なぜか気に入られてしまった。
「ご家族を呼んでくるよう頼んだ」
「ありがとうございます」
戻ってきたカイドがソファに座る。
「予言書なんて、話せば俺に手帳を盗られると思わなかった?」
「別に差し上げますよ。持っている方が危ないですし。こんなの」
欲しい人間には喉から手が出ても欲しいものだが、平民の自分には必要がないものだ。
「欲がないな」
「盗んだと言われて捕まっても嫌ですしね」
「確かに、予言書の類は国で保管されるべきものだしね」
「でも、予言があっても見捨てられることってあるんですね。村を助けてもらえると思っていました」
暗く話す自分に、カイドはため息をつきながら手帳を見る。
手帳の表面は革細工で、仕立てがいい。お金を持っている人間の手帳だろう。
「俺もそう思ってたけど、資金の問題かな」
「ギギ虫が来るなら、助けてくれなくても、前もって言ってもらえたら罠を張ってみんなで逃げましたよ」
「罠? どんな?」
「ギギ虫の好物も、跳躍力もわかってるので、粘性の毒液に浸した網で柵を作り、粘着性の罠を置けばいいだけです」
長期間となると難しいが、予言に出てくるなら、その期間に何かの条件が重なったのだ。
その短期間、罠を設置したうえで、住民がいなくなってしまえばいい。
沢山の仲間が罠にかかれば、大体の生き物は逃げていくのだから。
そんな話をする私を、興味深そうにカイドは見つめていた。
扉がノックされる。
扉の外にいる執事が、部屋の中に入ってきた。
執事の年齢は40代くらいに見える年齢で、髪をすべてかっちりと後ろに固めていた。
「カイド様、連れてまいりました」
「ああ、良かった。入れて」
執事が部屋を出ていくと、再度扉が開いた。
バサッと羽ばたいて、青い鳥が部屋の中に入ってきたと思うと、私の肩にとまる。
「ドリー、生きてたのね!」
青い鳥はピョロロと嬉しそうに鳴いた。
「リアナ!!」
扉の向こうから、見慣れたふくよかな体格が目に入って、驚きに震える。
母親だった。
あっという間に抱きしめられ、その後ろに、父や姉、赤ん坊も揃っているのが見えた。
「みんな、無事だったの?!」
「あなたから連絡が来て、村の人たちと逃げたの。そこをガリレイ様に救われて」
「信じなかった人と残った人は亡くなったから気の毒だけど、リアナありがとうね」
「仕事道具も焼けたし、また一からだけど、命があったらどうにかなるよ」
姉と父が口々に話す。
(みんな元気そうでよかった)
ふと、姉が思いついたようにカイドを見る。
「あの。ガリレイ様は隣の領主さまなのに、なぜうちの村までいらして下さったのですか?」
姉の質問に、ギョッとしてカイドを見る。
「えっ、この人、隣の領主さま?」
偉い人なんだろうなと思ってたら、村がある領地の三倍はある隣の領地の領主様だったとは。
「こら、リアナ失礼だぞ。すみません。うちの娘は恋愛にも政治にもさっぱりで」
「いや、いい。おもしろい。それに私はまだ領主ではない。君たちの領主と連絡がとれなくてね。とりあえず見に来たら偶然居合わせたんだ」
カイドは私の少し年上かな? と思えるくらいに感じる見た目だから領主の息子か何かだろう。
でも、連絡が取れないから会いに来たなんて、危ないんじゃないだろうか。容疑者になる可能性がある。
「カイド様。実際見に行って亡くなっていたら疑われるんじゃないでしょうか」
思わず、おずおずと言ってしまう。
「あ、死んでる可能性……あるのか?」
「連絡がとれないなら、身分が近い誰かと一緒に行ったほうがいいかもしれません」
恩人が嵌められて捕まったら怖いので、不敬とは思いながらも口出しをした。
「もう、リアナ! あんた口に気をつけなさい。あと物騒なことばかりいって! 本当に嫁に行けなくなる」
目上の人間に注意するなんてとガミガミと母親が怒りだす。
煩いなぁと思いつつ黙っていると、カイドが手で制止した。
「大丈夫だ。こういった意見はありがたい」
「すみません。娘が。ありがとうございます」
「いや。それと領主と連絡がとれない為、生き残った民はうちの領民として保護することにした。領地内の空き家を手配したので、そちらに住んでほしい」
カイドの言葉に、家族は顔色を明るくした。
たぶん後々、家賃とかは払わないといけないんだろうけど、家族単位の家が与えられるのは有難い。
「あ、リアナは危ないので、この屋敷にいること」
カイドの説明をうんうんと聞きながら、最後の一言で思考が止まる。
「えっ!」
なんで私が屋敷に住むの?!
「あと、リアナが助けたということは、皆に口止めしてほしい。リアナの身が危ない」
「どういう意味でしょうか」
「詳しいことは話せないが、今日のような現実に起きていないことを言い当てることは通常の人間では不可能だからだ」
カイドの話に、姉がハッと息をのむ。
「……予言者」
その呟きに、父と母もハッとする。
「リアナ、あなたってもしかして」
「違う。違うよ……」
「知られたら、国に捕まったり消されたりしてしまうかもしれない。そんなの可哀想だろう?」
カイドの言葉に、みんなそうだよねと頷く。
(カイド様~……!)
「予言者じゃないってば」
でも、手帳の話をしたら、それはそれで家族が危険な目に合うかもしれないから言えない。
姉が潤んだ目で私を見つめる。
「安心して。みんなに黙っておくように言うから」
違う。勘弁してほしい。
「では、安心して暮らしてほしい」
カイドの言葉を合図に、執事が家族を連れて出ていく。
ああ、我が家族。私も連れて行って。
「じゃあ、リアナの部屋には俺が案内しよう」
(いつの間にか部屋が用意されている……?)
そんなことより、ちょいちょい人といる時と二人の時、話し方が違うよね?
「みんながいないと俺って言うんですね」
「そりゃあ、気を遣う必要がないからね」
ニッコリと笑うカイド。
そうですか、と思いつつ、にっこりと笑い返した。
カイドに案内された部屋は、なんか、布地が青く統一されていて豪華だった。
語彙力がないのが残念だが、豪華だった。
一緒に連れてきたドリーが入った鳥籠を窓際の台に置く。
(落ち着かない)
そこらへんの女の子ならキャッキャ喜びそうだけど、もっと汚くていい。
工具とかあってもいい。木片とかネジとか鉄板があってもいい。
「服は、後で用意させよう。世話をする使用人も付ける」
「……ありがとうございます」
だけど、家を失った平民がそんな贅沢は言えない。
でも、ひとつだけ無理を言いたいことがあった。
「使用人さんは気を遣うので必要ありません。一人でなんでもできます」
「わかった」
人が部屋にしょっちゅう出入りするなんて気が滅入るので遠慮したかった。
そんな意図を汲んだのか、すぐに了承してくれて助かる。
あとで欲しい物はこっそり揃えようと思いつつ、お礼を言って相手を見送ると、荷物をすべて降ろしてベッドに寝ころぶ。
「あ~……自由に動けなそう」
こんなことになるとは思わなかった。
今まで、工具とかを使って作りたいものを作り、やりたいことをやって生きてきたのに。
でも、災害に巻き込まれたようなものだし、この贅沢な環境に今は甘えて、そのうち逃げることにしよう。
とんでもない一日は、逃げるという結論に落ち着いたまま幕を閉じた。