【Night 26】100-100=0
「おいおい……」
ナギは呆れるように言った。
「お前、あいつらに何かされたのかよ」
「……」
テリカは答えない。そのかわり、ナギに殺気のこもった目を向けている。
「じゃあ、お前らだ。お前ら、テリカに何した?」
『とんでもない。近づいてきたのは彼女の方さ。まるで無垢な仔犬の様だったよ』
「嘘つけ」
『我々が嘘を付く価値は何も無い』
ヒカリの父親の影は淡々と否定する。もし彼に隣のヒカリの影と同じように目があれば、どんな形をしているのだろう。
『さあ、前置きは此処迄だ。テリカ、戯れなさい』
「タワムレって……!」
その刹那。テリカはナギの懐に潜るように突進してきた。
「うお!」
ナギは咄嗟に身体をひねり、テリカの魔の手をギリギリかわした。テリカは勢いそのままに転び、雪で湿ったコンクリートの道に顔をぶつけた。
「テリカさんっ……」
『……ほう。今の殺意の塊を躱すとはね』
父親の影は感心するように言った。本当に感心しているのかは甚だ疑問だが。
テリカは数秒間の間地に伏していたかと思うと、両手をつき、再び起き上がり、ナギを真っ黒な目で見つめた。ブカブカのコートがもはや破れきってしまいそうだった。
「……!」
『だが、一度固まった殺意を躱されると……』
テリカが完全にこちらを向く。
そして。
『殺意はまた凝固するのさ。それも、前回よりも強固で、膨大な物へとね』
「ああああアアアアァァァァ゛ァ゛っ!」
テリカは物凄い咆哮を上げ、ナギに再び突進してきた。先程よりも速く、強く。
「イノシシみてーに突っ込んでたらいつかは当たるってか!? そんな脳筋プレーじゃオレには到底敵わねーよ! このバカ野郎が!」
そう言ってナギは先程と同じように、テリカをかわした。
「……ナギ、いいぞ」
ヨウタも満足げだ。ナギは、かなり余裕があるようだった。
『……確かに、あんな風に突進を繰り返し行うと、パターンが暴かれて回避が容易になるだろう。一撃目を避けられてたら尚更だ。だがね』
その時、ヒカリは混濁する意識の中で気がついた。
テリカが、もともとナギのいた方向に突進しながら、今余裕そうにしているナギをずっと見ている。しかも、今テリカが突進の態勢を取って走っているのは、ちょうどナギの後ろ、背中側だ。
もしや。
そんなヒカリの様子を見て、ヨウタも何かに気がついたようだ。
『脳筋なのは、君の方じゃないのかい?』
「……ナギ、うしろだぁぁぁ!」
ヨウタの叫びを聞いて、ナギはようやく後ろに振り返った。
しかしもう遅かった。
「なっ……!?」
テリカはもうそこまで走って来ていた。
ナギが振り返ってから、コンマ1秒もしていなかっただろう。テリカはナギを両手で抱くようにすると、そのままナギを下にして倒れ込んだ。
「ぐっ……!」
『もう決まったね』
そしてテリカは、抵抗するナギを仰向けにすると、乗り上げ、ゆっくりと拳を振り上げる。
「……おい、テリカ……」
その硬い拳は、しばらく空中で停止していたかと思うと、やがて振り下ろされた。
ナギの右頬に直撃した。
「……ナギっ!!」
ヨウタが駆けつけようとする。
『止め給え』
「っ……!」
その途端、ヨウタの身体が動かなくなった。いや、動けるには動けるのだが、脳がいくら命令を下しても、運動神経が拒否してしまう。本来、拒否権を持っていないはずの運動神経が。
その間にも、テリカは次の一撃を何度も食らわせる。右頬に右手を。左頬に左手を。右手。左手。右。左。右。左。
「……ああっ……あああっ……」
ヒカリはヨウタの足下で、ナギに向かって手を伸ばしていた。届かないことはわかりきっていた。それでも、伸ばさずにはいられなかったのだ。
『軈てこうなることはわかっていたよ。でも、彼女がまだバイクに乗っていた時、彼女が道を引き返していなければ、こんな事にはならなかったんだ。なぜ、彼女は引き返したのか』
そう言って、父親の影はヒカリの方を向いた(多分)。
『そう、ヒカリ。君が彼女を引き留め、仲間にしたからさ。君があそこで泣いてさえいなければ、泣くなんて余計な事象を起こしていなければ、こんなことにはならなかった。つまり』
そう言い、父親の影はヒカリの前まで歩いてきた。
『今ナギという少女があんな目に遭っているのは、君のせいなのさ』
「……お前……!」
ヨウタが狼狽する。
すると。
『おや、もう終わったのかな?』
父親の影は、テリカとナギが争っていた方を向いた。
ヒカリもなんとか顔を上げる。
それは、5歳にはショックすぎる光景だった。
テリカがこちらに向かって力なくスタスタと歩いていた。
そして、その少し後ろで、ナギが倒れていた。暗くてどんな表情をしているのかはわからなかった。
「……!」
ヒカリは落ちそうな意識の中で、何かを感じた。なぜか身体が熱かった。
『……さて。邪魔者もいなくなった所で、話の続きをしようか』
「……続き……?」
『〈クラヤミ〉』
その時。
「……おい」
遠くから弱々しい声がした。
声の主は言うまでもなかった。
『……! まだ生存していたのか……』
「おいテリカ……何そっち行ってんだよ……! まだ、まだ……終わってねぇだろうが!」
テリカがナギの方を向く。
「テリカ、今度は……」
そう言うと、ナギは自身の拳と掌を勢いよく打ち合わせた。
「オレのターンだ」




