第4話 瞬殺
~9月14日午前11時~
「あら、待たせたわね」
「別に、こちらも先ほどついたところだ」
落ち着いた声でバイヤーがそう言葉をこぼす。
こちらは1時間以上前に居た訳だが、まぁそこから色々連れ回されたので、そういう事になっているのだろう。
とても疲れた。
「それで?例のブツ、持ってきてくれてるのよね?」
「待てよ、まずはそっちの金を確認させろ。話はそれからだ」
男は冷静な態度で理恵にそう言葉をなげかける。
理恵は手に持ったケースを前に出し…
「……このケースの仲よ」
と言葉を返す。うむ、明らかに慣れているというか、ここですんなり渡す、と言うほどの額ではなさそうな感じが出ている。
そういう演技は、長けているなぁと感じる。
「偽物かもしれないだろ、ケースをよこせ。中身を確認する」
「あなた達がそう言ってブツをくれないかもしれないでしょう?残念ながら、それについてはお断りさせていただくわ」
「……なるほど。冷静だな」
男は悔しそうな表情をする…、と思いきや意外と普通の表情をしている。恐らく、理恵の態度を試したのだろう。ここで渡すようであれば視野が狭いと言える。そんな人間に、薬の取引を任せていられない、という事なのだろう。頭のいいバイヤーである、とそんな適当なことを思った。
「だがお前、物好きだな。能力者なんてまだ一般には広まっていないんだぜ?そんな薬を売って、簡単に儲けようなんて難しい話だぜ?」
男は楽しそうに薬の話をしている。が、目はいたって冷静であり、品定めをしているように見える。対面して、自身に危険が及ばないか見ているのだろう。ただのバイヤーというわけでもなさそうだ。
「そうね、確かに今現在そんな薬を打ったところで儲けることはできないかもしれない」
「ほう…?」
男はいぶかしむように理恵を見る。が、続きがあるんだろうと言わんばかりに話を促す。
「どうせ能力者でなくてもこの薬は作用する。能力者の方が効果が大きいだけなんでしょう?」
理恵の言ったことは間違いではないようだ。その証拠にバイヤーの周りにいる男たちは少し慌てている。…ように見える。
しかし男は平然とした態度で
「あぁ、確かにそうだ。能力者に対して効果を発揮するが、ただそれだけだってんならこの薬は売らねぇよ。買ってくれなきゃ、マイナスだしな」
と返す。私的にはもう薬の話はいいから取引を完了してほしいのだが…意外とそうもいかないのが取引なのだろう。
難しい世界である。
「…私が売り切れないとでも言いたげね?」
理恵も言葉をしっかりと返す。…さすがに慣れた返答だな、とふわっとしたことを考えた。
「売り切れなきゃ意味がないだろう?捨てられでもしたら困るのはこっちだ。こんな薬、まだそこまで流通してないんだ。モルモットは、多い方がいい」
にやにやした笑みを浮かべる男。モルモットとは恐らく薬の買い手のことだろう。
…ふざけたやつだ。
つくづくそう思う。しかし、感情に任せて行動してはいけない。
私は、じっと理恵の合図を待つ。
「まぁ、それを私に売るっていうのもおかしな話ではあると思うけどね?」
「当然だろ?こっちにとっても、こんなチャンスはなかなかないんだよ。なぁ、姉ちゃん?」
「…チャンスって?」
男の怪しげな空気感が一気に増す。理恵は何か別に目的があると見抜いていたようで全く気を抜いていない。
……まぁ、私の本業は戦闘だ。別に私もここで気を抜いていたわけではないし、一瞬で仕留める準備はできている。
しかし、その瞬間の一言で、すべての空気が変わってしまう。
「お前らSACSの連中だろ?」
?!
思わず私は身動きが取れなくなってしまう。
なんでバレてる?私が何かヘマをしたのだろうか?それとも理恵の演技に気付いて…!?
「何?SACSって疑ってるの?」
「疑ってるというか確証があってのことだ」
「それなら、その確証とやらを聞かせてくれないかしら。まぁ、私は実際には違うんだけどね」
理恵は全く動揺することなくバイヤーと話している。
…やはり理恵はすごい。戦闘に関しては私の方が強いが、こういった状況に応じたスキルを持っているというのはさすがであると感心する。が、流石に能力を構えようとしているように感じるあたり、警戒心だけは強めているようだ。いつでも私を呼べるように、と。
やはりプロだな、なんて適当なことを思う。
「……」
「……」
無言の時間。お互いが全く表情を変えず、しかしバチバチににらみ合っているのが分かる。
………。
……。
…。
「違うか」
??
バイヤーの言ったことが意味が分からなかった。
違う?何が違うというのだろう?
「SACSが活発に動いているのはわかるけれど、まさかそんな質問を毎回しているつもり?」
「あぁ、まぁな。こうやって揺さぶればSACSのやつらでも炙り出せると思ったんだよ」
「……そんなので動揺してちゃ、こんな取引できないでしょ」
理恵から思わず笑みがこぼれる。その笑みが私には勝ちを確信しているように見えて……
「あぁ、取引はできねぇな」
瞬間、理恵が即座に能力を発動した。それに合わせて私も能力を発動する。
対象の人間全員の頭上に剣を出す。そしてそれが自由落下していく。
「…上だ!」
バイヤーが反応よく周りの部下たちにそう告げる。その掛け声とともに男たちはその場から離れようとする。
……その程度で、私の射程範囲から逃げられるわけがないのに…
私は自身の召喚した剣に向かって瞬間移動する。そして一人目の男を切り捨てる。切った確認をするよりも前に二つ目の剣に瞬間移動して、再び男を切り捨てる…
残り三人。バイヤーは殺さないようみねうちで処理するとして…
残り二人の処理を優先する。一人は剣先で仕留め、もう一人は剣の届かない場所にいたため斬撃を飛ばす。これくらい、私にとっては大したことではない。
最後の瞬間移動でバイヤーの目の前に移動し、首元に剣を当てる…。
「よくやったわキル!お疲れ様!」
「…まだ気を抜いちゃいけませんよ」
微笑をこぼしながら視線はバイヤーに向けている。理恵もそうだが、なんだかんだ気を抜かないのは流石といったところである。
「さてバイヤーさん。積もる話はたくさんあるけど、今はとりあえず眠っててもらえるかしら?」
「……」
バイヤーは何も返事をしない。私は剣を首元から外し手刀を加えようとして…
「…バカがっ…!」
男は一瞬でポケットから注射器を取り出し、私の首元へ刺そうとする。気絶させる瞬間を狙っていたのだろう。理恵一人なら、恋う程度でもどうにかなると思ったのか、私に刺そうとして……
そんなものが間に合うはずもなく男は崩れ落ちる。いや、そもそも私にそんな攻撃をしようとしたところで見えていたので避けることも容易いが…まぁ、刺さるわけがないので結果オーライというやつだ。
「早業だったわねぇキルちゃん!」
「別に大した事じゃないでしょう…この程度、理恵さんだって制圧できるじゃないですか」
「あら?でも実際にやってくれたのはキルちゃんでしょう?感謝してるんだから素直に受け取ったら?」
「受け取ったうえで言ってますよ。やっぱり、人員不足なのに二人もいかせるのは違うなと思っただけです」
理恵も戦闘員というわけではないが、一般人程度なら軽くあしらうことができる。理恵の場合、薬を打たれたとしても適応力でなんとかできるはずだ。
私の出る幕とはいったい何だったのか、いまだによくわかっていないが…まぁ、一つ薬の販売ルートをつぶせたと考えるのならば良しとしよう。
「まあ確かに二人もいらないわよね…。とりあえず、早く帰りましょうか!稲葉さんも待ちくたびれてるかもしれないし」
「あの人いっつも思うんですけど、帰っても暇そうにしてません?ほんとに忙しいんですかね?」
「……まぁ、そういうことにしておきましょ。実際、忙しそうにしてる時は話しかけられない空気感あるじゃない」
「そうですね」
そんな愚痴をこぼしながら理恵と一緒に事務所に向かう。
警察には理恵の方で連絡してくれたみたいでもう間もなく到着するだろうということだったみたいだ。
恐らく稲葉先輩が回してくれていたんだろう。
……。
こういう、陰で優しくするとか、そういう判断ができるからこそ稲葉先輩がSACSのトップなんだろうなぁ、なんてそんな適当なことを思ったのだった…