深夜のお祝い
馬を交換して、馬車から刃を外すと、カイドの両親はそのまま会合に出かけた。
雨に濡れたが、衣装の予備はあるのでどうにでもなるらしい。
騎士の負傷者は十数名。死者は二名だった。
二名は亡くなったが、前は夫妻の他の護衛も全滅したので、マシとも言えた。
よく分からない生き物は、結局のところ正体も出現した理由もよくわからない。
現場にいた騎士に聞いても、誰もこの生き物を知らないと言うし、霧の中から突然現れたらしい。
ただ、死んでも消えることがないあたり、幻ではないのだろう。
道に置いておくと腐敗して大変なのと邪魔なので、頭を一つだけ残してあとは解体して埋めた。
頭ははく製にするらしい。
(予言は阻止できたけど、本当に大丈夫なのだろうか)
屋敷に帰り、雨で冷えた体を風呂で温めながら考える。
やったことは後悔してない。むしろスッキリしていた。
だけど見たこともない生き物がいたことを考えると、神の使いのように思えた。
(神殺しをしたとかだったら、どうしよう)
カイドにその罪が行くのは罪悪感がある。
間違ったことはしていない。これでいい。だけど不安だった。
(次から、人を巻き込まないようにしたいな)
この浴場は使用人のものではなく、カイドも使用するもので豪華だ。
自分にこれを使っていい価値があるとは思えないし、神に恨みをかってしまう状況を作ったのは申し訳なかった。
(罠師の仕事も、もう必要ないだろうし出ていかなきゃな。他の×印の予言も助けないといけないし)
待遇が身分不相応だと思いながら、タオルで体を拭く。
カイドの両親もいないので使用人の服に着替えて部屋に戻った。
クロスボウの手入れや工具の修理、たくさんやることはあったけど疲れていた。
×印の予言を集めたノートを持ってベッドに寝ころぶ。
次の予言は、三か月後だった。
(アゼアム崖崩落事故。馬車が巻き込まれて四人が亡くなる)
上にある古城と崖が一緒に崩れると書いてあった。
四人くらいなら、と一瞬思ってしまったが、そういう問題ではない。
自分の大切な人であれば絶対助けるのなら、命の価値は同じはずだ。
(……なんか、本当に、疲れた)
手帳を閉じて枕の下に入れて目を閉じる。
夕食に呼ばれた頃には、熟睡していた。
真夜中、目を覚ます。
(しまった。眠ってご飯食べ忘れた)
起き上がると、ドリーの鳥かごに近づいた。
「お腹減ったでしょ?」
籠から出しても、ドリーは鳴かなかった。
そのかわり、私の頬にスリスリと頭を擦り寄せた。
本当にドリーは賢いので無駄に鳴かない。大きな翼を広げてパッと飛び立つと、テーブルまで飛んだ。
テーブルに、水差しとコップと果物が置いてあることに気付く。
きっと夕食に出てこないから、気を利かせた誰かが置いてくれたのだろう。
「あ、食べていいよ。ごめんね。ご飯が遅れて」
私が言うと、ドリーは小さくピョロロと鳴いて食べ始める。
今日は外に出していないので、たぶんすごくお腹が減ってるんだと思った。
(私もお腹減ったけど、私の分はないなぁ。厨房に行ったらなにかあるかも)
「ドリー、外行ってくるね」
部屋を出て廊下を歩く。
何時なんだろう。とても暗かった。
(前歩いた時より、遅い時間な気がする)
歩いていると、廊下に不自然な明かりが見えた。
近寄って、よく見る。
執務室のドアが開いていた。
中を見ると、カイドがなにかの書類を処理している。
(ええ、遅いのに? こんな時間まで仕事をしないとまずいの?)
考えていると、カイドが顔を上げた。
「リアナ? 起きたの?!」
「あ、はい……遅くまでお疲れ様です」
「いや、なんか眠れなくてやってただけなんだけど、どうしたの? お腹減った?」
「はい。それで厨房にいく途中だったんですけど」
座ってと促され、部屋に入りソファに座る。
執事もいないのに良いんだろうかと思ったけど、無碍にできないなと思った。
「夜食にそんな甘くないクッキーあるよ。お酒もあるけど、リアナは飲めないっけ」
「17なので、年齢的には飲めるんですけど、飲んだことがないですね」
この国は15歳からお酒が飲めるけど、我が家にお酒をのむ習慣がないので飲んだことはなかった。
「ちょっとだけ飲んでみる? 予言を防いだお祝いに」
あー、お祝いってそういうのあるっけ。
記念に飲んでみてもいいかもしれない。
「うーん……ダメな時残していいなら」
「別に残してもいいよ。はい、クッキーも食べな」
前にクッキーを出されたので、ポリと食べると、シナモン味だった。
「シナモン味だ」
「冷えとか身体にいいらしい」
へぇ~と思いながら食べていると、透明な飲み物を出された。
「これがお酒なんですね。白いのは見たことあるけど、これは少し濁りはあるけど、水みたい」
「葡萄を発酵させてるから、他のお酒よりは高価だからね」
なるほど。
ごくり、と飲んでみると、喉が熱いのと、葡萄とは違う味がした。
「変わった味」
美味しくはないなと思う。
クッキーの方が美味しい。
「悪い奴もいるから、警戒しないで部屋に入ったり、お酒をすすめられても飲んじゃダメだよ」
こちらを見ながらカイドが笑う。
「カイド様は悪い人じゃないですもんね」
「いや、どうだろう」
「信用しちゃダメな人から食べ物貰ってるってことです?」
「いや、今はいいけど」
「どっちなんですか」
意味がわからないなと思いつつクッキーを食べると、喉が渇いたのでお酒を飲む。
なんか、一センチくらいしか飲んでないのに、頭がフワフワしてきた。
(ああ、大人が言うよっぱらうってこういう感覚? でもこれだけで?)
「なんか、頭がクラクラしてきたので帰ります」
「え、もう? 送るよ」
「大丈夫ですよ」
そういって部屋を出たのに、カイドは付いてきた。
昼間も断ったのに付いてきたよねと思う。
「昼間、死んだらどうするつもりだったんです?」
ぼやけた頭で聞く。
「リアナは、目の前でほっといたら死ぬ人がいたら、ほっておく?」
「放っておけません」
だから、あの時、カイドの両親を助けるために馬車に向かった。
「同じことだよ。でも、両親が助かったのは、あそこで馬車に行くと判断したリアナのおかげだね」
「あの化け物を退治したのは、どちらもカイド様なので」
「俺は、リアナの後についていって、リアナの指示を聞いただけだからね」
カイドの言葉の意味を考えようと思ったけど、頭がうまく働かない。
いつの間にか、自分の部屋の前についていた。
「考えるのが難しい。お酒ってばかになるみたいです」
「そうだよ、だから気をつけてね」
カイドが、背後から扉を開けてくれる。
その行動に、少しだけドキリとした。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
ドリーが飛んできて、私の頭の上にとまると、警戒するように小さく鳴いた。
なだめながら部屋の中に入ると、カイドが微笑みながらドアを閉めてくれる。
真暗な部屋の中、少しだけ恥ずかしい気持ちになってしまった。
(なんか、好意を感じるような)
お酒を飲んだせいかなと思い、寝る準備をしてベッドに入る。
ドリーはまた寝る私の髪をガジガジと齧っていた。
色々あったけど、総合して考えると、両親が助かって本当に良かった。
罠として用意したものがほとんど役に立たなかったのは、反省点でもある。
やっぱり実戦で学ばないとダメなんだなぁと思いながら、その日は眠った。