サンタ髭
「おはようございまぁす!」
「おはようですー!」
「おはようございます。」
「おはようございまーす!」
「あ、僕ちゃんおはよう、今日はお父さんもいるんだね!」
「おはよう!」
「おはようございます。」
「どうもどうもーお父さんですー!」
「はは・・・おはようございます!」
「おはよっす!」
「おはよ!!」
「おはようございます!」
「おはようございます。」
「あ、むぐちゃんおはよう♡今日もイイもふだ!!!」
只今の時刻、朝六時を過ぎた頃……いつものウォーキングコース上には、顔なじみの皆さんがわんさかいらっしゃる。
まだ日もあまり上っておらず薄暗いというのに、やけに賑やかしく挨拶が交わされておりましてですね!
「……!!!なんだって!!!」
「はあん?!そんなのダメだろ!!」
「…からおめえはよぉ…おっ!!よぉ!おはよう!」
「おいっす!!」
薄闇の向こうからやってくる、騒がしいおじいさん二人組とすれ違う。
「おはようございます。」
「おはようです!」
「どうもー!」
毎朝喧嘩しながら歩いている人たちなんだけど、いつも私と息子とすれ違う時に言い争いが一時中断するのだなあ。
朝の挨拶というのは、キモチも良いが場の雰囲気をいい方向に持って行く抜群の効能がですね。
「ねね、あのおじいさん、めっちゃいい髭持ってることない?!」
「サンタさんぽい。」
「ああー、確かにサンタっぽいな、やや細いかもだけど。」
いつもすれ違う血気盛んな二人組のおじいさんの一人は、実に立派なひげを蓄えている。
真っ白でボリューミーなひげは、天然のサンタクロースそのものといった感じだ。
ロン毛をちょんまげっぽく後ろに垂らし、前は髭を垂らしで、やけに暖かそうなのだなあ。
隣のおじいさんは全体的にツルっとしていてわりと寒そうなんだけれども。
「あの人さあ、クリスマス会の手伝いとかしてくれないかな?」
「ええー、いきなり?仲いいわけでもないし無理なんじゃないの……。」
近々町内会のクリスマス会があるのだが、そのサンタ役が見つからず、ここ最近旦那は迷走していたりする。
去年までサンタ役をやってくれた笹川さんが施設に入ってしまったので、適任がいなくなってしまったのだなあ。
十年前には旦那も大役を務めたことがあるのだが、如何せん今の体形ではズボンに膝まで入ったところで衣装が破損すること必至、うん、絶対無理!
色んな人に声をかけてはいるのだが、みんな忙しいだの目立ちたくないだの言って誰一人引き受けてくれず、見ず知らずの、たまたま公園ですれ違った人に大役を任せようとするほどに追い込まれているのである。
「うーん、ダメもとでちょっと聞いてみる!!毎朝挨拶してるんでしょ?けっこう知り合いじゃん!」
「ちょ!!マジで?!あんたフレンドリーにもほどが!!」
でかい体で踵を返し、再び喧嘩を始めたおじいさんたちのもとに特攻する旦那!!!
あの喧嘩っ早い感じ……サンタさんに適任かというと…些か不安が残るんじゃあるまいか。
やめとけと注意する間もなく…アアア!!!ヒートアップし始めたおじいさんたちの間に入って何か言ってる!!!
「すごい。」
「ああ…ほんとにすごいよあの人は!!なんちゅー空気読まないゴーイングマイウェイ、すげえなあのスキル…もしかしてチート級なんじゃないの……。」
さすがにほったらかしてウォーキングの続きに行くわけにもいかないので、恐る恐る旦那の後を追う私と息子……。
まさかとは思うけど、なんだあんたはとか言われてたりしないでしょうね……。
「なに、どこの町内会なの!!」
「吉泉ですー!」
「なんだ、隣じゃないか、小島さん知ってる?」
「あ、知ってます、自治会長でしょう?僕この前太りすぎだって怒られちゃいましたー!」
「それだけ太っておってはなあ、順一先生の全盛期くらい太いわ!小島さんちの横のさあ!」
「あ、僕順一先生の家の八軒隣なんですよ!」
「なんだ!!もしかしてあの家の前に青いキャラクター人形がいっぱい飾ってある家か!!」
「うんそう!!」
ちょ!!!
なんかめっちゃ盛り上がってる―――!!!
恐るべし対人スキル、もしやレベルがカンストしてたりはしませんか……。
「あ、あの!すみません、この人常識がなくてですね、ええとー!!!」
恐る恐る声をかけさせていただく……。
「ああ、イイよ!!こいつはねえ、短気で友達が少ないから、こういうふうに声をかけてもらうと嬉しくて仕方がないんだわ!」
「なにおう!お前こそデリカシーがないすっとこどっこいのくせに!!」
ああ、このおじいさんたちはいつもこんな感じに喧嘩をしているのか。
……なかなかわかりやすいな。
「ええとー、じゃあ順一先生か小島さんから連絡してもらうようにします、詳しい事は…」
「めんどくせえな、今すぐ旦那の電話教えて!!俺上高地ね!かみこうちやすたか!!!」
「ああー!!!もしかして市長を応援する会で昔事務局やってませんでした?」
「なんだ知ってんの?俺今の事務局の原田だよ!」
あれよあれよという間に、意外なつながりが判明し、交流が進み!!!
かくして迎えた、クリスマス会当日!!
体育館の放送設備のチェックをしている旦那と、じたばたする年配スタッフ、そしてプレゼントの用意に忙しい女性陣に、写真を撮る市役所広報課の皆さん…私はとりあえず何かあった時要員として、入り口で待機中だったりするわけなんですけれども。
「おはよー!今日はよろしくっ!!」
やけに喧嘩っ早い声が背後から聞こえてきたので、笑顔を装備してにこやかに振り向くと!!
「…おへっ…えええ!!!なに、か、かかか上高地さん、髭!!髭は?!」
あのサンタ髭にほれ込んで旦那がスカウトしたというのに……肝心の髭が、ないいイイイイイイイイイイ!!!
「舞台に立つのにあんな風貌では子供たちが怖がってしまうだろう!!昨日久しぶりに散髪に行ってきたよ、イイ男だろう?」
ロン毛のちょんまげがなくなった、少し我の強そうなワイルド爺さんが!!!
ちょっと待て、この人こんなにイケメンジジイだったのか、実にオサレな今風の刈り上げが似合う輝かんばかりのご尊顔!!!
昨日今日と朝方雨が降っていたもんだからウォーキングに行けなくて…全然知らなかったんですけど!!
「こいつバカだろ?!いつもこうなんだ、ホント空気の読めねえ奴でさあ、俺がどんだけ止めても聞かずにさっぱりしちまった!!」
「人を指差してバカっていうな!!オメーは黙って俺の雄姿を見てりゃいいんだよ!!」
「は…はは!!ええとー!!じゃあ、私衣装とか用意してくるんで、このストーブの前で待っててください、椅子どうぞ、ひざ掛けいります?」
「おおー、イモ持ってくりゃよかったな!!」
「ひざ掛けはいいわ!こいつへの怒りで熱いくらいだ!!!」
何やら剣呑とした空気が流れてきたので、うすら笑いを浮かべつつ急いで旦那のもとに向かう私!!!
「ちょ…!!!サンタの髭がつるっぱげでもうね、どうすんのさ、だから言わんこっちゃない!!!」
「はあ?何言ってんの!!」
「ちょっと奥さん、落ち着いてお話になったらどうなんです。」
「お母ちゃんどうしたの…、あれ、もう来た?サンタ。」
事の次第を慌てふためき伝えると。
「ああー、つけ髭買ってくる?」
「買ってきてもねえ…やっちゃんは頑固だから。」
「でもせっかくの髭でスカウト!」
「ないもんは仕方ない。」
「子供たちがっかりしないかしら……。」
「イライラした爺さんにプレゼント渡される方が嫌だろう。」
立派なひげがきっかけとなって繋がった人脈であったはずなのに、肝心なパーツの消失というハプニングに見舞われてしまったわけですけれども。
わりとかなり順調にクリスマス会は進行されましてですね。
「俺すげえ子供に大人気じゃねえ?!また来年もやるわ!!!」
「普段嫌われてるからなあ!もう通年サンタ服着とけばいいんじゃねえの!」
「なんだと!!!」
「「「まあ、まあまあ!!!」」」
無事、来年のサンタ役まで予約することができましたという、お話ですよ……。