【Night 2】帰れないの……?
「そりゃあ無理だ。諦めな」
女の人が冷たく告げた。
その言葉は、小学生にもなっていない幼女の精神を抉るのには、十分すぎた。
「え……?」
「言ってるだろ。帰れない」
女の人は遠くの方を見ながら続ける。
ヒカリは何か言おうとした。それは反抗とも、逃避ともいえた。とにかく、このまま黙りたくなかった。
しかし、先に女の人の口が開く。
「そんなの嘘だ、って言いたいのか? じゃあ、なんでお前は外にいるんだ?」
「……こうえん」
「あ?」
「こうえんに……いくため」
「その公園は近所か?」
「え?」
はぁっ、と大きなため息が聞こえる。
「その公園は、お前の家から近いのか?」
「うん」
「じゃあお前は、なんで迷子になってるんだ?」
……。
返す言葉がなかった。
女の人は何かを察したのか、ヒカリの方を再び向き、ヒカリの前でしゃがみ込み、目線を合わせた。
「……オレにも何が起こってるのかわからねぇよ。わからねぇし、正直、わかりたくない。ただ、想像……考えることはできる」
ヒカリは、その時だけ、女の人の目がマイルドになったような気がした。
「おそらく、オレたちがいる場所はそのままに、他の場所の時空とか世界とかが離れて、ごっちゃになってるんだろうな」
衝撃と悲しみの間に、何やら難しい話が入ってきた。ヒカリは目を丸くしながら、未だに女の人の顔をまじまじと見ていた。
「あー、すまんすまん、わからねぇか、まあガキだもんな」
すると女の人は、少し間を置くと、今度はこう言った。
「プラレールって知ってるか?」
「うん! 知ってる!」
好きな物の話だからか、一瞬だけヒカリに元気が戻った。
「そうか。じゃあ、家から駅まで、2本のまっすぐなレールを縦に繋げたもので繋がっているとしよう。家から電車に乗っていく時、レールを通るよな? 1本目のレールを通り過ぎて2本目のレールの上を走ってるとき、さっき通った1本目のレールを外して、曲がったレールをくっつけるとどうなる?」
「……おうちにかえれなくなる」
「よくわかったじゃねえか。ま、今起こってるのはそういうことさ。今まで来た道が、振り返ると全く別の光景になってるんだからな、そりゃ迷うさ。じゃ、オレはこれで。頑張って帰れよー」
女の人は好き勝手言ってから、再びバイクにまたがった。そして、エンジンをふかし、発進しようとしていた。
悔しかった。ヒカリの目は、だんだんと温度を上昇させていった。そして、視界も徐々に滲んできた。手に力が入る。爪が掌に食い込んで痛かった。
「おねーさん」
「あ?」
「つれてって」
「無理だ」
即答。
「お前を連れて行くメリットも義務もない」
あまりにも素っ気ない返事は、ヒカリの何かに傷をつけた。そこから、心にためこんでいた悲しみが、液体のように溢れ出す。
そして、目の縁にためこんでいた液体も。
「ううっ……うわあああ」
ヒカリは大声を出しながら、目にたまった液体を頬に流した。
つまり、泣いた。遠く離れた先でも聞こえるほどの、大声で。
「……はぁ」
どうやら効果はあったようだ。女の人は再び大きくため息をつき、エンジンを止め、バイクから降り、こちらに歩いてきた。
「わかった、わかった。来ていい。来ていいから泣くな」
「ほんと!?」
「ああ。そのかわり、戦力にならないと判断したら置いてくからな」
先程とは一転、ヒカリは猛烈に嬉しくなった。液体はいつの間にか止まり、口角も上がっていた。
「お前、なんて言うんだ? 忘れちまった」
「え?」
「名前だよ。な、ま、え。もう一回教えてくれよ」
女の人はヒカリに言った。微かに笑っていたのを、ヒカリは見逃さなかった。
「……ヒカリ!」
「そうか。ヒカリか。よろしくな、ヒカリ。オレは星野ナギだ」
ナギは、作った握りこぶしをヒカリの前に突き出した。力強く、速い動きだった。どうやらグータッチをしたいみたいだ。
「……よろしく!」
ヒカリもナギに負けないくらい、強くて速い、小さな拳を突き出した。
大きさの違う2つの拳が、星の下でぶつかり合った。




