01.仕組まれた婚約破棄
「今この場をもって、お前との婚約を破棄する!」
王宮主催の夜会の会場。開会の辞も済んで、王太子殿下とそのご婚約者さまとのファースト・ダンスに招待客総出で拍手を贈り、それから招待された人々が思い思いにダンスやお喋りを楽しみ始めた、そのタイミングで。
わたくしの前に現れたわが婚約者さまが、憎々しげに指をわたくしに突き付けて、唐突にそう宣言なさいました。
最低でもダンスには誘ってくださるものと思っておりましたのに。……まあ、わたくしたちの仲はあまり良いとは言えないものですから、誘われなくても仕方ないとは思っていましたけれど。
でも、まさかこんな場面で婚約破棄を声高に宣言なさるなんて。
ですが、わたくしたちの婚約は特別なもの。なにしろ筆頭公爵家の跡取りであるわたくしの、夫となる者を選ぶのがわたくしの婚約なのですから。
そして数多の候補者の中から、勝ち残り選ばれたのが目の前にいらっしゃる、侯爵家のご次男。かつて王家から降嫁を賜ったこともある由緒正しき侯爵家の、見目も麗しく学業の成績も優秀なこの方でした。
でもこの方も結局、筆頭公爵家の財力と権威がお目当てだったのよね。それに気付いたのは婚約が成った後でしたし、それを指摘して認識を改めるよう苦言を呈してからはわたくしを疎んじるようになってしまわれましたけれど。
それにこの方、巧妙に隠しておられますけれど男尊女卑思想が激しくて。ご自分の能力の高さを鼻にかけ、わたくしのこともずっと下に見ておりましたものね。
それはそれで苛立たしかったですけれど、結局爵位を継ぐのはわたくしですし、能力そのものは認められているのだから婚姻して子を得るまでの我慢だと思っておりましたが……。
「婚約破棄だと仰いました?」
「一度で聞き取れないとは!やはり優れているのは血筋だけか!」
このような場で公然と侮辱されたことにイラッといたしますが、今この場においてはもっと気になることが。
「それで?貴方はなぜわたくしの妹の腰を抱いていらっしゃるので?」
「ふん、知れたこと!公爵家を継ぐ能力もなく、さほど美しくもないお前ではなく、私はこの可憐で公爵家に相応しい彼女に公爵位を継いでもらい、その夫となることにしたのだよ」
つまりお前は用済みだ、と勘違い男はニヤリと嗤います。
そして妹もこれみよがしに彼に抱きついて、わたくしのものよりも豊満な胸を押し付けてニヤリとしてますわね。
なるほど、この方が有能だったのは学業成績だけでしたのね。
そして妹は、そんな彼に目をつけて誑し込んだ、と。
「何だその目は!」
わたくしが落胆の視線を向けたことに目ざとく気付いた彼が声を荒げます。自分は他人を見下すくせに、自分が見下されるのは大嫌いですものね、貴方は。
「もうこの件は公爵閣下もご諒承済みなんだぞ!お前に出来ることは私に泣き縋って許しを乞うことだけなのに、そんな態度でいいと思っているのか!?」
…………ん?
「わたくし、諒承なんてしておりませんけれど」
「お前はやはりバカだな。お前の諒承など必要なわけがないだろう!現当主であるお前の父上の諒承さえあればそれで済む!」
バカなのはどちらですか。
「わが公爵家の当主は亡き母ですが?」
「……は?」
「そして父はその夫に過ぎず、公爵家の血は一滴も持っておりませんから爵位など継げませんが。あの男はわたくしが成人して公爵位を襲爵するまでの、単なる公爵代理に過ぎませんよ?」
「…………な、なに?」
「そしてあの男が『公爵夫人』と公称しているのはアレの愛人に過ぎませんわ。⸺もちろん、そのふたりの子であるそこの娘も公爵家の血は一滴も流れておりませんし、当然爵位も継げませんわよ?」
彼は驚きに顔を染め、自分に抱き着く妹を見下ろしました。ということは、おそらくこの子から誤った知識を吹き込まれて、それを鵜呑みにしたというところでしょうか。
はあ。処置なしですわね。まさかこれほど思考が愚かな男だったとは。
「ど、どういうことだ?君は姉さえ排除すればそれで終わりだと、そうすれば自分が爵位を継げると、確かにそう言ったではないか!」
狼狽えて声を荒らげる彼に、妹は満面の笑みを浮かべたままで言い放ったのです。
「わたし、そんな事言いましたっけぇ?『排除すれば終わり』とは言いましたけどぉ、それがお義姉さまのことだとは一言も言ってませんよぉ?」