第5話 その名はキルである
事務所に帰ってきた私たちは出入り口で待っていてくれた稲葉先輩にバイヤーを渡した後、少し休憩をとっていた。
私は今は休憩中である。
理恵は
「ちょっとシャワー浴びてくるわね〜!」
などといって部屋から出て行ってしまった。
仕事が一段落したからと言ってなんと呑気な人なんだろう。もっと緊張感を持った方がいい……
って、理恵は適応力があるせいで緊張感などあっという間にどこかに行ってしまうのか。
……いや、こんなどうでもいいこと考えるよりも。
ふといつもの癖で剣を取り出す。
私は無から武器を瞬時に生成できる能力を持っている。まぁ、もっと言うと別空間にしまっておけるのだ。
それを私は意のままに操ることができる。この能力こそが私の強みであり、暗殺術の基礎となっている。
別空間から取り出すときにも制約はなく、同時に何本でも、自分が認識している範囲内ならどこにでも取り出すことができる。
まぁ、それだけならしまっておけるだけなのだが、私は生成することもできる。というか、訓練してできるようにした。以前、SACSのメンバーの一人と訓練しているときに剣が折れてしまい、愛刀を出さざるを得なくなってしまった。まぁ別に問題はないのだが、いざとなったときに困ると思って修行して身につけたのだ。
まぁ、そんな生成した武器はそこまで大きな力を出すことができないのだが…
一般人や、大した実力のない能力者であれば、大体勝てる。まぁ、生成しなくてもしまってある武器はいくつもあるので、その手入れをすることにしている。
ちなみに。生成した武器を使う理由はその方がいろいろと使い勝手がいいのだ。具体的には何か付与をしやすいのは間違いなく生成した武器だ。生成した際に能力を付与すればいいわけで…
それでも、使い慣れた愛刀にはかなわないんだけど。
「あら、また刀の手入れ?よくやるわよねえ…」
手入れをしているとシャワーから帰ってきた理恵さんが後ろから話しかけてきた。
髪を結んでいない理恵さんを見ることができるめったにない機会である。とても美人さんだ…って、そんなことはどうでもいい。
「そりゃやりますよ、もう日課みたいなものですからね」
「面倒にはならないの?別にその武器を使わなきゃいけない制約とかはないんでしょう?」
「確かにありませんが気分の問題ですね…刃こぼれとかがあると、あんまり落ち着かないだけですよ」
「ふーん、変わってるわね」
「理恵さんには言われたくないですね」
そんなやり取りをしながら理恵さんと話していると稲葉さんが帰ってきた。
「おう、二人ともお疲れさん」
「処理はもう終わったんですか?」
「処理とか言うな…ったく、質問の一つも答えてくれやしねえ。そんなに、偉い所なのかねぇ」
稲葉さんは椅子に腰を掛けながらため息をついた。
と思ったらすぐにコーヒーを一杯飲む。カフェイン中毒を心配してしまうくらいいつもコーヒーを飲んでいるが、まぁそれであれば居酒屋でもアルコール中毒を心配するくらいには飲んでいたことを思い返し、まぁ大丈夫かなんて自分で結論づけた。
「そりゃ、麻薬であってもバイヤーにとってはそれを売ることでお金を得ているんだから…私たちで言う製薬会社くらいには大事なんじゃない?もっとも…必要性はないんだけどね」
「依存性が高いからこそ、簡単に手を染めることができるんだ。その根源をつぶせればいいんだが…」
「そんなの、いくら理恵さんと私と拓斗、三人で探しても見つかるはずがないじゃないですか」
「まぁそりゃそうだわな…」
稲葉先輩でもやはり唸ってしまう。それくらい、人数という圧倒的ハンデを覆すことは大変なのだ。だからこそ、常に後手に回ったほうが無駄な人数を割かなくていい分やりやすい。だが、それでは根本から問題を解決することはできないのだ。
ちなみに、拓斗とはSACSに所属していて、主に風俗街やカジノ特区の見回りをしている人だ。もの静かで冷静な人であり、その割には整った顔立ちに銀髪という、すこし人間味が薄いような人だ。
実際にその能力も全く人間味がなく、獣人化という能力を持っている。
獣になる訳ではなく、動物の力……の一部を得ることが出来る。かなり大雑把な説明だがそんなものだ。例えば空を飛んだり…血を吸ったり…まぁ、挙げたらキリがないが、まぁそういう物としか言いようがない。また、力やスピードも大幅に増加するので、戦闘にかなり向いた能力と言える。まぁ、能力が強い分応用の効く分野が少ないのはあるが、それをもってしても余りある強さである。
まぁ、そんな拓斗が風俗街やカジノ特区を任されるのはこのSACSで唯一の国内で動く男枠、であるからである。
拓斗が担当している場所は治安の悪いところだ。故に何が起こっていても不思議ではないし、警察もかなり警備を厳重に敷いている。が、やはりというか女性に担当させるには色々と大変なのだ。
拓斗が一度別の仕事で出向いている間私も見回りをしてみたが……警備をしているはずなのにナンパに合うわセクハラされそうになるわ……しまいにはラブホテルの中で薬の取引が行われたという始末。
うん………これは女性陣がやるものでは無い。人数も少ないのに「精神的に参りました」なんて言うのはシャレにならない。そう確信した。
まぁ普段は稲葉先輩が最大限の配慮をしてくれているおかげで基本私がそっちに赴くことは無い。理恵さんはたまにあるみたいだが…大人の女性というところを痛感させられるというか、余裕でいなしているらしい。
適応力も働いているのかもしれないがそれでも流石である。
実力はあるがそういった免疫はない、その名はキルである。
「理恵はここに残って俺の代わりに山積みされた仕事を消化してくれ」
「……え?山積み」
「キルは30分後くらいには俺と王の元に行く。準備しておけ」
「分かりました」
「いや待って?山積みされた仕事って……」
「俺のデスク見りゃ分かんだろ……ったく、俺は警察のパシリじゃねぇっての」
「いや私もパシリじゃないんですけど?!」
「すまん理恵、パシられてくれ」
「そんなぁ………」
理恵さんには同情する。事実稲葉先輩のデスクの上には書類の山が6つほど出来ていた。警察が対処しづらいような仕事が飛んでくるのだが、何を間違っているのか分からないがそんな警察が処理できないレベルの仕事量はバカである。
まぁ、それを本来は上手く6人で捌けということだとは思うが……うん。
理恵さんドンマイ。
私は心の中で、そう言っておくのであった……。