【Night 23】会いたい
その頃。
「なんで、だれもいないの……?」
ヒカリは、荒れに荒れた自宅の中で、大いに戸惑っていた。
ヒカリはずっと、家に帰ることを目的としていた。そして3日間にわたる苦難の末、ようやくここに辿り着いた。
しかし、誰もいない。床中に散乱している物品と、虚空だけが残されている。
「……どこ……?」
ヒカリはパニック状態に陥った。
外に出ている間、ずっと家が最終的なゴールだと思っていた。家に帰れば、全て終わる。家に帰れば、また日常を取り戻せる。そんな甘いことばかり考えていた。
でも現実は非常だった。確かに、夢でもない限り、家に帰るというゴールに辿り着いても、外のおかしな世界が元に戻るわけではない。そんなことは、小学生でも、そして幼児でもわかることだった。
しかし、今のヒカリには、そうとうこたえた。やっとの思いで辿り着いたのに、それはないでしょ、という感じだった。わかりやすく言うならば、工作をしていて、作品を完成させても、作る物がそもそも違った、といったような。
「ヒカリ、どうすればいいの……」
ヒカリは床に敷かれたカーペットにうつ伏せになり、放心状態になってしまった。
正直、帰宅はどうでもよかった。
ただ、両親に会えればいいと思っていた。両親に会って、またいつものように遊びたいと思っていた。遊んでいるときは、楽しいというより楽だった。今思うと、好きだから、というわけではなく、何かから逃避するように遊んでいたのかもしれない。
ヒカリはだるそうに立ち上がり、ドアの方を見た。ドアの磨りガラス向こうには、ただ暗闇が広がっているように思えた。
2日前、自分はあの暗闇の中にあるであろう階段を、好奇心に溢れた目で下っていった。
そしてここには、両親がいたはずだった。
両親は、自分に気づいていなかった。自分がいなくなったと知った後は、どんな気持ちだったのだろうか。
ヒカリはもうどうでもよくなっていた。頼れる者が誰もいない以上、どう足掻いても、自分に待っているのは不幸のみ。もはや、もうどうすることもできないのだ。
その時だった。
「……?」
ヒカリの足に、何か硬い物が当たった。
「なに……?」
ヒカリはガラクタだらけの床を見下ろした。
すると、ヒカリの足元に、2日前、わくわくしながら持っていった懐中電灯が転がっていた。
そして。
───ヒカリ! その懐中電灯の電池、持ってけよ!
「……!」
ヒカリの頭の中に、ぶっきらぼうな声が響いた。
そして、その声は、なぜか温かかった。
思い出してきた。
───そうか。ヒカリか。よろしくな、ヒカリ。
ナギ。
───よろしくお願いしますね!
……テリカ。
───……帰れるといいね。
ヨウタ。
そうだった。
みんな、一緒に協力して、この終わらない夜を乗り越えてきた。
ヒカリはようやく思い出せた。
そして、急にさみしさを実感するようになった。先程までは、虚無感はあっても、それ以外のものはなかった。
でも今は違う。何か人間らしい物を取り戻せたような気がする。
「……うっ……」
ヒカリは涙を流し始めた。
その原因は明白だった。
「……会いたいよぉ……」
家に帰れなくても、あの3人……出会ったときの3人なら、何が来ても大丈夫な気がした。
逆に言えば、今の自分は……。
「……だめ。こうどうしないと」
そうだ。ヨウタに勇気を持って反論する時も、ヒカリはこう思っていたはずだった。
だめ。だめ。いわないと、と。
懐中電灯を拾い上げたヒカリは散らばるガラクタを避けながら、リビングの隅、隠れるように存在する物置を目指した。やがて辿り着いたかと思うと、新しい電池の包装を勢いよく破り、懐中電灯に入っていた電池と入れ替えた。カチッ、という音が気持ちよかった。
そしてしばらく何かを漁っていると、今度はお菓子の袋のような物を、物置という宝箱から取り出した。ヒカリが大好きな、オレンジの飴だった。
満足げに袋を見ると、ヒカリは物置の戸を閉めた。そうしてガラクタを再び避けてドアまで向かうと、迷わずドアを開けた。
「おとーさん……おかーさん……ヒカリ、どうしたらいいのかわかんない」
外から中へ、冷気が一気になだれ込む。そのせいで、足が冷える。
でも、こんな些細なことでは、ヒカリは止まらない。
「……でも、おとーさん、いってたもんね」
───お父さん、言ってきただろ。他の人には、優しくしなさい、って。
「だから、みんなにこのあめ、くばってくるよ。やさしいこと、してくるよ」
ヒカリの目の前には、暗闇が広がっている。
それも、深淵がさらに深淵に包まれたような。
でも、恐れることはない。
みんなに……みんなに会いたい。
そう思っているだけで、何も怖くなかった。
「いってきます」
ヒカリは誰もいない部屋に、それだけを残した。
そして、その深淵の中に消えていった。
とあるビルの中。
「……ヒカリちゃん、やっぱりうごいたよ」
ヒカリにそっくりな影は、隣の誰かに言った。
「……やはりか。そう動いてくると思ってたよ。これで、心配事も抹消された」
ヒカリの隣の誰かは、落ちついた声で言った。
その影は、ヒカリが見たら間違いなく、喜びや悲しみ、苦しみ……いろいろな感情で5歳の精神が破壊する姿だった。
「ちょっといいかい」
「なに?」
「もし私が君の父親ではなく彼女と血縁関係にあれば……どうなっていただろう?」
「……」
ヒカリの影は答えない。
そう、その隣の誰かは、ヒカリの父親の姿をしていたのだ。
「……良いよ、答えなくて。私にも少々、五月蝿い蟲が蠢いているらしいからね。聞いてもらうだけで良い。そうだろう?」
すると、ヒカリの父親の影は、また隣の人物に問いかけた。
「私たちも、会いたいものだね……そうだ、私たちで迎えに行ってあげよう」
隣の人物───包帯を頭に巻き、ボロボロの……と言うよりかはボロボロにされたコートを着たその人物は頷いた。
長い髪に、まるで、嘘つきに制裁を、という鋭い目をしたその少女は、テリカといった。




