第二話 絶望の闇に、火を。
オレはビールを片手に屋上で涼んでいた。
辺りは暗くなり、静けさだけが取り残されていく。
今日は酒の酔いとこの世界で生涯を終えたい、そう思えた気がした。
今、この瞬間だけは......。
「あんた、未成年だろ」
背後から馴染みのある女性の声が聞こえてくる。
そいつはオレの隣までやってきて一緒に涼んできた。
ふと、彼女の手をに目をやると片手にビールを携えていた。
「お前もだろ? フレイヤ」
ここは軍事基地の司令部の屋上。
オレと彼女はわけあって軍人になり、おまけに同じ軍隊の同じ戦闘部隊に配属された。
フレイヤ。
イギリス人と日本人のハーフ。
容姿端麗で可愛らしく力強いパワフルな女の子だ。
極めつけはその服にがはち切れそうなほど巨大な胸だ。
それをみてオレはいつも思ってしまう......揉みたいなぁ、と。
そんな彼女とはもう一年くらいの付き合いになっていた。
もうそろキスしてもいいころだが、どうだろうか。
オレは下心が悟られないように軽く質問をしてみた。
「オレらって、カップル......みたいじゃね?」
返事がなくて横を向くと、蒸気を発するかのように顔を赤く染めた乙女が一点を見詰めていた。
「な、なんてな。」
オレは失言を掻き消すことはできないと承知の上で少しでも気を晴らすためにそう口にする。
オレたちまだ十七歳だぜ? 思春期らしく好きなことの一つや二つ、揉みたいものの一つや二つあるに決まってるだろ。
揉みたいのは一つか。
そんなことはどうでもいい。
だが、はっきり言えることが一つある。
この世界はオレたちに好きなことをさせるてくれる自由というものを与えてくれないということだ。
フレイヤが小さい声で呟いた。
「ま、......まってる。」
「なんてっ?」
「ブフッ!?」
オレは聞き取れずもう一度聞こうとしたら、理不尽に脇腹に拳を打ち込まれた。
「なんでだよっ!?」
「もういいっ!!」
フレイヤはなぜか拗ねたようすで走り去っていく。
オレがなにしたってんだ......。
オレはまだ一口もしていないビールを排水溝に捨てた。
未成年だからビールは飲めないんだけど、持つだけでなぜかみんなと楽しく話すことができるようになるんだ。
そんなことより、来週。
どうなっちまうんだろう。
War game。
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二週間後......。
オレたちはWar gameにて、敗戦を喫した。
「舐めてやがる」
オレは長い髪を半分あげるように輪ゴムで後ろにまとめる。
冷静で居たい、だが滲み出す感情は行動で示される。
――怒り。
それがオレの中にはあった。
もしくは悲しみなのか......。
こんなことですら判断のしようがない程にへこたれたオレの感情は、徐々に階段を上がっていた。
地獄へと――、一方通行に。
「なんでなんだよ! ふざけんな、クソッ!!」
壁を強く叩く音が倉庫全体に響き渡る。
響き渡ったこの音に誰もそれを起こした主犯であるオレを見ようとしない。
オレという人物を理解しているからなのか、または自分を理解できていないだけなのか。
誰もが何か一つを見つめているだけで、行動を起こそうとしない。
なら、今の気持ちを叫ぶ方が今は楽になる。
拳を握りしめたまま、もう一度壁を叩く。
「怒るな、悔しがるな、そうしてしまうとお前自身を殺してしまうぞ、透」
癇癪を起こしているオレに、慰めなのか何なのか知らねぇが話しかけてきたヤツがいる。
コイツはオレと同期で、同じ軍隊に配属された友。
いつも一緒だから分かる。
コイツは、こんなとこでじっとしてるようなタマじゃねぇ。
なのに——、今は真顔でおまけに落ち着きに身なりを整えてやがる。
......ふざけんなよ。
お前がそんな顔してる場合か?
コイツの脳内なんざたかが知れてる。
それは分かってる。
けど、今のコイツは違う。
......意味が分かんねぇ。
だからこそ、オレはぶつけた。
War gameでなにが起きたのか。
そして今、何が起きてるのかをはっきりと。
オレは戦いでは冷静を保つように、心の中では「いや――落ち着け。」っと、唱えている。
相手との会話の中でもそうだ。
頭を冷やせ。
そう言い聞かせてたはずだった。
だが結局そうもなれなかった。
無駄に怒っても仕方がねぇ。
そう言い聞かせたのに、胸の奥が焼けるように熱い。
憎しみは形を変えずに、喉の奥にこびりついて離れない。
結局、オレは、何も変われてない。
ちっぽけで無力な子供のままだ。
「無理にでも冷静になろうとした。
けどな、そんなもん糞の役にも立たねぇ。
オレの頭には、嫌でも目の前の現実が突き刺さってくんだよ」
忘れようとしたはずの惨劇が、再びオレを引きずり込む。
あの戦場で負った傷の深さは段々と心を蝕んでいた。
「血反吐吐きながら、散々戦って、生き残ったのはほんのわずか。
戦えるヤツなんて、もうほとんどいねぇ」
「......」
「武器も弾も、気力も命も。
もう、何もねぇんだよ」
悔しさと怒りが混ざり合い、喉の奥を鉛のように沈んでいく。
こんなにも苦しいのに、ただ、拳を握りしめることしかできない。
戦場に転がる死体、消えた仲間たち、焼け焦げた残骸が脳裏にこびりついて離れない。
全て――燃え尽きたというのに。
その表情を見るたびに、さらに喉が締め付けられていく。
「なのに、あの戦場にいなかったお前はっ!」
軍服の襟をガシッ、と強く握り寄せる。
「なんでそんなに真顔でいられんだっ!!」
「......」
「なんか言えやっ!!!」
「ぁん?」
オレが掴んだ襟部分には少し違和感があった。
あそこで同じようなものに触れたことがある気がした。
襟の内側を覗き込むようにみた。
やはり――血、だった。
「おまえっ......」
鎖骨の下を走るのは、目を背けたくなるほど深い傷跡。
血に染まり、肉すら裂けたその体は、とうに限界を超えていた。
オレはその傷をみて目を瞑ってしまった。
背けてしまった。
コイツ......こんな痛みを背負ってもまだ平然で立っていられるってのか......。
戦地では、血と硝煙の中で、何度も死にかけた。
だが、そのたびに立ち上がり戦場で名乗りを上げた。
仲間を失っても。
生きる理由である、家族を――失っても。
それでもオレは生き続けた。
死ぬことを拒むように。
なのに、どうして戦場にいなかったコイツはこのような傷を負ったのか。
「わかってんだよ......」
ボツボツと弱音を吐くように口ずさんでいる。
その途端、オレは胸倉を掴み返される。
「そんなの......分かってんだよ!」
「んぐっ......!?」
「周りを見てみろ。
そういう不満を募らせ、今にも爆発しちまいそうなやつは、なにもお前だけじゃねえ!
それぞれ帰りを待つ人が居るんだよっ!!」
オレはその言葉を嫌うようにして、自分の胸倉を掴んでいる手を振り払った。
戦う理由がオレにはなくなったのか。
「うるせえ! 何が帰りを待つ人が居るだっ!!
オレに......オレに帰りを待つ人なんて、もういねえんだぞっ!!!」
何も言い返せないように心にくる言葉を吐き捨てた。
「悪かった。
親父さんのこと、気の毒に思うぜ......」
今はいいんだよ、そんなこと......。
「ここで......なにがあったんだ?」
「......」
後ろを向いた彼の足取りは重く、顔には決意とも諦めともつかない影が差していた。
その背を見ていると、どうしようもない無力感が胸に染みる。
足掻いていることは分かる。
だが、それがもう届かない場所にあることも、見ていればすぐに理解できた。
視線を逸らしたのは、ただ、惨めな自分を直視できなかったからだ。
結局、何もできなかった。
けど、もし──オレに力さえあれば。親父も、仲間も、みんなも、まだここにいたのかもしれない。
オレはそんなことを密かに心に噛み締め、その場を後にした。
かなり感情表現にこだわりを入れました!よかったら応援のメッセージ下さい♡