【Night 11】そっくり
「……!」
走る光。
ヒカリは突然現れた影に、懐中電灯の光を向けた。黒い人間の胴体のようなものが、周りの道路、空き地と一緒に小さな光の円に照らされた。
「あれは……ナギさんのおともだちを……しなせちゃった……」
「……ナギさん……ああ、あの人か」
ヨウタは思い出すように呟いた。そういえば、ヨウタはまだナギとあまり言葉を交わしていない。
「……くそ……見てろよ」
ヨウタは身構えた。何か強い決意のようなものが感じられた。
黒い影は動こうとしない。変だ。テリカを襲った影は、もっと素早く接近していたのに。
ヒカリが疑問符を浮かべたその時、彼女は感じた。
(あれ……?)
腹にに何か刺さっているような感触がする。痛いわけではない。ただそんな違和感がするだけだ。実際、腹をさすっても、特に何も刺さっていなかった。
(どういうこと……?)
ヒカリは再び影に目をやった。
その時、ヒカリは心臓が止まるかと思った。
懐中電灯の光の円は、影の胴体からずれ、人間でいう頭の部分に当たっていた。
そしてその顔に、白い目が爛々《らんらん》と光っていたのだ。まるで黒い折り紙から人間の形に切り取った物に、子供が白いクレヨンで書き足したような。鼻は無かったし、口も無かった。ただその雑な目が、こちらをじっと見つめていた。
そして何より。
(ヨウタさんにそっくり……?)
「……え……?」
流石にこんなタイプは見たことがないのか、それとも自分にそっくりの影に驚いたのか、あるいはその両方なのか、ヨウタから冷静さが消えた。
いや、それも違ったのかもしれない。
なぜなら、次にこんなことを言ったから。
「……なんでお前がここに……」
「え? ヨウタさん、あったことあるの?」
「……うん……でも、それは後で。今は、あいつに集中しよう」
「あ、うん……」
ヨウタは先程と見違えるほど頼もしくなっていた。敵を目の前にしているのに、ヒカリは安心できた。冷たい風も感じなくなった。
その時だけは。次の瞬間、またしても寒気が襲ってきた。
『……昨日ぶりだね』
……?
ヒカリはヨウタの方を見た。暗闇に包まれていても、冷や汗が流れていることがわかった。
「……ヨウタさん、いま、しゃべった?」
するとヨウタは、ゆっくりとヒカリの方に向いた。口の動きだけで、深刻さがわかった。
「……僕は喋ってない。これでわかるね?」
ヒカリは震えだした。多分、寒いからだ。きっとそうに違いない。
いや、そうであってほしかった。
「……つまり……」
「……ああ」
2人はゆっくりと前を向いた。
『……どうしたの、そんなびびった顔して……あ、もしかして、そこの女の子もわかっちゃったのか』
間が空く。2人はじっとその影を見つめる。
影がどのようにして、その「音」を出しているのかわからなかった。
『……僕が、喋れるってこと』
しかし、その「音」は、ヨウタのものよりも、もっともっと低かった。
『……そういえば君たち、あの2人はどこに行ったの?』
「え……あ!」
ヒカリの心臓はさらに鼓動を速くした。視界に入っていない部分が別の場所に変わってしまうこの世界で、いつの間にか2人を見失っていたことは致命的だった。
『……まあ、そんなことはどうでもいいんだ。僕がしたいのは、君たちに対するf───』
その時だった。
「どけどけどけぇーっ!」
後ろからとんでもなく大きな、それに聞き覚えのある声がした。
その男気のある女性の声……。
「ナギさん!」
「ヒカリ! オレはずっと見てたぞ!」
振り返ったヒカリは、こちらに走ってくるナギを見つけた。ヨウタも驚きながらも、少し安心しているようだった。
ナギはその手に持った、テリカの食料が入ったレジ袋をぐるぐると回しながら、影に突進していった。
「くらえぇぇっ!」
そしてナギは2人を通り過ぎ、影に突っ込んだ。
(やった…)
ヒカリは確信した。ヨウタも確信していた。
しかし、見てみると、まだあの影は立っていた。
『……乱暴やめてよ』
その影はまるで面白くないと言いたいかのように言い放った。
そして、影に突進したはずのナギの姿が消えていた。
「……ナギさん……?」
ヒカリの声は震えていた。
「うわぁぁぁっ!」
すると、ヒカリとヨウタの横を、テリカが走り抜けた。手に何も持っていなかったので、もう結果は見えていた。
「ナギさぁぁぁんっ!」
そして、ナギと同じように、テリカも影に突っ込んだ。
『……やめてってば』
そしてやはり、テリカもいなくなっていた。
「あ……ああ……」
『……なんでみんな、僕に嫌がらせするの? 僕たちは被害者なのに……』
影がこちらに向かって歩き出す。どんどん近づいて、懐中電灯の円の中に収まらなくなっていく。その姿が近づいてくるほど、危機感が、死への恐怖が、大きくなっていく。
『……ヨウタ』
「……何?」
『……僕は、君のことを誰よりも知っている』
(……? ……あ、そうか、あったことあるって……)
やがて、影は2人の前で静止した。形は全く同じ。顔のパーツと色が違い、本物のヨウタより少し大きい影は、安心感のかわりに、とんでもない威圧感を放っていた。
『……大丈夫。君の弟も妹も、大丈夫だから。2人とも、眠ってる』
「え……?」
ヒカリは困惑するしかなかった。
ただ、ヨウタの脳裏には、さまざまなことが過っていた。
ヒカリと同じくらいの年齢の、2人の幼児の姿が。
少し古びた、住み慣れた自宅の壁の姿が。
そして、1日前の自分と、自分そっくりの「影」の姿が。