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予言は、神の手か、人の手か。

「乗せていただいてありがとうございます。シーシャ・マースリーと申します」


偽名を名乗りながら、礼儀作法で習った礼をする。

女性と男性の一人は同年代に見えたので、夫婦だろう。もう一人は若いので息子かもしれない。


「大変だったわね」

「いえ。平民の私が素晴らしいパーティーに呼ばれること自体が光栄なことですので、このくらいは仕方がないです」


適当についた嘘に申し訳なく思いながら答える。


「嫉妬はどの国でもある問題だからなぁ。肝が据わってていいね」

「お嬢さんのパートナーは今頃探し回っているだろうね。相手の名前を聞いても?」

「カイド・ガリレイ様です。でも今はヴァランの方々を出迎えに行っているので、私のことは知らないかもしれません」

「えっ、会わなかったな。まずいな」

「あっ……ヴァランの方ですか?」


外国の人っぽいと思ったら、やっぱりそうなんだ。

それなら重要人物っぽいし、この人たちの狙いで爆破するというのもあるだろう。


「いかにも。しかしガリレイの息子も来ているとは思わなかったな。しかし、すれ違いとは。恋人を助けたから許してくれるだろうか」

「カイド様はヴァランの方に敬意を持っているので問題ないと思います。助けていただきまして、本当にありがとうございました」


カイドが敬意を持っていると言っていた事実はないけれど、持っていないこともないだろうと勝手に持ち上げておく。

言いすぎじゃなければ嘘も少しは許されると思って生きているので、円滑に物事が運ぶならトータルで考えるのが得策だ。


馬車はあっという間に古城があった崖が見える位置まで進んでいく。

そろそろ馬車を止めるためにカイドかセウルが置いてくれた、倒れた木が見えてくるはず。


(……?)


見えない。置いてるはずの木がない。

あの二人が忘れるということはないので、いつの間にか誰かに取り除かれてしまったようだ。

古城があった崖までもう少し。今止めないと間に合わない。


(どうしよう。一応、最悪の時を考えて絶対止められるものは持ってきてはいるけど……使いたくない)


「私が馬を止めるわ」


耳元で微かな声がして、何かが通り過ぎた気配がする。

多分、モニラだろうとは思ったが、馬を怯えさせたり驚かせたら逆効果なので心配だった。

とりあえず、策の二番目にあった、馬車に酔ったふりをしてみる。


「あなた、大丈夫? 酔った?」

「はい。すみません。あまり馬車に乗り慣れていないので……少し休んでも」

「でもねぇ。こちらも時間が迫っているから」

「そうですよね。図々しいことを言ってしまって、すみません」


ダメか、と思いつつ、馬が止まる様子もない様子に悩む。

道のカーブを抜けたら問題の崖だ。

死ぬよりはマシだから、持ってきたバッグの一番底に手を入れる。


(仕方ない)


覚悟した瞬間。

どこからか、重い音が聞こえた。


「ッ」


馬車が大きく揺れる。

衝撃と共に馬車の下から音が聞こえ、振動で椅子から転がり落ちそうになるのを、隣にいた夫人が抱きかかえて止めてくれた。


(傾いてる。片方の後輪が壊れたのかもしれない)


「旦那様。しばらくお待ちください」


緊張した声で御者が叫び、背後にまわって、何かを確認している。

夫人が緊張した顔をしてギュウギュウと締め付けてくるので苦しかった。


「賊ではなさそうですが、馬車の車輪が撃たれて変形しています。このまま走るのは危険でしょう」


窓の外から御者の声が聞こえた瞬間。

その場を覆いつくすような激しい爆音が響いた。


ビリビリと震えるような揺れと、激しい馬の嘶き。

あと少しで到達する予定だった崖が、崩れ落ちていた。

ガタガタと馬車が揺れる。

岩が飛んでくるかと思ったが、それよりも前に止まっていたのでなんの被害もなかった。

従者が馬をなんとかしようとなだめている中、鍵を開けて旦那様と呼ばれていた男性が外に出る。

息子と思われる男性も外に出たので、私も続いて外に出ようとして夫人に止められた。


「だめよ。出ていって何ができるというの。外に出たら旦那様がこちらに気を割いてしまい迷惑よ。賢い女は上手く立ち回らなければ」

「……はい」


ああ、嫌だなと思う。

動けるのに、それは推奨されていない。

でも、このあたりの崖の岩盤は全て堅いから、もう崖崩れはしない。出ていくだけ無駄なのも確かだ。



「シーシャ嬢!!!」


遠くから、偽名を呼ぶ声が聞こえた。

聞き覚えがある声に、夫人の手を撫でてから馬車から降りようとした瞬間、焦っている顔が開け放たれた扉の向こうに現れた。


「セウル様、どうしてここに?」

「カイドが別の道を行ってるから僕はこちらに来たんだ。大丈夫か? 馬車も用意しているから、こちらへ」

「どうしようかと思っていたところです。ありがとうございます」

「あら、セウル様とも仲がいいのね」

「はい。カイド様のお友達ですので。良くしていただいております」


少し緊張がほぐれたのか、おほほと笑いながら夫人も馬車を降りる。

目の前にあった崖は潰れてすっかりなくなってしまった。

セウルの案内で、崖上に登る石段を荷物を持ってみんなで登る。

途中で崖下を見たが、ロバの荷馬車は見当たらなかった。



崖上には、四人乗りの馬車が用意されていた。

みんなと馬車に乗りなおす前に、こっそり林の方に行って、小さなバッグの底から布袋を取り出す。

触ると動くので、生きているとホッとした。


「リアナ嬢、何してるんだ」


小さな声で後ろから話しかけられて、振り返る。

セウルが、いつの間にか私の真後ろにいた。


「驚かさないでくださいよ。今は虫を放してあげるところで、緊張してるんですから」

「虫?」

「みんなに嫌われている、台所にいる茶色くて素早い虫です。どうしても馬車が止められない時は、これを放とうと思っていました」


くくっていた紐をとって、袋を開けると、中の綿ごと林の中に落とす。

中にいた虫は、慌てて外に逃げるものと、綿にくっついたまま動かないものがいた。


「……確かに、馬車の中にいたら夫人が騒ぎそうだな」

「夫人に音で知られなくて良かったです。私が馬車に乗ってから出たら不潔な人間みたいじゃないですか。使わなくて本当に良かった」


私の言葉にセウルは吹き出すと、屈託なく笑う。

袋の中に何もないことを確認してから、バッグの中に袋をしまって馬車に戻るため引き返した。


「そういえばセウル様、馬車を銃で撃ちました?」

「馬車を? そんな危ないことはしない。馬車が横転してリアナ嬢が怪我をしたらどうする」

「そうですよね」

「でも、置いていた木も誰かに外されて、僕が用意していた岩も外されていたから危ないところだった」

「岩まで用意していたんですね。やっぱり暗殺するから見回りがあったんでしょうね。助かって良かったです」

「そんなことより今日のリアナ嬢は本当に可愛いな。天使のようだ。素朴なのがいいと思っていたが、素朴でもないんだな」


急に話が変わりすぎて、ぎょっとしてセウルを見る。

もしかしたら頭がおかしくなったのかもしれないと思ったけど、正気のようだった。


「ありがとうございます。貴族の男性って褒めるのがお上手なんですね」

「思ったことしか言っていないが。事実は褒めることとは違う気がする」


真顔で言われて、少しだけ照れてしまう。

褒め言葉に同じようなことしか返せない自分は褒められ慣れてなさすぎて情けない。

化粧とはいえ褒められて嬉しいとは思っていたけど、二人とも貴族は関係ないらしいし、いよいよ目がおかしいのかもしれない。

でも薔薇とか素朴じゃないということは、化粧をすると派手ってことなのだろうか。そんな感じはしなかったけど。


化粧が落ちないように深呼吸をしながら歩いていると、馬車の中で三人が待っているのが見える。

ヴァランの人たちを助けられた余韻を味わう暇もなく、急いで私は馬車に向かった。



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