アゼアム到着と同時に花咲く恋の花
アゼアムは貿易湾がある海沿いの街だ。
カイドと一緒に馬車に揺られながら、アゼアムに向かう道を走る。
膝の上にはドリーがいる鳥籠を置いていた。
馬車はフランクリンが御者をしている。今時の執事は馬を操作することもできるらしい。
「フランクリンさんも一緒に来るんですね」
「なんか知らないけど、一緒に来るんだよね」
不服そうな顔をしている。
「お世話になるのは、バーバラ・トロリ様という方のお宅なんですよね」
「うん。早くに旦那さんが亡くなって寂しかったから大歓迎らしい」
(女性がいるのは安心だけど、バーバラさんも急に三人も増えて大変だろうな)
馬車は、崖沿いにある道を走っている。
予言にあった事故がおきる崖は、ここらへんだったと思う。
(上に、古城があるんだよね)
窓の外を見ていると、目の前に古城が見えた。
崖のギリギリに建っている城は、どう考えても壊したほうが良さそうだ。
「カイド様、あそこに古城が見えますよね? あれの下にあるのが予言にあった崖ですよ」
「あ~あれ? ボロボロだな。崖ってより城の方が落ちてきそうじゃん」
城を見ながら、二人で話す。
予言では、あの城と崖が崩れて馬車を巻き込むらしいけど、崖が崩れたらなんでも壊れると思う。
「でも崖が崩れるのが、あの城が原因なら壊す必要がありそうですね」
「そうだなぁ。でも確か……城に幽霊が住んでいて邪魔をするから壊せないらしいよ」
「そうなんですか?」
「たぶん持ち主とは話すことはできると思うけど、話を通しとく?」
さすがガリレイ領地の息子。顔が広い。一緒に来てもらって良かった。
「よろしくお願いします」
頭を下げるとカイドは笑う。
目的地にはあと一時間くらいかかるらしい。
馬車に揺られながら、窓の外を見た。
一方、御者席にいるフランクリンは、決意を固めていた。
ドミニク様に仕えて約20年。嫁に逃げられて16年。
子供のように接してきたカイドが過ちを起こさないよう目を光らせなければと。
自分の頃もそうだったが、まったく若い頃の自制心などゴミだ。
自分の時は仕事が原因で嫁に逃げられた。
カイドが今ご執心なのは、リアナという少女だ。
ガリレイ夫妻が息子の気持ちをくんで、外堀を埋めているあの少女。
けれども、とフランクリンは思う。
リアナはまったく外堀を埋められていることに気付いておらず、それはそれで良くないと思っていた。
自分にとっては二人とも若く可愛い庇護すべき存在だ。
それは、立場とかそういう問題ではなく。
(もし、リアナ嬢が嫌だというのなら、逃がしてあげるのも大人の役目だろう)
だからこそ、無理を言って付いて来させてもらった。
フランクリン40代。領地以外の街で住むのは約20年ぶりだ。
海風が目に痛かった。
一時間後。
馬車はトロリ邸に着いた。
「遠いところまで、ようこそいらっしゃいました」
出迎えてくれたバーバラは、ふくよかで、朗らかで、デイジーのような明るさのある女性だった。
その上、声と雰囲気はとても優しい。
フランクリンが、なぜか固まっていた。
「はじめまして。お世話になります。カイド・ガリレイです。この子はリアナで、こっちは執事のフランクリン」
「カイド様。話はお伺いしております」
「はじめまして。リアナ・バーンズです。お世話になります」
「ええ。女同士、困ったことがあればすぐに相談してくださいね。リラックスして過ごしてください」
バーバラは、執事のフランクリンにも軽く会釈をする。
「……お美しい」
お辞儀をしたフランクリンから、そんな呟きが聞こえた。
(フランクリンさんはバーバラさんがタイプなのか)
年齢は近そうだけど、未亡人のバーバラさんと執事って結婚できるのかな。
考えながら、部屋に連れていかれる。
私の部屋は、一階のバーバラさんの隣の部屋だった。
ガリレイのお屋敷よりは簡素な作りで、過ごしやすそうな部屋だったが、工具とかは使えなさそうだ。
かわりに作業する部屋自体は、外の倉庫と石造りの床の地下の部屋を使っていいらしい。
カイド達は二階なので、あまり日中会うことはなさそうだ。
「リアナ!」
二階からカイドが降りてきた。
会うことはなさそうと思ったが、そんなこともなかった。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「ちょっと城の持ち主と話してくる!」
そう言いながら、カイドはそのまま外に走っていった。
予約とかお手紙とかを使って予約が必要なのではと思ったが、その時にはもうその場にいなかった。
「リアナさん。皆さんと一緒に、いろいろご案内するわね」
「あの、バーバラ様。カイド様は今、出かけました」
「今来たばっかりなのに?」
「ええ。でもフランクリンさんに案内しておけば問題ないと思いますけど、一緒じゃ難しいですか?」
「大丈夫よ。私はもう平民みたいなものだから、使用人もほとんどいないの。堅苦しいのはやめましょう」
「じゃあ、フランクリンさんを呼んできますね」
急いでフランクリンを呼びに行くと、荷物の整理をしていた彼は持っていた物を落とした。
なんとかバーバラさんの元に連れて行って屋敷内を案内してもらう。
フランクリンは歩くたびに左右の手足が同時に出ていた。
「素晴らしいですね!」
「バーバラ様、流石でございます」
案内されている途中、フランクリンの様子は明らかにおかしかった。
挙動は奇怪、なんでも褒めて返す。いつもの冷静な執事はどこかへ行ってしまった。
「すみません。彼は優秀な執事なんですけど、バーバラ様が好み過ぎて頭がおかしくなりました」
「あら、そうなの?」
あまりに奇怪なので助言すると、はにかむように笑った。
「でも、危険なことはないので安心してください。ちょっと異常事態です」
「あら、あはは……じゃあ、直してほしいものを言ったら直してくれるかしら」
「それは多分直してくれますよ!」
恋愛に疎い私でも、少しは理解できることがある。私は笑顔で大きく手を振った。
「フランクリンさん! バーバラさんが直してほしいところがあって困っているそうです」
「なんでしょうか。大体直せますよ!」
素早くこちらに目を向けて、キリっとした。
私も大体直せると思うけど、ここはフランクリンさんに任せよう。
(やっぱり男性は好きな女性にいいとこ見せたいみたいなのあるっていうのホントなんだな~)
二人を見ながら考える。
(でも、よく考えればカイド様も私の願いを大体叶えてくれる……)
「……あれ?」
(もしかして、カイド様って?)
いや、でも、自意識過剰だよね。
絶世の美女ならともかく、いくらなんでも領主の息子が平民を好きになることはないだろう。
それを裏付けるかのように、その日の夜、カイドが帰ってくることはなかった。
城の持ち主から使いがあり、おもてなしとやらを受けているらしい。
やっぱり偉い人は凄いんだなぁと思った。