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02.義妹の陰謀

 最初にその男の姿を見たのは、彼がお義姉さまの婚約者に内定してこの公爵邸を初めて訪れた時だった。


 彼はとても見目麗しくて、背も高く笑顔も爽やかで、なんて羨ましいって、そう思ったわ。血筋さえ良ければこんなに素晴らしい美丈夫(イケメン)と結婚できるのかと、心底妬ましかった。

 だって私には、釣書のひとつも届かないのだもの。見た目には気を使っているし、私も公爵家で暮らしているだけあって食事も教育も美容も衣装も最高級のものを与えられていたから、自分自身には自信を持っている。けれど血筋のせいで、私は社交界で敬遠されている。


 分かってるわよ。お父様はもう没落した旧伯爵家の出身で、派閥的にも権力的にもなんの影響も及ぼさないから、だから女公爵さまの夫として選ばれたのよね。どこかのパーティーで、お節介な侯爵家の奥様が詳しく(厭味ったらしく)教えて下さったから知ってるのよ。

 そのお父様と、女公爵さまが亡くなってからお父様が連れ込んだ浮気相手(・・・・)が密かに産んで育てていた私には、公爵家の血なんて一滴も流れてないってことも教えてもらったわ。


 だから何よ!それをいうなら私は旧伯爵家の血を継ぐ最後の(・・・)ひとり(・・・)なのよ!?私だって頑張れば、誰かに見初めてもらえて、それで……もしかしたら伯爵家の再興だって許して頂けるかも知れないのに!

 でも誰も、私には見向きもしない。誰も彼も公爵家の跡取りであるお義姉さまばかりチヤホヤして、私には侮蔑の感情を向けてくる。『公爵代理が愛人に産ませた卑しい娘』『厚かましくも公爵家に寄生する害虫』『見た目以外に何もない女』他にも、たくさん。



 だけど、彼だけは違ったわ。

 彼は私にも優しくしてくれて、キラキラしい笑顔を向けてくれて。「僕たちは義理とはいえ“兄妹”になるのだから、仲良くしようじゃないか」って言われた時には本当に嬉しかった。どうしてこの方は私じゃなくて、お義姉さまの婚約者なんだろうって、お義姉さまはなんにも悪くないのに恨んだりもしたわ。


 だからいっそ奪ってやろうかと思って、でもどうやればいいのか分からずに悶々としていたある日。私は彼に呼び出されて大喜びで会いに行ったわ。


 そう。会いに行って(・・・・・・)しまった(・・・・)のよ。



 いつも私なんかを護衛してくれる公爵家の護衛騎士の目を盗んでひとりで出かけて、待ち合わせに指定された料亭で彼と落ち合って、楽しくお喋りしながら食事したあと、一緒に来て欲しい場所があると言われて彼の馬車に乗ったわ。

 そうして着いた先は、王都の郊外にある森の中の古ぼけたお邸だった。


「あの、ここは……?」


 訝しげに尋ねた私に、彼は言ったのだ。


「ここはね。⸺誰にも知られず逢瀬を重ねるための、専用(・・)()()さ」



 私は彼に連れ込まれ、嫌がるのを無理やり組み伏せられ、そうして純潔を奪われた。

 通わせてもらってる学院こそまだ卒業してなかったけれど、15歳の成人の儀も済ませて御披露目(デビュタント)も目前で、さすがに社交界デビューできれば見た目だけでも気に入ってくれる殿方がいらっしゃるはずだから、何とか婚約が結べれば。そんな淡い望みも、純潔と一緒に無惨にも散らされた。



 そんな悪夢と絶望で動かなくなった私に、彼は言い放ったのだ。「お前だって、私に処女を捧げられて良かっただろう?あんなに嫌がる(・・・)フリ(・・)をして、本当は悦んでいたんだろう?」って。

 そうして、この最低な男は自分の悪辣な計画を得意げに私に話し始めた。気位ばかり高くていけ好かないあの女(お義姉さま)とは形の上だけ婚姻して、私を愛人として迎えると。見目の良い私だけを抱いて、私に子を産ませて、その子をお義姉さまとの子だということにして跡を継がせると。お義姉さまは仕事はできるから公爵家の別邸に軟禁して、死ぬまで仕事だけさせればいい。お前だって縁談もないし、外出はさせられないが公爵家に居られて贅沢三昧な生活を送れるのだから文句はないだろう、って。



 呆れてものも言えなかった。

 この愚かな男は公爵家の血統も、その重要性も、お義姉さまそのものも、何もかも軽視していた。もちろん私のことも、ちょっと優しくしてやったらコロッと絆されたからチョロい女だと思っていたらしい。「良かったじゃないか、惚れた男に抱かれるのが女の幸せってやつだろう?」って言われてぶん殴りそうになったわ。



 だから、破滅させると決めた。

 この男だけは絶対に赦さない。公爵家を乗っ取ろうと画策したことも、私の人生を台無しにしたことも、お義姉さまを蔑ろにしたことも、全部全部後悔させてやる。


 それで、嘘を教えてやったの。

 公爵位は私も継げるかも知れない(・・・・・・)と。父は公爵家の遠縁のはず(・・・)だから私にも継承権があるはずだ(・・・)と。そして父は義姉を疎んじているから排除すれば(・・・・・)全部(・・)終わり(・・・)だと。

 そうしたら何もかも都合よく自分の思い通りになると思い込んで、気分良く鵜呑みにしたから笑いそうになったわ。そうして『ちゃんと、私だけを愛して下さいね?』って囁いてやったら、それはもう嬉しそうにして。


 全く、チョロいのはどっちだって言ってやれたらどんなにスッキリしたことか。



 それからも何度も、私は呼び出されては彼に抱かれた。

 本当はもう指一本触れさせたくなくて、触れられるたびに気持ち悪くって吐きそうになったけど、最上のタイミングで最高に破滅させてやるために我慢した。嫌で嫌で仕方ないのに、身体はどんどん情事に慣れていってそれなりに快感も得られるようになってしまって、それでまた吐きそうになった。

 相変わらず護衛してくれる騎士が時々訝しげな目を向けて来ていたけれど、彼は何も言ってこなかったし私も打ち明けたりしなかった。だって言えるはずがないもの。

 妊娠するのだけは絶対に嫌だったから、この世界に、特に貴族社会に広く伝わる避妊の魔術を自分にかけて耐えた。でもそれは男の精を魔力に変換して身に取り込む行為で、私の魔力(なか)にコイツの魔力()がどんどん侵食してくるその気持ち悪さにとうとう吐いた。


 もう私の身体は穢れてしまった。

 伯爵家の再興だって不可能だ。

 何もかも全て失って、残ったのはこの醜悪な男を絶対に破滅させてやるっていう執念だけ。



 そうして、お義姉さまが16歳になって学院を卒業なさって、晴れて公爵位をお継ぎになる、その御披露目のパーティーを婚約破棄の舞台にしようって唆したわ。その場でお義姉さまを断罪すれば、私が代わって公爵位を継ぐことになるだろう(・・・)からって。お父様にも認められてるからって言ってやったら、それこそ思い通りの展開だと確認もせずにまた鵜呑みにしたわね。

 本当、愚かな男ね。



 さあ、破滅しなさい。このパーティーには国王陛下もいらっしゃるのだし、陛下は私に公爵位が継げないことももちろんご存知なのだから、私が唆した企みが成功することは絶対に(・・・)無い(・・)のよ。

 残念だったわね。いい気味!







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