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【Night 28】テリカ(前編)

ここはどこだろう。


何をしてるんだろう。


私は……。


いや、私は?


私は、誰なんだろう……?




彼女は、13年前に生を受けた。新しい世界の中で、元気な産声を上げた1人だった。

といっても、世間で言われているような、おめでたいような誕生ではなかった。幸せな結婚生活の果てに授かった命というわけではなかった。

やがて彼女はそれなりの知能を持つようになり、世にいう「物心ついた」状態となった。

その頃、彼女は母親に訊いてみた。それは、ふとした疑問だった。

「おかあさん」

「?」

「なんで、おとうさんはいないの?」

……沈黙が流れる。

「……」

やがて、母親はどこかに歩いて行ってしまった。

彼女は追おうとした。しかし、何か本能のようなものが告げていた。

これ以上深追いするな、と。

母親の背中から、それは溢れていたのかもしれない。



地獄は、そこから始まった。

母親は元々あまりいい人だとは言えなかったが、さらに酷くなり、毎日のように罵声が飛び、嫌なことを言われた。手を出されることも多々あった。

食事を与えられない日があるのは前からだった。たまに出される時があるのだが、そのほとんどは少し黒みがかった何かだった。何なのかはわからなかったし、わかろうともしなかった。それが当たり前だと思っていたのだろう。その黒い何かをスプーンですくい上げ、口に入れ、咀嚼そしゃくするたびに、ボリボリと平坦な音が口の中に響いた。味はよくわからなかった。

そして、あの「父親発言」からは、その食事が出される回数まで減っていった。2日に一度だったのが、3日、4日、5日……と、その間隔を大きくしていった。

寝るときも、いつも何かのレジ袋の隣だった。そこは特に寝心地が良かった。他の場所と違って、ジメジメとしていない。数少ない自分だけの空間だった。

そんな生活が8年ほど続いた。逆に、今までよく生きていたと思う。今となっては奇跡のように思えた。

彼女は13歳になっていた。本来ならとっくに1人の人物として生きている年齢だった。だが彼女はまだ、母親の手から逃れられていなかった。

すると、彼女の中である疑念が浮かび上がった。

本当にこのままで良いのだろうか?

だが、彼女の中ではまだ躊躇ためらいが渦巻いていた。この生活は苦しいけれど、もしかするとこれが普通で、母親もこの生活を乗り越えたのかもしれない。だから心苦しいけれど、こんな仕打ちをし続けているのかもしれない。

だが、このままいくと、人間として生きていける気がしなかった。一日中ずっと家にいて怒号を浴びせられるのはもう限界だった。気がおかしくなりそうだった。

悩んだ末に、決めた。

今日母親が帰ってきたときに、ちゃんと言おう。もう長い間続いているこの生活を……欲を言えば……終わらせたかった。だから、その旨をはっきりと伝えよう。大丈夫。きっとわかってくれる。母親は、自分のことを大切にしてくれているはずだから───。

すると、ガチャリ、とドアが開く音がした。

そして、母親が入ってきた。

「……大負け……なんであそこで、3番が……」

彼女は口を開こうとした。だが、胸騒ぎがどうにも収まらなかった。今の母親は、明らかに機嫌が悪い。

だがそれでも……言わないと始まらない。

「お母さん……」

「ん?」

低い声。

彼女は思わず身を引いた。

「何?」

「……お腹すいた……」

それでも、彼女は言った。

無駄とは感じていなかった。というよりも、感じたくなかった。

「………」

だが、すぐにわかった。

これは、失敗した。言ってはいけなかった。

彼女はたじろいだ。

「……はぁ。これだから『無い子』は殺そうって言ったのに……」

……え?

「生まなきゃよかった……」

そう言って母親は部屋を出ていった。ドアが、バタンと乱暴な音を立てた。

彼女は先程と様子が違っていた。オドオドした態度から変わり、何かが切れたかのようにとどまっていた。

そこからは、ほとんど覚えていなかった。何度か叫んで、何度か走って、何度か荒い呼吸をしたと思う。しかし、気がつけば、いつの間にか彼女は外にいた。初めての建物外だったので、見たこともない場所だった。そんなところに、彼女はいる。いつ手に入れたのか、母親のバッグを持って。

彼女は大いに戸惑った。彼女は先程まで生きるための選択をしていたように思える。でも、その内容を何一つ覚えていなかった。どういう経緯で外に出たのかがわからなかった。

次に、彼女はこんなことを思い出した。

───外は出ちゃだめよ。……なんでって……はぁ……危ないからよ。

外は、危ない場所。

母親から言われた言葉。

彼女は足下を見る。うっすらとオレンジ色に光っている、黒色のコンクリートの道。

ここでようやく、外にいることを実感した。

彼女はまた恐怖を感じることになった。戻ろうと後ろを振り返るも、見たことがない景色だ。いや、そもそも家の外見も彼女は見たことがない。

完全に詰んでいた。

どうしたらいいのかわからず、彼女はその場にへたり込んだ。泣きたかった。自分は正しい行いをしたのだろうか。当時の彼女には、間違っているように思えた。

その時だった。

彼女の運命を変えたのは。

「どうしたの? こんな所で」

唐突に、上から声が降ってきた。

安心感のある声だった。まるで、母親が毎日のようにしていた、罵声、怒号、暴力といったものを知らないかのようだった。

彼女は上を見た。

そこには、菩薩ぼさつのような優しい目を持つ男性が、こちらを覗き込んでいる光景があった。

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