い木の枝が、根を張るようにビルを浸食していっていた。そして、その手はドアに伸びようとしていた。
(もう考えている時間はない……!)
「行くぞ」
「えっ?」
「行くぞ! ついてこい!」
「ええっ!?」
まずナギが、そして追うようにテリカがビルを目指して走る。
ドアが半分、黒で埋まる。ナギは必死に足を動かす。力があまり入らない。動け。動け。あと少しだ。あと少し、手を伸ばせば届く。
目の前に入口が迫った頃、ナギはヘッドスライディングをかました。ドアはガラス張りだった。取っ手を掴んでも、おそらくドアは開かない。
何かを察したのか、テリカが叫んだ。
「ナギさん、危ないですよぉ!」
「オレは既に肩を怪我してる。もうちょい怪我してもどうってことねぇ!」
その言葉と、ドアのガラスが砕け散ったのはほぼ同時だった。
「……てて」
ナギは身を起こした。ただでさえ暗かった周囲が、さらに闇で包まれたような気がした。
「テリカ! いるか!」
「ここですぅ……」
すると足下から弱々しい声が聞こえてきた。
「何も見えねぇ……しくじったか?」
ビルの中は、深淵からさらに深淵に潜ったような暗さだった。暗闇に慣れていた目でも、何も見えなかった。
ナギは唇を噛んだ。こんな危険を冒してまで、ここに来たんだ。何もなかったら意味がない。それに、出口を塞がれた。もう戻ろうにも戻れないのだ。
すると。
「ナギさん、これ使ってください」
いきなり、目の前に丸い光が照らされた。光の円の中には、ナギの姿を形どった影ができていた。
「スマホの光です。これで前に進みましょう」
「……サンキュー、テリカ」
ナギが少し沈んだ声で言ったその時。
『えー、光源あったんだー』
どこからか、声が聞こえてきた。
『〈ナク〉、ひかり、あったところで、わたしたちの、あいてじゃない』
2種類あった。1人はごく普通の女子の声、そしてもう1人は、少し刺激してしまえば壊れてしまいそうな声だった。
そして。
スマホの光で浮き上がっていたナギの影が、少しずつ浮かび上がっていた。シールを台紙から剥がすように、ゆっくりと、ゆっくりと。
『やっぱり来てくれると思ったよ』
そして、その影は、完全に自立し、白い目が刻まれた。
『ナギちゃん』
「ナギ……さんの…、影……」
テリカは思わず震えた。そして、その影響で、スマホを落とした。
「あっ……」
テリカは拾い上げようとした。
すると。
「……ナギさん……?」
驚くべきことに、ナギはテリカ以上に震えていた。怒りともとれるし、不安とも恐怖ともとれた。顔が見えなかったので、なんとも言えなかった。
「てめぇ……なんでそんな喋り方してやがる!」
聞いたことのない声だった。
いや、よく聞いたらナギのものだったが、あまりにも低すぎた。
『えー、怒っちゃった? サプライズのつもりだったんだけどなー』
テリカは混乱した。この喋り方をしているのが、ナギの影? なんで、こんなに差がある?
しかし影は続けた。
『あ、ナギちゃん、全然気にすることないよ! 人は本来の正確のままで良いんだからね!』
本来の性格……?
震えるナギをよそに、テリカはただ呆然とするしかなかった。




