古城探索と世話焼きセウル
次の朝。
朝食の時間に、なぜかカイドがいた。
いつもは執事が付き添っているが、今日はカイドが帰ってきていないと思っているのか、ここにいない。
「カイド様、昨日泊まったと聞いたのですが」
食事をしながら聞く。
カイドは眠そうにパンを食べていた。
「なんか、女に寝込みを襲われたから帰ってきた」
「お気の毒に」
男の人も見た目がいいと襲われることあるんだなぁ。大変だ。
バーバラさんは、憔悴するカイドを見ながらあらあらという顔をした。
「ごめんなさい。じゃあ、外で待たせていたのね。朝に帰ってきたと思ってたわ」
「いいんですよ。納屋で寝られたので。でも、もう一回寝ます」
そういうと、カイドはお茶を飲んで席を立った。
「あ、リアナ。これお城の鍵」
こちらの席に近づき、テーブルの上に鍵を置く。
鍵は古めかしく、少しだけ錆びているように見えた。
「ありがとうございます」
食事中だったので、反射的にお礼を言う。
「いつでも入っていいみたいだけど、危ないから一人じゃだめだよ」
そういうと、カイドはフラフラと扉に歩いて出ていってしまった。
(あんなにふらついて、襲われるなんて苦労をしてまで預かってきてくれたんだ)
行儀は悪いが、立ち上がってカイドの後を追う。
カイドは階段を登っている途中だった。
「あの、カイド様! ありがとうございました!!」
「ああ、別に。喜んでくれたなら」
へら、とカイドは笑う。
「お礼とか、なにかできることがあれば」
「いや、別に……」
私の言葉に、カイドは言葉を途切れさせた後、少し考える。
そして、顔を赤くした。
「いや、やっぱりいいや。もう寝るね」
慌てて手を振り、腕で顔を隠すと階段を上がっていく。
「おやすみなさい」
背中を見ながら、声をかける。
(なんだったんだろう? まぁ、でも、何も要らないみたいだからいいか……)
食事をしに戻って考える。
1人で行ってはいけないと言われても、頼る人もいないし、カイドも寝てる。
どうせ一人で行くつもりだったし、アゼアムは治安が良いところだと聞いている。
(ドリーと一緒にいけばいいか)
ぼんやり考えながら、朝食を食べ終わった。
バーバラさんに小さい馬を借りて、お城に向かう。
ドリーは、空を自由に飛んでいた。
「小さい馬はやっぱり乗りやすい~ありがとね」
馬に話しかけると、馬はブルルと唇を揺らした。
借りた馬は大人しく、毛がつやつやとした茶色い馬だった。
1人しか乗れないし、馬力はないけどやっぱり体格にあった馬はいい。
二時間かからないくらい馬に乗って、やっと城に着いた。
城のまわりは一応管理されているらしく、高い草は生えていない。
城の下をまわって、崖崩れすると予言があった道を見る。
(崖部分は岩に近い。本当に崩れるのかな)
不思議に思うくらい、地層は固かった。
「あれ、リアナ嬢?」
声をかけられて、振り向く。
馬に乗ったセウルがいた。
「セウル様。お久しぶりです」
「どうしたんだ。こんなところに。一人か?」
「一人というか、鳥がいます。上のお城に用があって」
上を見ると、ドーリーが崖上の木に止まりながら、こちらを見ていた。
「アゼアムは比較的安全ではあるが、女性がこんな場所に一人でいてはいけない」
「カイド様も同じことを言ってましたね」
「カイドもこっちにいるのか?」
「はい。同じお屋敷にお世話になっています。あ、ちゃんと他の方もいますよ」
「いや……まぁいい。僕も城に行こう」
「えっ、セウル様もですか?」
「僕も城に用があって」
なるほど?
変な人だったら怪しいけど、セウル様はカイド様の友達だし、大丈夫だろう。
「わかりました。じゃあ行きましょう」
セウルを連れて城に向かう。
城に着くと、ドリーが肩にのってきた。
鍵をガチャリとまわすと、簡単に錠前は開く。
空けると、中は埃っぽい匂いがした。
玄関ホールは明るく、しかし薄く埃が積もっている。
中央の壁には、綺麗な女性の像が飾ってあった。
「しばらく誰も入っていないようだな」
「幽霊がいるようですからね」
「幽霊? 非科学的な」
セウルが呟くと、どこかでパァン!と激しく弾ける音がした。
「変なこと言うから、幽霊が怒ってます」
「幽霊なんていないと思った方がいい」
話しながら、セウルは玄関ホールを歩き回る。
ドリーが飛び立って、中央にある女性の像の上にとまった。
「この像が気になるの?」
像に近づいてよく見る。
「綺麗な像……」
20歳くらいの女性に見える。
長い腰までの髪は、ゆるくウエーブを描いていて、着ているのが大人びた装飾が少ないドレスでも煌びやかに見えた。
崖崩れを止めるためには、この城を壊さないとと思ったけど、この像は美術品として保管した方がいいかもしれない。
(なんだろう、これ)
像をよく見ると、台座の四か所に丸い筒が入るような穴が開いていた。
そして、そのうちふたつの穴の内側には溝が一本縦に掘られており、一番下に縦溝と繋がった横の溝がほぼ一周掘られていた。
(なにか、でっぱりがある筒みたいなものが穴にハマるのかもしれないな)
溝がある穴は、対角線上に二つあるので、なにか意味がありそうだった。
「リアナ嬢。他の部屋もまわらないか?」
「あ、はい」
セウルに言われて、二人で城の中を見てまわる。
ドリーはなぜか私の肩にずっととまっていた。
「リアナ嬢。僕がこんなことをいうのは、なんだが」
城の中を見ながら、セウルが言いにくそうにこちらを見る。
「僕のような関係値の低い人間とこういう所に来てはいけない。危ないから」
「でも、セウル様はカイド様とお友達ですよね」
「僕は君に危害を加えないが、君が消えても遺体がなければ誰にも分からないからね」
確かに。親切なふりをしていても、いきなり豹変する奴もいるとは、よく聞く。
カイドの友達だからと思ったけど、こんなところで殺されたら誰にも分からないな。
「……確かに。わかりました」
あまりに警戒心が薄すぎて、怒られているんだなと思う。
知り合いだから安心していたけど、確かにこの考えは危ないかも。
「リアナ嬢は、カイドと住んでいるというが、そういう……その。深い仲なのか?」
「深い……? 恋人という意味でしたら違いますよ。そもそも平民ですし」
「今は身分制度は関係ないが。じゃあ、なにかの用事があって、二人でこの地に?」
「えっ。えっと……」
予言書のことなんて、言えるわけがない。
「私はこのお城が気になっているんです。カイド様はこちらで商売をするそうです」
なんとか言い訳を思いついて言う。
セウルは何かを考える様子をしながら「なるほど」と言った。
なんとなく気まずくてまわりを見回す。
(あれ、なんだろう)
花が付いたままの真っ白な花瓶のようなものが本棚の隅に見えた。
近づくと、花も石でできた円柱の花瓶のようなものがついた像だと気付く。
「これって、玄関ホールにあった像の石と似てる」
「ああ、女性の石像があったな」
セウルも、花の像をまじまじとよく見ていた。
花の像にある円柱の横の中央部分に、一か所でっぱりがある。
石像の台座についていた台座に、これがハマりそう。
じゃあ、もう一個同じ物がある可能性がある。
「ドリー、これと似てるもの見なかった?」
ドリーに聞くと、ピィィィと返事をして、一目散に飛んでいった。
「あ、知ってるみたい。行きましょう」
慌てて、ドリーのあとを追った。
「あの鳥は」
「ドリーです。賢いでしょう?」
「賢いのレベルを越しているように見えるが」
「そうなんですか? 飼ったのがこれだけなので知らないです」
ドリーを追いかけると、玄関ホールに戻った。
ピィィと鳴いて、三メートルほどの高さの壁の上にとまっている。
「そこにあるの?」
よく見れば、確かに白い何かが見える。
でも、三メートルの高さなんてどうしよう。
梯子なんてないし、もってくるのも大変だ。
あ、そうだ。
「セウル様、ちょっと私を肩に乗せてくれません?」
「肩?!」
「あの位置にある像を取りたいので、こう」
肩に足をのせるというジェスチャーを両手でする。
「いや、それは……ちょっと」
「でも梯子もないですし」
「いや、あの」
なんかダメそう。肩にのせるなんて親子でもやるけど、やっぱ赤の他人はダメか。
私がセウル様を私が乗せるなら大丈夫かな……確実に潰れてしまうか。
その時、城の扉がバァンと開いた。
「リアナ!!!! いる?!」
振りかえると、そこにカイドがいた。
あ、カイドなら乗せてくれるかもしれない。
「カイド様! ちょうどいいところに! 私を肩に乗せてください!」
嬉々として手を振り、近寄る。
「肩?! 何言ってんの?! っていうかセウルがなんでいんの??!!」
扉を開けたまま、カイドが呆然としていた。