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それが神だとしても、殺すしか道がない。

予言当日。

その日は、朝から雨が降っていた。


(天にも見放されている気分)


書簡を持ったドミニクが、シャーリーと共に馬車に乗る。

ドミニクが亡くなるなら自分も一緒にというのが、シャーリーの願いだった。


(二人が亡くなったら、カイド様は一人なのに)


そんなことを言えるはずもなく、閉まる馬車の扉を見つめていた。



雨の日は霧が多く、視界が良好ではない。

馬車につける刃は、森の直前で装着した。

奇妙な馬車に乗る領主夫婦に皆不思議そうな顔をしたが、軍事演習だからと説明したら納得した。

軍事演習と、森での護衛を兼ねていると騎士たちには伝えてある。


出入口と、馬車を警護するものの三部隊に別れた。

馬車が入る入口に獣が現れたら笛一つ。出口に現れたら笛二つで伝えることになっていた。

笛二つが聞こえたら、馬車は後退できないので、その場に止まることになっている。


クロスボウを背負って見張り台に登る。

カイドもなぜか一緒に登ってきた。

今まで獣なんて、小動物すらほとんど見たことがない。

本当に予言通りになにか出るのだろうか。


「それにしても、視界が悪いな……」

「そうですね。カイド様も銃を持ってきました?」

「一応。リアナは銃じゃなくていいの?」

「はい。こっちのほうが撃ちやすいし、毒液もあるので」


作り直した自分のクロスボウは、軽くて使いやすい。

ポケットの中の毒液を見せると、カイドは苦笑した。

中古では売れなかったけど、買ってて良かった毒液である。


雨除けのコートは少量だが水を吸う。

雨に濡れているので、少しずつ体も重くなっていた。


入り口から、演習開始の笛が鳴る。

森に向かって馬車が走り出すと、突然、出口方面に大きな影が現れた。


(……なに、あれ)



反射的に笛を二回吹く。

大きな影は、角が異様に大きい鹿だった。

いや、鹿に見えるが、四メートルほど高さがあるように見える。

しかも、顔が鹿とは違うように見えた。


(やはり鉄線をひいておくべきだった!)


銃声が聞こえる。


「リアナ! 入口も!」


カイドの声に入口の方を見ると、そちらも同じような角が異常に大きい巨大なシカがいる。

笛を一度吹く。


(わけがわからない。だけど、いずれにせよどちらかの個体が到達してしまう恐れがある)


道より、森の中にいた方が安全だ。

動物は人間よりかなり重い。あの大きさなら1トンはあるだろう。


「私、ちょっと参戦してくるので、カイド様はここで銃で狙ってください」


梯子に足をかけて、降りる。

グ、と腕が掴まれた。


カイドだった。


「騎士がいるから、リアナはここにいな」

「嫌です! この状況では道にいる方が危ないとご両親に伝えなければ!!」


力で振り払えないとは分かっているので、叫ぶ。


「あの大きさの動物なら体重で馬車を潰せます。ぶつかっても上に乗られても死ぬんです」

「それなら俺が行く!」

「カイド様は後継者です!! 領地の人間はどうするんです!」


また間に合わない。

こんなに策を練ってもまた死んでしまう。

安全な場所から見捨てるのは、自分の性に合わない。本当に嫌なのだ。


「私は平民です! 放してくれないと、私はカイド様を許しません!!」


私の叫びにカイドの手から力が抜ける。


「我儘言って、すみません」


素早く階段から降りて、馬車の元に走る。

ふと、後ろに気配を感じた。

後ろにカイドが付いてきている。


「どうして付いてきたんですか!! あなたが死んだら」

「もう身分制度はない!!」


そうじゃない。領主がいなくなったら、領地の人間はどうなるというのだ。


「身分制度がなくても、命の優先順位というものはあります」

「そんなものはない。死なせない」


わからずやと思いながら、雨の森を走る。

すぐに馬車に到着した。


(ここまで他の獣には出会わなかったから、とりあえず外に出してもよさそう)


ドアをノックして、ドアを開ける。


「出てください。馬車の中ではひっくり返される恐れがあります」


怯えさせると良くないので、潰されるとは言わなかった。


「なにが……」


ドミニクとシャーリーが困惑しながら馬車から出てくる。


「カイド様、森の方へ。二人を守ってください」


カイドに二人を預けると、どちらの到着が早いか考えながら

毒液をつけた矢をクロスボウに仕込んで周囲を見まわす。

一歩早く、入り口側のシカが霧の中から現れた。

口には頭を喰われた兵士がぶら下がっている。


ぶつりと首の肉と胴体の肉が離れて、胴体が血を吹き出しながら地面に転がる。

ビクンビクンと切れた身体が揺れていた。

シカの口は赤く、肉食獣特有の鋭い牙が見えている。


(このシカ、肉食なんだ)


おかしい。現実離れしている。

四メートルの巨大な肉食の鹿なんているはずがない。

だけど、霧の中を悠然と歩く姿は、幻ではなかった。


胴体に兵士が放った銃弾が当たってるのに、動けているし、早い。


(たぶん胴体にはあまり効かないんだ)


地面に転がす棘があっても硬い蹄に阻まれる。

刺さるとも、皮膚に到達するとも思えなかった。


クロスボウを首に向けて撃つ。

ヒュンと風を切った矢が、首より下の肩部分に刺さった。

何も効いていないようにこちらに歩いてくる。


(首にあてたいけど、そこまで飛ばない)


矢自体が重いのか、威力がそこまでないのか、雨のせいか、自分の腕が悪いのか。

考えながら矢を仕込む。


「リアナ。どこに当てればいい?」


背後から肩に手を置かれ、カイドの声が聞こえた。

振り向きながら見上げると、カイドが銃を構えていた。


「頭か、首に」

「了解」


カイドが銃の照準をあわせて、引き金をひく。

銃声が響いた。

ブォォォォン、と鳴き声のようなものが聞こえる。


大きなシカの眉間に、弾がめり込んでいた。


(……す、すごい)


「銃は得意なんだ」


続けて、二発、三発と頭に当てる。

シカはぐるりと頭をまわして森に倒れこんだ。

木々がミシミシとなぎ倒されて、身体が崩れ落ちる。


まだ、周囲の銃声は止まない。

ぐるりとまわりを見回して反対側を見ると、シカが走ってくるのが見えた。


「的が小さいな。リアナ、両親を頼む」


カイドが走っていって、銃を撃つ。

動く生物は早いほど撃ちにくい。

カイドは銃をかまえると、正面から撃った。


また、鳴き声のようなものが森に響く。

シカの眉間から血が噴き出した。


もう一度、撃つと、今度は首に当たった。


「外した」


そう言いながら、カイドは森に移動するように横に飛ぶと、そこからまた撃つ。

今度は顔に当たった。


撃たれた鹿は、足をもつれさせて前につんのめるように崩れ落ちる。

力なく落ちた頭に、馬車についている刃が刺さった。


馬が目の前に落ちた巨大な頭に、嘶き騒いでいるのを、ぼぅっとした気持ちで眺める。

雨音と、馬の嘶きと騎士のうめき声。

けれど、銃声が止んだ森は、静かに思えた。


(し、死んだかな?)


近寄って瞳孔を見る。 

死んでいるようだった。


(……これは)


首を触るが、呼吸をしている気配もない。

気持ちが高揚してきた。


「カイド様すごい!! こんなよく分かんない生き物殺せた!!」


弾けるように振り向くと、カイドは放心しながら私を見つめた。


「惚れた!?」


我に返ったカイドは、弾けるようによく分からないことを言った。


「倒しました!!」


よく分からないので、事実を叫んで、喜んで駆け寄るとカイドは両手を広げた。


(叩けってことかぁ!)


喜んで手をたたき合うって奴だと思ったけど、ちょっと手を広げ過ぎだ。身長の差を考えてほしい。

両手でカイドの手に合わせて、片手ずつ、手のひらでパァン! パァン! と叩く。

めちゃくちゃいい音が鳴った。


「ちがぁう!!!!」


カイドが崩れ落ちる。


「えっ、どういうことです?」


目の前で崩れ落ちたカイドを見ながら立ち尽くすと、後ろでシャーリーが笑う。

色々よく分からなかったが、カイドのご両親が生きていることだけは確かで、心から安堵した。


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