【Night 38】資格
「………」
4人は黙って、その報告書のような文書を見下ろしていた。
あの化け物は、影だった。あの影は、本当に影だったのだ。
そして、何より。
「……そんなの、ありかよ……オレたち、何もしてねえのに……勝手に因縁つけて……」
ナギにとっては、あたかも人類が影を迫害してきたかのような文面が嫌だった。
「……でも、僕たちが彼らを『命なき者』として見てきたのは確かだ」
「ヨウタさん……」
「……僕たちが彼らに何も危害を加えてないと言える? ただ無意識に歩いている時だって、影は踏まれることだってあったんだ。そして、『かげふみ』とかいう遊びも現れた。それが彼らにとって、どれだけ屈辱だったかは明白だよ」
「ヨウタ、お前……」
「……安心して。だからといって僕も、彼らに同情はできない。何も知らない人間たちの住処をいきなり奪うことは、間違ってる」
ヨウタの言葉を聞き、ナギは安心したかのように息を吐いた。
「……とりあえず」
すると、テリカが口を開いた。
「その〈クラヤミ〉って子が、今太陽を静めてるんですよねぇ?」
「……うん。そのようだね」
ヨウタが答える。
すると、テリカは自信なさげに続けた。
「じゃあ……その〈クラヤミ〉を何とかすれば、世界を元通りにできるんじゃ……ないです……かぁ?」
テリカは、自分でできることをやったつもりだった。こうやって希望を見せることで、3人はまた元気を取り戻すだろう。そう考えていたのだ。
だが、彼女の思案とは反対に、物事は進んでいく。
「確かにそうだけどなぁ……」
ナギは少し苛立ったように、テリカに言った。
「〈クラヤミ〉って、あのヒカリの父親の近くにいたヒカリそっくりの奴だろ? どうやって会って、どうやって倒すんだよ? 何か案でもあるのか?」
「あ……いえ……」
「じゃあわかったところで、なんだよなぁ……」
「……あとさ」
すると、今度はヨウタが口を開いた。
「影は人を殺したわけじゃないから罪悪感に苛まれることはないって書いてあるけど……もしかしたら、影に取り込まれた人も助けられるんじゃ……」
「………」
しかし、ナギは黙ったままだった。
「ナギさん……」
そこに、ヒカリが近づいてきた。
ナギはヒカリに目を向けた。普段のナギにはまず見られなかった、光が抜けてしまった目をしている。
ヒカリは覚悟を決めた。
「ナギさん……いたんだよね……おともだち……たすけなくていいの?」
ナギがヒカリと会う前に失った友達。父親の記録が本当なら、まだ生きていることになる。
すると、何かを思い出したような素振りをしたテリカが開口した。
「……そうですよ! ナギさんにとっては大切な友達だったんですよね?」
「……ああ」
「じゃあ助けてあげましょうよ! 私だって……ヒカリちゃんだって、会いたいって言いましたよ!」
「会いたいのかよ……」
「……友達がいたのか? ナギ」
今度はヨウタの番だった。
「……そんなこと初めて聞いたけど……可能性が少しでもあるのなら……友達として助けてあげるべきだ」
「そうか……」
すると、ナギが3人から目線を逸らした。
そして、こう言った。
「……オレにそんな資格、あればいいな……」
その瞬間、空間が一気に張りつめていくのを感じた。
「……資格?」
「どういうことですかぁ?」
2人は咄嗟に食ってかかった。
しかしナギは答えない。ただ地面に置かれたスマホに暗い目を落としているだけだった。
ヒカリは彼女のことが心配だった。ヒカリからすれば、ナギはいつも無遠慮で、やや粗暴で、でも誰よりも自分のことを考えてくれていた仲間だった。テリカとの戦いで、ますますその思いが強くなった。
でも、その矢先にこれだ。せっかく新しい仲間を見つけ、反撃の狼煙を上げられると思ったのに、これではナギらしくない。ナギがナギでないと、ヒカリは感じた。
それと、なぜかまだ紛失した懐中電灯のことが、頭の隅でまだ気にかかっていた。もはやどうでもいいのだが、やはり気が済まない。歯に何か挟まっている時のように、違和感を感じ続けている。
……それは、少しずつ訪れていた。
「………」
部屋の隅のカビが部屋中に広がっていくように、不安が大きくなっていく。
どうでもよかったはずの懐中電灯への不安が拡大していく。
「……ヒカリ?」
その様子がうかがえたのか、ヨウタがヒカリにたずねた。
しかしヒカリは答えられない。
不安でいっぱいになった頭に、こんな言葉が流れてきたからだ。
″■■■■■に行け″
言うまでもなく、影の仕業だとわかった。
でも、逆らう力は、ヒカリにはなかったようだ。
ヒカリはほぼ何も口に出さずに立ち上がったと思うと、突然、窓の方に歩き出した。
「おい、どうかした……のか?」
先程まで様子が変だったナギも、流石にもとのナギに戻り、ヒカリに言った。
しかし、ヒカリは答えることなく、窓の前まで進んだ。
「……ヒカリちゃん?」
その時、ヒカリは、5歳児とはとても思えないような行動を見せた。
最初は、窓から何かを覗き込んでいるのかと思った。窓から身を乗り出して、何かを見ているのかと。
ここで止めるべきだった。
しかし、そう気づいた頃には、ヒカリの姿はなくなっていた。
「……え……?」
「……何が……」
3人は呆然としていた。
ヒカリは、窓から身を乗り出した。
そして、飛び降りたのだ。
廃ビルの……4階から。




