リアナは服を改造したい。
次の日から、街の金物屋などを見て、罠になりそうなものを探した。
新品のクロスボウを店に売って、売り上げの残りと一緒に親に渡した。
食事や身の回りのものに関しては私は支給されているので、お金がなくても問題がなかった。
(とはいえ、服が動きにくい。布地が多すぎる)
ウエストは窮屈で、袖とスカートは不自然に布地が厚く広がっている。
もうネグリジェで動く方が丁度いいくらい不快だった。
工具を扱うにも、あまりに布が多くて、置くと布に隠れて場所が分らなくなる。
貴族用の布だと思うが、本当に重くて木にも登れなくて実験ができない。
なんなら作業用の工具をウエストにつける革製のベルトすら腰布が多くて上にずり上がる。
(切るか。布を)
でも支給品を勝手に改造したらダメだよね。
ため息をつきながらカイドの執務室に行く。
コンコンと叩くと執事が出てきたので、服を改造したい旨を伝えた。
執事は少し吹き出してから、部屋の中に入っていく。
失礼な執事だ。
「どうぞ、お入りください」
執事に言われて入ると、カイドが微笑んで出迎えてくれた。
「服を改造したいんだって?」
「はい。もう少し動きやすい服にしたいなと」
「使用人の服でいいなら、たぶんすぐ出てくるよ」
言われて、お屋敷に働く人たちが着る服を思い出す。
黒地にエプロンという軽装は、とても動きやすそうだった。
それに、あの服であれば工具をしまう腰ベルトも付けられる。
「あ、皆さんが着てる! あれもいいですね! 木にも登れるし」
「木に登るのは下着が見えるからやめたほうがいい」
呆れながらカイドが言った。
「コツがいりますが、下着にスカートを挟めば見えにくいですよ」
「それでもなるべくやめてほしい」
「わかりました」
お世話になっている側が文句言うのはおかしいので、素直にうなずく。
いつだって雇用者に使用人は弱いのだ。
「とりあえず、服はフランクリンに頼んで」
カイドの後ろにいる執事が軽く腰を曲げる。
失礼な執事の名前はフランクリンと言うらしい。
「ありがとうございます」
素直にお礼を言った。
執務室を出て、執事と一緒に廊下を歩く。
そういえば自由に動いているし、初日に使用人にお世話になるのも辞退したから、こういうのは珍しい。
使用人の服がたくさん置いてある部屋に行き、サイズを合わせる。
在庫が多く、ぴったりと体型に合った服もあった。
「フランクリンさん。捨てるズボンがあったら下さい」
「どうしてですか?」
「カイド様が下着を見えるのがよくないというので、切って履きます」
「あの……木に登られないほうがよろしいかと」
冷静だが、確固たる意志があるように執事は言う。
だけど、こちらも簡単には引き下がれない。
「必要な場合があるんです」
したいことをするためには、あまり抑制はされたくない。
あまりに抑制されるなら、外に出ていくという選択肢もあるからだ。
「そうですね。では、人前にそれで出ないということであれば」
「わかりました」
しぶしぶという調子で言うと、執事は苦笑しながら、ズボンを渡してくれる。
穿いてみるとウエストはぶかぶかだが、緩いシルエットで、履きやすかった。
案外、話が通じる人かもしれない。
「フランクリンさん。どうして私はこのお屋敷に住まわせてもらってるんですか?」
話が通じるならと思って聞いてみる。
予言の手帳を持っているからといって、あの豪華な部屋に住むのはおかしいと思っている。
私の身が危ないと言っても、話も広まっていない今の段階では推測の域を出ない。
何の能力があるわけでもない人間を置いとくには、カイドには得のない話だと思っていた。
「息苦しいですか」
「いえ。私は作法も分からない女だし、居る意味がないといいますか」
「……正直いいますと、あの部屋で工具を使ったら床が傷つきますし、困っています」
本音を言うなら、本当は、もっと気楽に生きたかった。
私の言葉に、執事は少し考える。
「分かりました。こちらへ」
執事に連れられて、屋敷の一階の角部屋に行く。
そこは、端に棚がある以外は何もない部屋だった。
床も適度に痛んでいて、作業をして多少傷つけても許されそうだ。
(胸がドキドキしてきた……これが恋?)
「ここは倉庫なのですが、最近在庫処分をしまして。ここで良ければ自由にお使いください」
「倉庫なので、そこに工具も置いてありますので良ければどうぞ」
「えっ、いいんですか?!」
胸がドッキンとした。
(あっ、ときめいている。恋かもしれない)
おじさんが趣味とは思わなかった。
「ただ、人が住むには適さないので、寝る時は寝室にお戻りを」
「ありがとうございます!」
気持ちがやっと前向きになる。
なんてこった。やっと理想の部屋が使えるようになった。
これで、罠に集中できる! やったー!!
30分後。
リアナを部屋に送り届けた後、フランクリンはツカツカと廊下を歩く。
まずい。非常にまずい。
カイド様は、おそらくあのリアナという少女が好きだが、ぜんっぜん脈がなさそうだ。
身分違いなどというものはないが、そこら辺の淑女であれば金で釣れるがあの子は無理だ。
あの汚い部屋を嬉しそうに見ている様子は、少女というより少年に近い感性のソレだった。
顔は可愛いほうだ。こげ茶色の髪も、少しふちの色が薄めの同色の瞳も、誰にでも好感を持たれるだろう。
だけど、彼女がそれを求めているかと言えば、全く求めていなさそうだ。
多分これ以上ストレスが溜まれば、屋敷からも逃げて行ってしまうだろう。
普通の女性が喜ぶことが、彼女にとっては枷でしかないのだ。
(人生は上手くいかないとはいえ、初恋が敗退確定なんて、なんてお気の毒な)
フランクリンは空を見て嘆く。
太陽はさんさんと光り輝いていた。