【Night 24】中身
キーボードを叩く無機質な音が、教室内に響き渡る。何の変化も無い音を聞き続けていると次第に眠くなっていくということをナギは実感していた。
「……まだか?」
「……まだ待って」
パスワードの解析作業というものがこれほど時間のかかるものだとは知らなかった。ナギは退屈そうにあくびをし、近くにあった車輪つきの椅子にドサリと座った。ヨウタはずっとパソコンを見ていたので、あまり効果はなかったようだ。
すると、ヨウタのキーボードの音がやんだ。
「終わったか?」
「……いや、今から処理を待つ」
「まだかよ……」
「……我慢して」
そこからまた、沈黙が続く。パソコンのファンの音だけが響く。大丈夫かと心配になるほど、大きな音だった。
そんな中で、ナギは考えを巡らせていた。
こうしてヨウタと試行錯誤していても、浮かんでくるのはヒカリとテリカのことばかり。ヒカリは大丈夫か、死んでないか、テリカにひどいことをされていないか───。
自分のことよりも、他人のことばかりが次々と現れては消え、現れては消え、ということを繰り返していた。少なくとも自分の覚えている限りでは、こんな経験は初めてだった。
「……しばらくかかるから、今のうちに籠城の準備をしておこう」
そう言うとヨウタは椅子から立ち上がり、パソコンに背を向けた。どうやら食料などを持ってくる気らしい。
言うなら今しかなかった。まさかこんなにも、自分のあの発言に左右されるとは。
「あのさ……」
「……何?」
「………オレ、パスワード開いたら、やっぱ外行くわ」
自分でも、わからなかった。
……わかっていたはずなのに。
───ナギちゃん……! 救急車……!
───待って! ナギ、行かないで……!
……自分なんて、誰も守れないどころか、自分を守った人の屍の上に立っていることなんて、わかっていたはずなのに。
自分はまだ、諦めないでいる。
自分の目的を。自分がするべき事を。
「……そうか」
「あれ? 否定しないのか?」
するとヨウタは、こちらに向かって歩いてきた。かと思うと、ナギの肩に手を置いた。少しくすぐったかった。
「……よく言ってくれたよ。実は僕も、あの2人のことが心配だったんだ。不安でしょうがなかった」
「お前……」
「……おっと。もう処理が終わったみたいだ」
そう言うと、ヨウタは逃げるようにパソコンの前まで歩いた。ナギも後に続いた。
パスワードは案外あっさりと開いていた。てっきり準備が完了すれば何か知らせてくれると思っていたのだが、パソコンはひっそりとその仕事を終え、「処理完了」の文字だけを映しだしていた。
「……さて、どんな風になってるかな」
ヨウタがスマホの画面を叩く。スマホは何の拒否反応も示さずに開いた。ただスマホをタップしているだけなのに、魔法を使っているかのようだった。
「……あれ」
スマホの中には、何もなかった。
「何だよ……まさかこんだけ苦労しといて、何もなかったオチなんてねーよな?」
「……いや……」
すると、ヨウタが何かを発見した。
「……これ……」
見ると、画面の片隅に、「原案」という名前のフォルダがあった。
ヨウタは迷わずタップし、フォルダを開いた。
すると今度は、画面いっぱいに絵が出現した。しかし、さほど驚かなかった。
「これ……アレの原案らしーな……」
先程見た「わたしのともだち」の原稿らしきものだったからだ。
「……これ、ユウさんのスマホだったのか」
ヨウタはそう言いながら、画面をスライドさせていく。″てりか″が踊っている絵、塞ぎ込んでいる絵、そして影の消失を知って泣いている絵……。
「……これで最後の絵だったよね」
ヨウタはナギに、画面に映った絵を見せた。確かに最後のシーン、てりかが影がいなくなった後に地面を見下ろし、影に感謝を伝える絵だ。
「何だよ……結局普通の原稿じゃねーかよ!」
ナギは呆れかえったように言った。期待して損した、とも思っていた。
しかし同時に、こんなことも思っていた。
このスマホの持ち主は、アサヒユウ。あの絵本の著者で、内容から察するにこの現象について何か知っている可能性が高い。
一方で、このスマホの拾い主は、テリカ。
(テリカ……お前、これどこで拾ったんだ? やっぱりあいつ……何か知ってんのか?)
ナギの頬を、冷や汗が流れる。この3日間でもう何回流したのか、これから何回流すことになるのか、全くわからなかった。
「……なんでこのフォルダしかないのか、とか、なんでタイミングよく作者のスマホがあったのか、とか、謎は残るけどとりあえずこれだけのようだね……」
ヨウタはナギの方を見て言った。そして、ノールックでスマホの電源を切ろうとした。
それは偶然だった。
電源を切ろうとしていたヨウタの指が、スマホに当たる。しかし、ボタンではなく、液晶に。
「……」
そして、ヨウタが液晶から指を離した瞬間───若干上に指が動いたのかもしれないが───
突如、画面が下にスクロールした。
「……えっ……」
2人が驚きの表情を浮かべ始めたその刹那。
新しく1枚の画像が、流れ込んできた。




