救えるのは、愚か者だけ。
次の日、夕方になる五時頃にセウルが人を雇って、道の分岐点に穴を掘らせた。
私はと言うと、朝から予言を阻止するために必要なものを集めて、昼からはずっとバーバラさんにおしゃれをさせられていた。
花の匂いのクリームを塗ると、肌の触り心地がよくなってビックリしたし、もちもちしているけど、ゴミも付きそうだなと思った。
ただ、クリームのおかげでお化粧も前より違和感なくて凄い。
黒く染めた髪はリボンと一緒に編みこんで、それをまたモニラが買ってくれたリボンで可愛くまとめてもらった。
「若いとアイラインがひきやすいわねぇ。そのままで可愛らしいから、少し地味だけどこのくらいにしておきましょうか」
「ありがとうございます。別の人みたいで嬉しいです。バーバラさんってお化粧上手なんですね」
「ふふ、長年やってると上手くなるのよ」
嬉しそうに笑うバーバラさんを見ながら、ありがたいと思ってもう一度お礼を言う。
目のまわりを軽く黒っぽく塗られたら目が大きくなったし、口に塗られた赤いのもガリレイのお手伝いさんに塗られたものより綺麗にみえた。
しかもパッとみた感じは化粧をしているという感じではなく、ドレスを着ても違和感がなくて凄い。
鏡を見ていると、ノックの音がした。
「リアナ、そろそろ行こう」
ドアの外から声が聞こえて、慌ててドアを開ける。
パーティの衣装に着替えたカイドがいた。化粧もしていないのにキラキラしていて凄い。
「カイド様、まだいたんですか? なんかキラキラしてますね」
「リアナ、かっわい! 可愛いとは思ってたけど、うちの屋敷にいるメイドって化粧下手なんだな。なんにもしない方が可愛いと思ってた」
「バーバラさんが特別上手なだけですよ。そんなことより、カイド様はヴァランの人を迎えに行くんじゃないでしたっけ」
褒めるのが上手いなと思いながら、ドレスにも見える外衣を着る。
灰色の上着は上品で太っても見えない作りだったし、カイドの服が灰色だったのでペアのようにも見えた。
「うん。だから街から道の分岐点まで行くから、リアナを乗せていこうと思って」
「昼に到着予定が遅れているとは聞きましたがまだ来ていないんですね……でもありがとうございます。行きましょうか」
バーバラさんにお礼を言って、小さなバッグを持って外に出る。
カイドと一緒に馬に乗る。
アゼアムの街から道の分岐点に向かうルートは、近いように見えて遠回りだから、着くころには予言の時間少し前くらいだろう。
途中に崖側のルートと近い地点があるので、そこで降ろしてもらう予定だ。
「セウル様は、パーティの準備でしたっけ」
「うーん……そんなモンかな。リアナは気にしなくていいよ」
なんか隠してそうだなぁと思いながら、でも隠してるなら聞いても教えてくれないだろうなと考える。
モニラも今日はドーリーと別行動してるみたいだし、謎なことがいっぱいだ。
「リアナはさぁ、俺の恋人として紹介されてもいいわけ?」
「今日は別名での参加なので、別に問題ないかと……カイド様に変な噂が出たら嫌だなと思いますが」
「変な噂なんて気にしなくていいけど、そうだった。敵に名前を知られたらマズイってことで別名だっけ」
「ええ。悪目立ちしないくらいには貴族の女性みたいにはなってるとは思うんですけど、緊張しますね」
「今日のリアナは可愛いよ。いつもの野に咲く花みたいな感じもいいけど、今日は薔薇より綺麗だ」
「……言いすぎですよ。貴族の男性って褒め上手なんですね」
「別に、こんなこと誰にも言ってないけどね」
好意を感じる……と思って汗をかきそうになってしまう。
だめだ。今汗をかいたら化粧は落ちて台無しになるし、最悪髪を染めた染料まで落ちる可能性がある。
「汗をかいて化粧が落ちたら帰らなきゃいけないので、恥ずかしいことを言わないでください」
「恥ずかしいことなんて何も言ってないけど、リアナも褒めると照れるんだ」
そう言うと、カイドは少し笑って何も言わず馬を走らせる。
遊ばれていると思いながら、私も黙って馬に揺られていた。
馬は崖に近い道に繋がる階段の上に辿り着いた。
下に降りられる小さな石段があり、そこから崖を通る道に降りられるようになっている。
カイドは先に降りて、まわりと階段の下を確認した後に私を馬から降ろしてくれた。
「よし、まわりに悪い奴はいなさそうだ。ちゃんと悪い奴に見つからないように隠れてるんだよ。あとで拾いに来るから」
「はい。ありがとうございます。カイド様もお気をつけて」
心配だというカイドに手を振って、石段を下りていく。
視線を感じて上を見るとカイドが見ていたので早く行けと合図した。
この間に馬車を逃したらどうする気だ。本当にどうかしている。
(日が暮れるまであと少し。道に穴が開いているから馬車もなにも通らないはず)
石段を降りきって、変な奴に見られないように岩の間に身体を隠す。
上を見ると、カイドはもういなくなっていた。
パーティ用の小さなバックを開き招待状を確認すると、中にモニラがくれたネックレスが入っていることに気付いた。
(あ、モニラが豪華なアクセサリーをつけてない女は舐められるからって売ってない宝石を貸してくれたんだった)
鮮やかな大きな赤色の石が中心でその周りに輝く石がデザインされたゴールドのネックレス。
首につけてみると、ローズレッドのドレスにも合っているし、派手過ぎないバランスがいいものだった。
「リアナ、あなた遅いわよ」
声が間近に聞こえて、まわりを見る。
「あなたが着替えているところを見てはいけないと男二人に言われてたからネックレスに入ったのに、全然つけないんだから」
「モニラ、だよね」
「他に誰がいるって言うのよ。偵察は鳥に任せてるしリアナが危なかったら身近で守れるから、今日は別行動」
「そうなんだ。気を遣ってくれてありがとう」
「どういたしまして。でもね。計画は失敗よ。なにかこっちに来るわ」
「えっ」
言われて耳を澄ませると、確かに遠くから何かの音が聞こえる。
馬車の音よりゆっくりで静かだけど、確実に何かが近づいていた。
「上の道の音だと思ってたんだけど違うんだ」
曲がり角を曲がって音の正体を確認すると、ロバがひいている荷車がゆっくりとこちらに向かってきていた。
厚着のお爺さんがロバを操っていた。
(予言は馬車だから、このお爺ちゃんは大丈夫だと思うけど、巻き込まれたら可哀想だよね)
馬じゃなくても荷馬車も馬車かなのかな。四人もいないから、この馬車ではないようだけど。
でも、この馬車一名、他の馬車三名って可能性もあると考えながらも、一応ロバの前に出ていく。
「あの! すみません」
目の前に飛び出されて、慌てて荷馬車が止まる。
こちらを見た老人の顔は帽子を目深にかぶっていたし、ひげで覆われていて表情が分かりづらかった。
嘘は考えておいたので、完璧に演じきろう。
「私、パーティに行こうと思ったら、女友達の意地悪でこんな所に置いていかれてしまって。でも馬車が通らなくて!」
「ああ、さっきまで、あっちの道に穴が開いていたからね。馬車は来ないから上に行った方がいい」
急に出てきた私の説明を聞くと、お爺さんはのんびりと答える。
「えっ、穴が開いていたのになぜ通れているんですか?」
「おいが塞いだから。道に穴が開いてたら危ないからな」
(ふさいじゃったんだ!)
でも確かに危ないので、良くないことをした。
疲れているような老人は、手に怪我をしているようで手袋が破れて赤く腫れた素肌が見えていた。
(私達が穴を掘ったせいで怪我をさせてしまった)
小さいバッグの中から、自家製の塗り薬を取り出す。
「怪我をしているようなので塗らせてください。ついでにパーティーに行かなければいけないので乗せてくれませんか?」
「いや、親切はありがたいが、乗せるのはちょっと」
「こんなところにいて不埒な奴に見つかったら酷い目にあわされるってお母さんが言ってました」
「おいが不埒な奴だったらどうするだ。他の、女性がいるような馬車をあたってくれ」
「そんな馬車が通らないかもしれないじゃないですか。この薬、私が調合したんですけど効くんですよ! あげますから」
ぎゃあぎゃあと話していると、遠くから馬車の音がする。
音の方向を見ると、立派な馬車が走ってきた。
中に三人いれば御者を入れて四人。どう見ても、これが予言の馬車だろう。
「よかった。では、あの馬車に乗せてもらいます」
ブンブンと馬車に向かって手を振る。
お爺さんは私の手を止めるように席を立った。
「いや、あんな貴族の馬車は」
「乗せてくれる人に頼むまでですよ」
馬車はあっという間にこちらに来て、私の目の前で止まった。
「どうしました?」
御者に言われて、なるべく可憐に見えるように事情を話す。
御者は中にいる貴族になにかを話すと、こちらに歩いてきた。
「乗って良いってさ。良かったな」
「本当ですか、ありがとうございます」
お爺さんの方をみると、心配そうにこちらを見ていた。
「お爺さん。呼び留めてしまってすみません。この軟膏、本当によく効くから差し上げます」
お爺さんの手袋が破れていないほうの手に軟膏を乗せると、御者のほうに行く。
扉を開けると、品が良く肌が浅黒い女性が一人と男性二人が微笑みかけてくれた。
(この人たち、この国の人じゃないのかも?)
微笑み返して馬車に乗りこむ。
窓の外からお爺さんを見ると、何も言わずに不安そうな顔をしてこちらを見ていた。
心配しないでいいよという気持ちをこめて、手を振る。
ロバは馬より遅いし爆発に巻き込まれることはないだろう。
馬車はゆっくりと出発しはじめた。




