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めいくあっぷ

作者: 舞姫


タイトル「メイクアップ。」 

 

登場人物 坂上美咲 病院勤務 手術道具清掃 

     坂上晴香 美咲の母

     坂上慶太 美咲の父

     三上登  自動車学校の教官 

     坂上御先祖様

     三上御先祖

     看護師 金坊 彩花 性格 おおらか、陽気 

     ピエロ

     看護士A

     医師A

佐々木 久志 60前後

     後藤  宏  40前後 刑事

     加藤直哉 10歳 小学生

       

どう言う話

     優しくなる話




第1章「夕陽に向かって」

夕方5時の夕焼け街。夕陽が落ちるのがとても綺麗で、SNSや近所ではとても有名な街。

おしゃれなカフェや昔からある黄色の看板のスーパー、壁の色がはげかかった病院、レンガ作りの学校に小さな前方後円墳。坂が多いのが難点だが、お年寄りも学生も頑張ってめげずに歩いている。今日も明日も生活がある。

坂上美咲「仕事終わったー。さあ1キロ歩くぞー」

私、坂上美咲31歳独身。気ままにこの町で暮している。趣味は体を動かす事。考えるのが苦手な体育会系のヤンチャなかっとび娘。

坂上美咲「1、2、1、2、1、2」

足首には3キロの重り。手にも3キロの重りをつけて、十五度の坂を一歩また一歩と歩く。

坂上美咲「く、この一歩重いけど、この一歩が道になる。旅の過程にこそ、価値がある。お腹を美しく、目指すっ」

駅からの十五度の坂を上り終えると消防署が見える。消防署の前には信号機付きの横断歩道があり、その前に公共のベンチと木が生えている。

 坂上美咲「着いた、着いた。一休み」

周りは閑静な住宅街。車の走り去る音。静かな風の音。息が切れる音。

 坂上美咲「わが町は相変わらず平和。よしよし行くぞ」

 御先祖様「危ない。美咲ちゃんひとりで歩かない」

何かを轢く音

ドライバー「ああ、大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

その場を逃げ去るドライバー。美咲が目を開けると。

通りすがりの人A「しっかりしいや」

坂上美咲「え? 起きないと? 大丈夫」

すくっと立ち上がる美咲。しかし、足が痛い、頭がガンガンする。また倒れてしまう。

 通りすがりの人B「救急車すぐ来るからな。立つな」

坂上美咲がゆっくりと目を開けると、人だかりが自分に対して目を向けていた。道路には血? わからない? もう何がなんだか。

再び気を失う美咲。

 ナレーション「病院に担ぎ込まれて、家族が呼ばれ一命はどうにか。目が覚めたのは次の日の夕方。状況がわからないまま目が覚めた」

 坂上美咲「え? お母さん? お父さん?」

 坂上晴香「美咲、ごめんね。早く気づいてやれないで、ごめんね」

 坂上慶太「起きたか? 大丈夫か?」

 坂上美咲「大丈夫? なんで泣てるの?」

 坂上晴香「守れなくて、ごめんね。あのね……」

病室で聞いた事ないような、怒号にも似た悲鳴が聞こえたのは想像に難くない。




第2章「人に優しく愛に生きて」

病院生活2日目。まだ身体中が痛い。痛みで夜中に起きて、失った左腕が痛み出す。

 坂上美咲「あっあー痛い。誰か居ないの? お母さん」

 看護師「大丈夫だから。ちゃんと治しますから。今先生呼びますから。」

 坂上美咲「うう、よろしくお願いします」

 看護師「先生ですか? すみません痛み止めの注射を。はい403号のお願いします」

本当に体が痛くて、痛み止めが切れると覚醒する。夜中に起きては痛み止めを打ってもらう。夢にうなされて失禁してしまうこともあった。すぐには退院できないでいた。痛みが引き始めるまで1週間かかり、その次にリハビリが始まった。

 看護師「美咲さん、さあ着替えましょう。それともお風呂でさっぱりする?」

 坂上美咲「うん、ありがとう。着替えようかな」

 看護師「外見て」

カーテンを開ける音。

看護師「小学生が列をなして信号を渡ってるわ。渡った先に、最近流行りの生食パンの店があるわ。人気のお店でね。午前中でパンがいつも完売で。食べたいんだけど、ほら私たち勤務が不規則でしょう? 頭から抜けてしまうのよ」

坂上は心ここにあらずの様子で淡々と聞いている。

坂上美咲「ふーん」

看護師「でね、たまに買えたとしてもバタバタして、食べる時間なくなって、せっかく買ったパンだから勿体ないじゃない? だから、患者さんにあげちゃうの」

坂上美咲「うん」

看護師「それからね、私離婚したの。つい一年前。離・婚。理由は性格の不一致。ふ、いっ、ち。はあ、看護師っていつも血とか臓器とか嘔吐物とかみてるでしょ?」

坂上美咲「うん」

 病院の窓から見えるのは、夕焼けとパンを買う人の列、車、スマホをいじって信号待ちをする男性、コンビニの駐車場で寝ながら営業しているサラリーマン、スクールバスから降りてくる我が子を仁王立ちで待つシングル。過去も現在も未来も多分変わらない人の営みだ。

看護師「私、昼間は子供の送りむかえとか、家の家事とかで、職場のお休みが多いの。看護師仲間とかお医者とか学生のお医者さんとかに割と迷惑かけていて」

坂上美咲「うん、いいね」

看護師、部屋の中を整理しては、注射針を用意したり点滴を確認したりしている。

看護師「ごめん、美咲さん腕出して。ちょっとちくっとするよ」

坂上美咲「うん、どっち? あ……」

 坂上美咲は忘れていた。左腕がないことを。

看護師「大丈夫。大丈、ぶ」

 看護師思いきり屁をする。

坂上美咲「臭い」

 夕日がだんだんと落ちていく。パン屋は閉店の準備を始めて、道を歩いている人はまばら。代わりにキラキラの服を着て走って、健康作りに余念がない人が増えた。50代だろうか? 白髪まじりである。

 看護師「笑った? ああ、よかった。ふふ」

坂上美咲「だって」

看護師「忘れちゃダメ。笑顔ってみんな太陽になるのよ。だから信じないと。この時は永遠なのよ」

坂上美咲「あの、名前は?」

看護師「金坊彩花29歳シングルです」

坂上美咲「坂上です」

 夕闇から夜に変わる頃、病室の窓から見える世界は大人しく、車のテールライトが光っていた。

     

第三章「ピエロにもらった風船を」

 坂上美咲はリハビリに経過観察、病院から出たあとの生活をどうするか? など様々な医者と相談の毎日を過ごしていた。体の痛みはないものの左腕の後遺症と忌まわしい記憶との戦い。にもかかわらず、美咲には少しずつ、笑顔が戻りつつある。

医者A「美咲さん身体の機能はもう健常者と変わらないのですが、日常の動作に置いて節々に衝撃が走った場合」

女医B「美咲さん、今日は何かありましたか?いつもみたいに息を吸って吐いて1、2、3」

医者C「血液は問題ないね、じゃあ今日は30分階段上り下りと走る練習やりましょう、体力つけて」

医者D「ご飯食べる時はまず右で食器を近づけてなるべくワンプレートとスプーンとフォークを用意して食べるのがおすすめよ」

金坊「もう息子ったらね。」

 坂上は外科医、回復機能訓練士、栄養士、看護師のバイタルチェックなど、そのほかにもやはり今後のことを両親と話をする。結論が出る話と出ない話。しばらく坂上の憂鬱が続いた。

坂上晴香「お前、どうする? しばらくは私たちと暮らすかい? それと仕事はどうするの?」

 お母さんはいろいろ心配だからいろいろ言ってくれるが、私はまだわからないでいた。

坂上美咲「ごめん、まだわからないから、ゆっくり考えさせて。お願い」

 医者からの問いに聞かれるたびに、やれる所とやれない所、お金の問題、職の問題が一気に美咲に襲ってきた。

坂上美咲「この薬も飲むのですね? 1日3回朝昼夕、はいそれから、ああ風邪薬と併用はダメですか? わかりました。」

坂上美咲「そうですね、なんかイライラしてますね、こう怒りっていうものを他人にぶつけたい毎日が……」

坂上美咲「はぁ。はあ、もうなんでこんな階段」

 基本モルモットの様に言われたことをやるだけで、最後はおしゃべりで1日が終わる。

金坊「ね、母親って優しく気丈にしないとダメなのよ」

坂上美咲「うん、そうだよね、うちの母親もいつまでも私を子供扱いして、嫌なんだよね」

1日1日、とにかく言われた通りの事をこなす日々、美咲から徐々に笑顔が消えていく。診察と訓練を受けながら、できるだけ早く社会に出るために時間を費やす。ある日、機能回復訓練がひと段落し、休憩時間にエレベーターに乗り、昼食を買おうと1階まで行こうとする。一階のボタンを押して乗ろうとすると、真っ白な顔に緑の鼻、紫のクシャクシャの髪に真っ赤なタキシード姿。

坂上美咲「あれ? ピエロ??」

ピエロ「うんふ、おう。」

 ピエロはこちらを見て、一礼したあと左手で握手を求めてきた。

坂上美咲「え? 握手? 左は」

 坂上美咲ナレーション「左は無くしたのに、と思い悔しい表情を浮かべると、ピエロは右手でピコピコハンマーを取り出すと」

ピエロ「えい」

坂上美咲「え? わ」

ピエロ「おうーフーフーフ」

足を上げて左手に息を吹きかけるピエロ。

ピエロ「じゃ」

ピエロは、一芸をやったあと小児病棟の方へと行ってしまった。赤い背中が真っ白な世界によく目立った。

坂上美咲「ああ、びっくりした」

坂上美咲ナレーション「昼の豆腐ステーキを食べながら、何あのピエロ? 何しにきたの? と疑問を持ち、すぐ食べるなり小児病棟の方へ興味が湧いたので行く。近くまで行ってみると看護師、医者、子供達、親にもクスクスと笑いが起きていた。ピエロは頭を手術した人には帽子を、足を怪我した人には憎たらしく車がぶつかった様子をやって見せたり、下半身付随の人には車椅子でこけてみたりと、何より入院している人たちが笑いながら泣いていたりしている。私は圧倒されつつ、足が自然とピエロの方へむいた」

坂上美咲「ふふふふ」

坂上美咲「私は診察も訓練も将来も忘れて、笑った、笑って笑って笑い疲れて」

看護士A「はっはっは笑」 

医師A「ふふふ」

昼間のただみんな笑っている。ある患者は明日移植かもしれない。家族は信頼の元。ただここにいるだけ。医者も看護士も今日という時間を共有しているだけ。明日の希望はないのかもしれない。

坂上美咲「ふふふ」

ピエロ「お姉さん? 片腕ないお姉さん? 私と踊りませんか?」

坂上美咲「はい? 喜んで」

ピエロ「ミュージックスタート」

 B G M オクラホマミキサー。

流れたのは小学校でよく聞くフォークダンス曲。イントロがチャラ、チャ、チャ、チャラララ、チャチャチャで始まる踊りやすい曲だ。

ピエロ「右足出して、左足、挨拶したら、回ります、おでこと、おでこ交互にふって」

坂上美咲「できそう」

軽快な音楽が流れるが、ここからがピエロの真骨頂。曲は段々と早くなる。

坂上美咲「ええ、え、え、回る」 

音 ドタ 

坂上美咲「ふふははは笑」

ピエロ「ああ、お姉さん、大丈夫? ミナサン拍手」

音  拍手

坂上美咲「ありがとうございます、ありがとうございます」

ピエロ「頑張ったお姉さんに贈り物」

ピエロは近くに飾ってあった赤い造花の花と風船を使って、風船の中に花を入れて坂上美咲にプレゼントする。

ピエロ「ハイ、ココロに花と愛を」

坂上美咲「ありがとうございます」

ピエロ「おや?そこのご老人腰が悪そうだね……」

 坂上美咲「ピエロは、また次の人のところに行き一芸を披露する。美咲は次の予定も忘れて、もらった風船を大事に病室に飾る。珍しく診察をすっぽかし、空を眺める午後であった」



第4章「教習所にて」

天国にて

坂上御先祖「何やっとるかいのう、美咲は」

坂上御先祖のご近所三上御先祖「あれま、坂上さん。また下界をみてらっしゃたんですか?」

ここは死んだ者たちが暮らす、天界と地獄の通り道のほとり。ほとりでは月1で交流が開かれている。坂上御先祖の足元には大きな池があり、鯉やフナが泳いでいる。透けて街が見える。周りでは桜や杉や桃が咲き乱れて所々で小さな石橋がかかっている。

坂上御先祖「おお、等活2丁目の1の25の三上さん」

三上御先祖「どうも、釣りをしにきたら、またですか?」

坂上御先祖「気になりましてな」

三上御先祖「初孫でしたかな?」

坂上御先祖「え? え? いや、可愛いのなんの、目に入れても痛くないと言いますか?」

三上御先祖「いいですね、私にもそれだけの器量があれば」

坂上御先祖「何をおしゃりますか、私は、たまたま運よく天国行きになっただけですから」

三上御先祖「謙虚さがあって、いいじゃないですか? お金も残せたんだし」

三上御先祖「私は最後の最後で失敗しましたよ……ダメになってしまいました。」

坂上御先祖「声はかけたのでしょう? 子供さんにもお孫さんにも助けはしたでしょう?」

三上御先祖「ふつふつと、沸き出すのは、後悔だけですよ。言い訳は散々、死神にしました」

 坂上御先祖足元にある池を見ながら、周りをみながらゆっくりと口を開く。

坂上御先祖「いいんだよ三上さん、いいのよ、もう終わった、終わったんだから」

三上御先祖は身を崩す、身が崩れた時、肩から足に大きな刀傷、頭には穴背中には小さな窪みが無数にある、胸には黒と赤色をした心臓が脈打っている。

三上御先祖「私は、死神に全て言ってやりましたよ。世の理不尽さ人が耐えられない限界の現実を。この手が下した正義も怒りを込めてあの男に」

坂上御先祖「大丈夫、心を強く持って感情に流されずゆったりと。ほら世をしばらく見てみましょうよ。もしかしたら、二人が出会うかもしれませんよ?」

三上御先祖「そうですよね、そうですよね。うん、うん、見よう。」

坂上三上御先祖足元にある池をそっと見る。池を眺めていると、ゆっくりその後の坂上美咲の視点になる。

坂上美咲は教習所の車庫入れに挑戦していた。免許はとっていたが、片腕をなくしてから改めて運転技術を学んでいる。今は茶屋運転免許所にて車庫入れと二段階右折を学んでいる最中だ。天気は快晴。気温は十七度ほど。

坂上美咲「先生、こうでいい?」

 坂上は車庫入れ練習中。横には三上登が乗っている。

三上登「右が当たりそう、一回前に出して切り返して、車体を真っ直ぐにしてから入れ直して」

坂上美咲「こんでいいじゃん? 当たったら当てたやつに文句言って示談にさせて」

三上登「……あのな、そんな世の中舐めた奴はここに来んなよ」

 坂上は驚きながら正確に車庫入れをする。

坂上美咲「えー先生怒ったの? 怖―い」

三上登「はい、車庫入れ終わり一旦降りて、点数つけるから」

坂上美咲「はい」

 一旦車を二人とも降りる、降りてから車をみながら自分の点数を気にする坂上美咲、嫌そうにしかし冷静に採点する三上登。

三上登「点数。態度マイナス200点の運転技術120点。周りに自分のいる場所を知らせる事、ハザードを焚けよ」 

坂上美咲「ありがとうございます」

三上登「よくやるよ、タクシードライバーやるつもりか?」

 少し胸を見てため息をしてから青空を見上げる仕草をする美咲。

坂上美咲「うん、やってみる」

三上登「本当に?」

 坂上美咲三上登を見ながら言う。

坂上美咲「ええ、片腕がなくてもやるに決まってるよ」





ドラマメイクアップ 

第2章 憎しみを糧に生きて

 2−1 世界を見たら

天国のほとり。周囲の景色は桃や桜が咲き乱れ、たまに霧が発生している箇所がある。小さな池が所々にあり、池は渡れるように石橋がかけられている。池には鯉やフナがいることもあるが、ビル群や太陽や月、冥王星、銀河群、流星の落ちる瞬間、スマホを落とす場面、地上の景色を投影させることもできる。天国と地獄を行き交う人々にとっては楽園なんだろう。

三上御先祖「あいも変わらず、馬鹿ばかりじゃ。」

そっと私のことを、自分の孫や自動車教習所の上司、孫が暮らす地方自治体のトップ、孫が暮らす街の環境、孫のご近所を見ていた。心配で心配でたまらん、もし孫が私と同じ地獄に行ったら? 地獄での仕打ちは酷い、黒い鞭で背中を打たれ、首を閉められ、目が覚めたら、刀で手を斬られ足を刺され、抵抗すれば、いや武器をもち戦えば? あの男が目の前に現れる、あの私に審判を下した閻魔が……そうして、そうして気がつけば。

天国の池の水が物凄い速さで、地上の三上登を映し出す。顔も周りの風景も三上登の物語が始まる。

三上登「学科65点運転技術75点、ふーん」

坂上美咲「何よ」

三上登「別に、ギリギリ仮免合格ふーん」

仮免の結果発表を路上でやられている私。一応は受かっているもののなぜか公開説教が始まった。

坂上美咲「なんで、ここでやるんですか? 街の住宅街でハザード炊いて、恥ずかしいです」

三上登「え? 忘れっぽい生徒に合わせて丁寧に、すぐ教えているんですけど?」

坂上美咲「う」

三上登「忘れ物が多い生徒に、愛情と教科書セットで、完璧に言っているだけですけど?」

坂上美咲「撃沈」

三上登「いいか運転っていうのはな、油断、過信、だろう、が一番まずい、右左折するときは前方はもちろん、後方に十分気をつける事が求められる」

坂上美咲「はい」

三上登「初心者が気を付けなければならないのは、こういう道幅が広く、見通しいがいい、道路を走行中。歩行者、交通弱者が横から不意に横断しての接触事故」

坂上美咲「はい」

三上登「車には制動距離というものがあり……」

早く終わらないかなーと思い空を見上げて、話半分、返事少々。あーあ、早く帰って荒野行動やりてぇー。もっと何か違う生き方できないかな、と思っていた。

三上登「理解できたか? じゃあ学校に戻ろうか?」

坂上美咲「はい」

三上登「よし、シートベルトして乗ったか?」

坂上美咲「はい、出発進行」

三上登「なんで、お前が助手席なんだ」

この時三上は思った、全く手間がかかる、名前を坂上美咲というらしい。元気で明るく暗さがない。ガッツはあるのだが、どこか抜けている。後二ヶ月の付き合いになるわけだが、なんていうのだろうか、片腕がないのにケタケタとよく笑う。夢はタクシードライバーらしい。よくわからん。

坂上美咲「ここ行ってそれからえーと」

三上登「坂上はさ、なんで車の免許とるの?」

坂上美咲「え? そりゃいろいろですよ、旦那」

三上登「いろいろねえ。そりゃわかるが、その腕なら偏見とか周りの目とか軽蔑とかないか?」

坂上美咲「ありますよ、もちろん。前に繋がっていたラインの友達もいなくなりましたし、スマホの文字打つのも、そりゃあ大変ですよ」

三上登「ふーん、苦労しているな。まあ、健常者の俺には、関係ナッシングだけどね」

坂上美咲「考えちゃだめですよ。空気は空気、へのへの河童、チンゲンサイにザーサイお茶の子サイサイ、バイのバイバイですよ」

三上登「なんだ?それ不思議なやつ」

坂上美咲「あ、そういえば三上教官ってご両親っているんですか?」

三上登「え? ああいないよ。ウインカー。速度守って」

坂上美咲「え? ああウインカー」

三上登「児童養護施設、聞いた事あるだろう?」

坂上美咲「あ、【間】すいませんなんか余計なこと聞いて」

三上登「いいよ、あんま記憶ないし不幸自慢なんてダサいだろう?」

坂上美咲「はい」

それから2、3分してから、学校についた。車を止めて、一礼して坂上と別れた。永遠に別れたわけではないけど、鼻がムズムズした。治らない風邪を引いたような。

昔のことは覚えてない、両親のことは、考えたくない。

坂上美咲「どうにか仮免合格。夢の第一歩。できれば弁護士できれば警察官でも、今はタクシードライバー。それでいい。私は優しくなりたいから、今はタクシードライバー。理由は後でいい。憎しみはグッと閉じ込めて」



第2章 憎しみを糧に生きて

 2−2 映画館にて 

三上登「それから、坂上なんて言ったけ、美咲か? 美咲とご飯とか買い物とか行く仲になったかな? 無理やりこっちが付き合う形になったけど、なんでだろう居て楽しい、恋人ってこうゆうもんなのか?」

坂上美咲「三上教官が映画に付き合ってくれた。口は悪いしあまりいい男とは言えないけど、面倒見がいいし、なんか自然体になれるし、こうゆう人は、なかなか周りにいないなあ。少し感謝しているかも」

三上登「おそいよ」

坂上美咲「参った、参った。メイクしていたら大変な目に、機嫌損ねました?」

三上登「いいよ、まだ映画に間に合うし」

坂上美咲「しかし、殿方と映画なんて感激。【サクラ咲く恋】前評判いいし楽しみ」

三上登「行こうか? ポップコーン食べる?」

坂上美咲「はい」

坂上美咲「ふふ」

三上登「こら、始まるから」

ナレーション「日本で人気爆発、累計発行部数200億冊突破、待望の実写映画化

この夏、君の五感が、恐怖、興奮、爆発、感動が襲いかかる、

その選択は正しいのか?奴の目的は?逃げる者追われる者、

主演マコーレカルキン、監督三池隆、ライバルにイモリーヌ3世

ジェノサイド、キン肉すぐるの誕生、近日公開。」

三上登M「ああ、これ日本で人気だけど海外は原作潰す傾向にあるからな」

坂上美咲「なんや、これつまらない。面白くないわ」

B G M ガヤ

B G Mセミの鳴く音、

B G M 風の吹く音、

お客A「こっちだっけ?」

お客B「G―28すいません通りますー」

ナレーション女性「遠い思い出に石を投げた、17歳の夏にさよならした、加護希、裸の夏」

お客A「通ります、すいません」

B G M 小学生達がジャンケンを3回して鬼が決まらない掛け声。

ナレーション女性「殺人を見た、大切な場所から逃げた、あれは何?」

坂上美咲「面白そう、え?もうすぐ公開見たい、見たい、あいつは?」

三上登「グー、グー眠む」

坂上美咲「なんで? もう知らん」

三上登「本編まだかな、眠い眠い」

坂上美咲「C Gが綺麗、ピンクの花も主人公の高校生も可愛いし、こんな恋、いいな」


三上登「美咲の奴、映画のセリフ喋ってるよ。

車を運転中も眉間にシワ、誰かと話す時もシワが寄っているのに、ふふ、いいな、決め台詞をまねた顔も」

坂上美咲「隣の人ボリボリ食べてうっさいわ、集中できん……なりたかったな憧れの先輩に恋して適度にライバルもいて誰かが注意してくれて、それでいてみんな優しくて、綺麗で汚れてなくて、片腕も。」

三上登 「終わった、さ帰りますか?」

坂上美咲「えっまだエンドロール途中?」

三上登「外で待ってるわ、トイレ行ってきます」

坂上美咲「え、ちょっと」

三上登「トイレ、トイレ。無駄に長い恋愛映画は、全く。はあーすっきりしたー。ベルト閉めて、ジュース片付けて、美咲をあれ? なんか怒ってる?」

坂上美咲「おい、教官さん置いていくなよ。何してるんの? ひどくない?」

三上登「え? 何? だって終わったろ?」

坂上美咲「無神経、どっかにふらっと行ったら困るじゃない」

三上登「そんな、見りゃわかるだろう?」

坂上美咲「わかるとか、わからないとかの話じゃないの、何? まだ言うの?」

三上登「え、ごめん」

坂上美咲「もう帰る、ごめん、さようなら」

三上登「ごめん、悪かったから許してよ」

坂上美咲「離して、やめて」

三上登「いやだから、話を聞いて」

坂上美咲「何?」

三上登「好きです、付き付き合ってください」

坂上美咲「はい?」





2−3「墓前トゥルーストーリー」

 坂上美咲ナレーション「三上登と坂上美咲は三上登の両親のお墓の前にいる。最近まで無縁墓地にお骨はあったらしいが、登さんが行政に問い合わせた所、三上家の墓地に移ることができたらしい。霊園のある場所は都市部より車で20分ほど行った閑静な住宅街の中にある。入り組んだ細い道を入るとお花屋さん数件と揚げ物屋さん、駐車場がある。お花とたこ焼きを買い、登さんの両親の元へ。お墓をお掃除して線香に火をつけて煙を見ながら登さんの話が始まる」

三上登「最初から上手く行かなかった、赤い海の中で、救い上げた手だけは見えたんだ」

坂上美咲「手?」

三上登「海の中で、もがいて、もがいて、ぼんやりと頭にあるのは施設の施設長かな」

坂上美咲「そうなの?」

三上登「俺両親の記憶がないんだわ、言い訳に聞こえるかもしれないが、愛とか恋とか可哀想とか一切わからないままで」

坂上美咲「うん」

坂上美咲M「登さんは全てを話してくれた、自分の両親がいないこと、両親は借金が元で一家心中をしようとしていたこと、おじいさんが命をかけて守ってくれたこと、おじいさんがその際に自分の両親を殺めたこと、私は受け止めた」

三上登「施設長から事実を聞かされたよ。10歳の時かな、冗談とも思ったし、否定はしたよ。けれど、俺は愛されてなかったんだ、誰でもよかった、愛されたかったし、今でも健康に暮らせるのは爺ちゃんのおかげなんだ、けど父にお母さんに抱きしめらたかった」

坂上美咲「うん」

三上登M「美咲がうなずくたびに、甘えてアホみたいなことを喋る。感情が抑えきれなくなり泣き出したり、怒ったり、ごめん爺ちゃんごめん美咲ごめん、ごめん」

坂上美咲「うん、辛かったね、大丈夫」

坂上御先祖様M「登君美咲をよろしく頼むな、これっていう道があれば楽かもな」

三上登「喋りすぎた、すまない」

坂上美咲「謝らない、私は片腕ないから手を合わせられないけど、天国に送ってみる? メッセージー?」

三上登「おう、うん」

ナレーション「辺りは光に包まれて」



E N D



第3章 「私のストーリー」

 3−1 ここから

 登さんの半生を聞いて、素直に可哀想とも思ったし、心の穴が塞がらないままなんだ、とも思った。どうにかして癒してあげたいし、できれば寄り添いたい。ご飯に行ったり、夜景を見たり、そんなたわいのない事をしてあげたい。あとで聞けば登さんはあまりこの話をしたことがないし、する気がなかったとか。心と体は常に密接に関わっているし、運命や災難はつきまとって離れない。最近私は、ぼーとする時間が増えてきた。図書館や病院のカフェに行っては、本を読んだり勉強したり。手があったときとは真逆の人生を歩んでいる。もちろん普通免許合格。そのあとの二種免許合格。タクシー運転手の勉強もやりつつ少しずつゆっくりと未来に向かって進んでいる。けれどまだ普通免許の合格のイメージさえなく夢のまた夢になりそうで不安とプレーシャーが付き纏う。今の仕事は病院内で手術道具の清掃。免許の勉強、義手の点検などなどが私の生活の中心になっていた。

私は今なんとなくではあるが徐々に人生を楽しもうとしている。収入も少なく仕事も決して楽しくないが、それでもなんとなく楽しんでやっている。たまにカフェや図書館で勉強していると、ジロジロ見る人見なかったことにする人、目をわざとそむける人、様々な人がいいて前とは明らかに違う。それでも目標には向かいたいし、じっとして悪態や愚痴、世の理不尽で生きるのはなんか違う気がする、街中のカフェで車の行き交う音を聴きながら前に前に向かおうとしている。ここから始めて見ることにした。

坂上美咲「えーと暗いトンネルから明るい所に出た時一時的に視力が低下する、○と」

坂上美咲「車の免許の種類は第1種と2種さらに仮免許があり第1種には大型免許普通自動車などが含まれていて、第2種には特殊大型免許など商業目的の自動車が含まれていて……」

 私は、あまり勉強という勉強はしてこなかった。英語も国語も理科もあまりやらずに、教室から校庭ばかり見ていた。あのトラックを早く走るために腕をどれぐらいふればいいか? とかバトンをどの位置で渡せばいいか? とかライバルに勝つには? なんてことを教室から考えていたっけ? 汗を掻いて相手にバトンを渡す。いっぱい走って記録を作るなんてことずーとやってた気がする。だから余計に今勉強が新鮮で楽しい。慣れない暗記も得意でない記述式の問題も怯まずに確実に繰り返し覚える。何度でも諦めないでいる。ふう。

集中力が切れた。少し深呼吸をして体を起こして柔軟してみるか。

坂上美咲「はあ、終わらない勉強、終わらない、ゴールはまだまだ先かな」

 屈伸をしたり足を動かしたりして、荷物を少し置いて図書館の周りを歩く。背中がバキバキ足も筋が縮こまっている。前後に足を伸ばして軽く歩く。周りにはお年寄り。カウンターには眼鏡をかけている女性の職員が3人ほど忙しく本を移動させたり、本を検索したりしている。体を動かすついでに、少し外へ出ることにした。天気は晴れ。風は柔らかく吹いていた。図書館の木の葉っぱがゆったりとサラサラと音を立てながら揺れていた。駐車場に目をやると見たことあるような、ないような車が一台止まっていた。他にも車はたくさん止まっていた。白のSUVや紺色のミニバン、セダンにクーペ、長めの赤のステーションワゴンなどだ。しかし、私は、一台の黒のプリウスに目をやった。見たことあるような。しかし、思い出せない。近づいて見てみる。フロントガラスにお守り。座席の中には小物が散乱。後部座席には整理してるのかわからないYシャツやスーツが脱いだまま置いてある。なんだか男の人の一人暮らしという感じで異様だ。

佐々木久志「あのーすいません。」

坂上美咲「あすいません、なんか見たことある車の気がして」

佐々木久志「これが、ははよくある車ですよ、乗ります?」

坂上美咲「いいえ、あ、すいません行きます」

佐々木久志「お大事に」

 何か胸の奥でドス黒い何かを感じた。理由はわからなかったが、車が走り去るときの車のナンバーに見覚えがあった。なんだろう? ありきたりの車だしあの人には会ったこともない。ただいい匂いがした。香水。いい匂い。鼻の奥につくような柑橘系の匂い。

少しぼーとしていると勉強中というのをすっかり忘れていた。

坂上美咲「ああ、そうだ戻らないと」

 3―1終了



第3章「私のストーリー」

3−2ここから始まる月日

 私は図書館のことがあって以降、もやもやしながら、勉強に仕事恋愛、ああもちろん、別れは考えてない。しかしなんだろう、もやもやしてる。それで警察によく行っている。ああでもない、こうでもないを私の事故を担当してくださった刑事の方と話している。カウンセリングにも近い内容だが。

後藤 宏「あーあ、またきた。いらっしゃい。緑茶しか出せませんが?」

坂上美咲「こら、重たい体引きずってここまできたんだから、事故の進展ぐらい聞かせて」

後藤 宏「あれ? おめでた?」

坂上美咲「ふふふ、ちょっとやめてー」

 後藤宏刑事は、一応交通課の刑事で私の事件を担当してくれる。宏刑事の外見は小林稔侍を少し細くしたような容姿で、ネクタイはいつもキャラクターもの。愛妻家で奥さんの写真を机に立てかけては勇気をもらっているだとか。視力は2.0でスマホ操作をしながら運転している人や一時停止無視などは必ず見逃さないという。けれど意外に犯人の説得は苦手で手が出そうになるんだとか。この人にはお世話に成りぱなし。けれど私が不安な顔をしていると親身に話を聞いてくれる。

後藤宏「さ、どうぞ。今日はあんま時間なくてごめんね」

 後藤サッと緑茶を出す。

坂上美咲「えっ、いえいえこちらこそありがとうございます。なんか事件ですか?」

後藤宏「ああ、まあ小学校付近で不審者、スピード違反の犯人の証拠集め、聞き込みその他ね、でも腕の調子どう?」

坂上美咲「え、ああ調子はいいですよ。夜ずきずきしますけど、なんとか勉強も順調で」

後藤宏「よかった。うん? 今はぐらかした? 恋人とは?」

坂上美咲「え? 普通です、普通もう」

後藤宏「はは、市民の安全は守られたかな?」

坂上美咲「私の事件の進展は?」

後藤宏「ああ、そうだね。うーんとああ少しだけなら。目撃者がいたよ」

坂上美咲「え? え? ええ」

 後藤宏少し驚き、目を細めながらお茶を飲む。

後藤宏「驚いたかい? こっちもちゃんと仕事してまんがな」

坂上美咲「でも目撃者がいないって最初」

後藤宏「まあ見たっていうより聞いたって人がいてね」

 坂上美咲目を潤ませながら、食入るようにお願いするように手を合わす。

後藤宏「まあ落ち着いて。コンビニでバイトしていた中国の方で鳥駿荘って留学生の人がいてね」

坂上美咲「はい」

後藤宏「その学生がえーと車の走り去る音を聞いたらしい」

坂上美咲「え? 音だけ?」

後藤宏「はい」

坂上美咲「……その人と話は?」

後藤宏「まあ美咲ちゃんだからここまで話すけど、大丈夫?」

 私はお茶を飲みながら少し考え、窓の景色を見た。青い空と街の喧騒が聞こえた。

坂上美咲「ええ……もちろん」

 心の決意は決まっている。今はこれでいい。

後藤宏「ま大丈夫そうだね。事件がちゃんと解決したら改めて報告させてもらうよ」

坂上美咲「はい、いつもありがとう。次会うときは赤ちゃんに会えそうですね」

 後藤宏少し顔を赤らめて照れた様子。

後藤宏「え? はっはっ、こらこら」

坂上美咲「ふふ、ではでは」

 坂上美咲、一礼した後に署内を出ようとする。後藤刑事は坂上美咲のたち振る舞い、姿を見て、改めてここまでよく回復したなあと思ったし、事件の被害者が加害者になり得ることはないだろう、と安心した。この時美咲ももちろん落ち着いていたし、自分なら憎しみなんてと自信ができていたのだろう。そこは道の分かれ道、どっちを選ぶか神のみぞ知る。

3−2終了

第3章 「私のストーリー」

3―3話を聴く

 ええ免許のこと。仮免許普通免許一発で受かったのよ。嬉しい。受かったのよ。本当にまずは安心。あとは、タクシー会社での研修があり、念願の、という流れになってきた。まだまだ前途は多難。まあ不安がっても仕方ない。それから車の音を聞いたという鳥駿荘(とりしゅんそう)という人に会う機会ができた。鳥駿荘さんは中国からの留学生で、日本で歴史学と日本語を勉強するために来日。合間にコンビニでバイトをしながら生計を立てている。鳥さんの住んでいるアパートはあまりいい所とは言えなかった。アパートの白いペンキは剥げかかっていて、道には草が生え放題。ポストには所々郵便物が溜まっていた。自転車置き場はあるけれど、なんだか汚い。ゴミの匂いが住居にまで匂いそうで、少しアパートの周りは臭い。何よりアパート独特の雰囲気少し不気味だ。鳥さんはここ4階の402に住んでいる。

鳥駿荘「やあ、いらしゃい。えーと」

坂上美咲「坂上です」

鳥駿荘「ああ、そうでした。どうぞ狭いですが」

坂上美咲「ありがとうございます」

 部屋は6畳二間ほどの一人暮らしには少し狭いくらいの広さ。あまり手を入れてないのか、家電、家具は少なめだが、玄関には赤と黒の垂れ幕。漢字で何か書いてある。広間にはちゃぶ台と奥にベッドがある。プーアール茶のいい匂いがする。

鳥駿荘「お茶入れますね」

坂上美咲「ありがとう」

 台所が少し見えるので様子を見ていた。急須のようなもののに茶葉を敷き詰めて上から勢いよくお湯を注ぎ溢れる。急須にお湯が溢れたら蓋をして急須ごとお湯で温める。

鳥駿荘「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」

坂上美咲「ありがとう」

 坂上はお茶を一口飲んでみる。

坂上美咲「美味しい。あらこれは」

鳥駿荘「プーアール茶です」

坂上美咲「スッキリしていて飲みやすい。美味しい」

鳥駿荘「ああ、ごめんなさい。お茶菓子切らしていて」

坂上美咲「お構いなく。実は……」

鳥駿荘「事故のこと、ですよね?」

坂上美咲「はい」

広間にて正座をして時間を少し置いて話し始めた。坂上はリラックスして聞いていた。

坂上美咲「お願い」

鳥駿荘「あの日、コンビニでバイトしてました。商品を陳列したりレジを打ったりして。そうしたら車の音。キイーイというブレーキ音がしました。でも私は揚げ物を準備したり品出しをしたりしてから外に出ました。するとあなたが血だらけで倒れていました。

すでに助ける人、車を避ける人いました。私もそこに加わって」

坂上美咲「……はい」

 腕に激しい痛みが走る。幻肢痛だ。血は出てないのに痛い。

鳥駿荘「ごめんなさい ナンバー見てないです。車も」

坂上美咲「いいです、そんなこと。世の中に溢れてるから気にしてないです。気にしてないんです」

 坂上美咲、全身の力が一気に抜けた。何も得られない虚脱感が全身を襲っていた。

鳥駿荘「すいません、本当に。あ、ただ」

坂上美咲「いいのよ、気を使わなくて。報われない人生だったのよ」

 坂上美咲押さえきれない怒りが押し寄せてきた。けれど。

鳥駿荘「柑橘の現場に少しですがミカンのような匂いがしたんですよ」

坂上美咲「え? 何それ警察では」

鳥駿荘「はい。あまりその不確かではありますけど、微かに香水の匂いが匂いまして、美咲さんが使ったのかと?」

坂上美咲「まさか? いいえ」

 知らなかった情報があった。

鳥駿荘「少しでも力になれば」

坂上美咲「ありがとう。鳥さんありがとう」

鳥駿荘「ありきたりですが、中国のことわざを。朝に道聞けば夕に死すとも可。意味は、真理を手にすればその日の夕方何があっても悔いはなしです」

坂上美咲「ありがとうです」

 お茶を飲みお礼をして外にでる。少しずつでもいい。何かを掴みたい美咲だった。


第3章 「私のストーリー」

3―4タクシードライバー

 ここから月日は経つ。私の事件は平行線のまま。しかし周りの協力、ビラ配りやそれから警察の方との綿密な捜査によりだいたいの犯人像、車種、詳細な事件のあらましが見えてきた。そうして徐々に私の両親、恋人、警察の方々、近所の当時小学生だった子まで、私の事件に協力させて欲しいと言っていただけるようになった。なんだか複雑で嬉しいような照れくさいような気持ちでいる。ある日自宅で一人ゲームをしていると玄関に見慣れない訪問者が一人いた。男の子だろうか? 私は出て話を聞く。

加藤直哉「お姉ちゃん? 事故の人?」

坂上美咲「え? うん、そうだよ」

加藤直哉「うわー本当にないんだ。学校の先生の行った通りだ」

坂上美咲「え? 学校の先生? なんで?」

加藤直哉「あのね、今日道徳の授業でお姉ちゃんの時間があったの」

坂上美咲「え?私?」

加藤直哉「うん。車は危険だよって先生が言ってくれて。お姉ちゃん痛くなかった? 大丈夫?」

坂上美咲「うん。ありがとう」

 詳しく聞くと道徳の授業で車の怖さを勉強したという。例えば、横断歩道を渡る時は必ず手をあげる、周りを確認するなどを授業で習い、一例として私の事件の話が出たという。

加藤直哉「それでね、授業のあと姉ちゃんのこと気になって先生に聞いてここにきたの。何かできることない? 絆創膏いる?」

坂上美咲「……ありがとう」

 しばらく顔を加藤君に向けられなかった。泣いてしまった。生きてきてよかった、私。人の輪が広がっていき、定期的にビラ配りもできるようになった。もちろん受け取ってくれない人が大半だったが、私の腕も見て同情してくれる人もいた。私は腕を失ってよかったのかもしれない。なんとなく、なんとなく。犯人はまだ見つからない。悔しいし辛い。だけどそこに拘らずに未来へ行きたい。私は免許を取り、年月が経ち、結婚もして幸せを感じていた。後はいよいよタクシードライバーの資格を得るだけとなった。人の輪は広がり、講演会の依頼まで来るようになった。講演会はかなり緊張する。大勢の人が自分を見て垂幕やら偉い人に紹介されて20分ほど自分の体験談を話す。当時の持ち物とか目撃証言など、思い出したくない物も記憶もあるけれど、なんとか話す。話をした後、人の喜ぶ顔が癖になるし、こんな経験人生で初めてだ。もう何がやりたいかわからない。けど私の目標はタクシードライバー。夢は変わらなかった。その夢一歩の日。初めての独り立ちでの運転の日。

男性のお客さんを乗せた、あの香水を纏って。

佐々木 久志「空いてる? 家まで赤羽のほう」

坂上美咲「あ、はい。いいですよどうぞ」

佐々木 久志「暑いね。あれ? どこかで会いました?」

坂上美咲「いえ、まだ新人ですので、シートベルトをお願いします。本日運転します、坂上です。よろしくお願いします」

佐々木 久志「お、丁寧だね」

坂上美咲「はい、心がけていますから」

佐々木 久志「嫌な事件ばかりだよ。ほら駅前のビラ配り、なんであんなこと警察に任せばいいのに?」

坂上美咲「がんばっているみたいですよ」

佐々木 久志「へー意味ないと思うけどね」

坂上美咲「そんなことありませんよ。だって目撃した人も、事件を解決したい人も酷いと思うからやってるわけですから。出ますよ。いいですか閉めます。」

 こういう第六感が働くのが人間でしょうか? なんとなく香水の匂いでああこの人だと思った。目撃証言、現場に落ちていた物、私はもうプロになったけれど、鬱々な気持ちがあり、相手の顔を直視できなかった。

坂上美咲「お客さんは事故を目撃したことありますか?」

佐々木 久志「え? ないよ野暮なこと言わないでよ」

坂上美咲「血と散乱した荷物。目を疑いますよ」

佐々木 久志「へー」

 佐々木久志はこちらに競われたのか俯き加減だった。白髪混じり、眼鏡、寄れたYシャツ。感情が乱れて、汗がでできた。

佐々木 久志「あれ汗かいてる? 大丈夫?」

坂上美咲「はい、大丈夫です」

 しどろもどろになりながら心臓も破裂しそうになるぐらい脈打っていた。赤の信号で車を止めた。脇道はないし待つしかなかった。

佐々木 久志「遅い、遅い」

 佐々木 久志はスマホを見ていた。能天気に。これでいいのだろうか? 私は思い切って本題をぶつけてみることにした。

坂上美咲「お客さん。私腕なくしたんですよ、交通事故で。事故として左右不注意なんですけどね。車100キロ近く出てたそうなんですよ。見てなかったんですよ前を。私はその時ジョギングをしていて、痛いとかなかったんですよ。あまりに酷くて、それでいまだに犯人を探していてですね。犯人の特徴はお客さん見たいな風貌で、目撃情報とか出てきてるんですよ。あと証拠もブレーキ痕っていうらしいですよ。もう車種も割れていて後は捕まえるだけらしいですよ。私がこの仕事についたのも憎しみを失くしたいからなんですよ。負けたくないって言うんですかね? それでああ、いいこともあったんですよ。結婚して、周りにはたくさんの素敵な人たちが。怪我の功名っていうんですかね? 本当に。ただやっぱり犯人許せない。見たい。出来心なら素直に名乗り出て欲しいとか、私の体を返して欲しいとかいうこといっぱいあるんですよ。本当に。だから反省して欲しいし、もう一度考え直して欲しい」

 私は心の内側で燻っていた言葉を、涙を、この人にぶつけた。失ってからどれだけ挫けそうになったか。ありったけの言葉で気持ちでぶつけた。今スマホを見ている人に対して。

佐々木 久志「その時の事情があったかもね」

坂上美咲「はあ? 事情? 会社命が私の傷を考えてないの? あなたの香水嗅ぎたくなかったわ」

佐々木久志はしばらく考え、スマホを離してこう話した。

佐々木 久志「その車を運転していた人は、おそらくその日孫が生まれる瞬間に立ち会いたかったと思う。そしてもうすぐ免許を返納しなければいけないけれど、家からバスに乗る手間を惜しんで、自分の車に乗った。普段と変わらず。けどブレーキを、ブレーキを忘れたんだ。あの日から逃げた日から悔やまない日はない。けど良いおじいちゃんを、少しの幸せを噛みしめたかった。わかってくれ」

坂上美咲「わかって、何を」

 もう止められない。この人にわからせてやろうと思った。車を止めて、それから。

坂上御先祖様「美咲、もうええやろはや、はよ」

 誰かが呼んでいるようなそんな声がした。事故の時も聞いたような。景色をみると、

3歳くらいの子供とお父さんとお母さんが散歩をしていた。子供は抱っこをお父さんにせがみ、

お母さんは困った様子で見ていた。ふと我に返った。

佐々木 久志「どうか」

坂上美咲「右に行けば家に、左は警察署です。どうします? 行き先は?」

 そこからは早く、佐々木はすぐに警察に洗いざらい本当のことを話した。おそらく佐々木には懲役15年前後課せられるだろう、と言われた。お孫さんには塀の中で面会をして、もし長生きすれば……。私の方はやっと終わったという気持ちでいっぱいだ。そして未解決の事件が一つ解決した。いろいろな人を巻き込んだ私の話はこうして幕を閉じることができた。

これに関わってくれた人とも今後も関わりながら、私は生きるのだろう。そして、今度また道の上で誰かと会えば、その人の物語が始まる、タイヤの痕を残しながら。

 E N D











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