第3話 理恵
第3話 2人の技量
~9月14日(事件から二日後)午前9時~
「先輩、おはようございます」
「おおキルか、お疲れさん」
一日休みをもらった私は、その日をダラダラと過ごした。
女の子らしくない、といえばらしくないかもしれないが…仕事柄、そもそも女性がやる物ではない、と私も少し思う。
…が、私には私の正義がある。性別云々というのは、私にとってはどうでもいいことだ。
…強いて言うなら、本当にダラダラ過ごしすぎて朝起きるのが憂鬱だったことくらいだ。
「悪いなキル、来て早々すまんが…」
来てそうそう、稲葉先輩がそんな事を口走る。
まぁ、大体どんなことかくらい、それだけで分かってしまう…
「まーた何か見つかったんですか?潰すくらいわけないですけど…どうせ、また二人なんでしょう?」
「8割方当たってんな…八雲 恵理が怪しい取引先との接触に成功した。今から2時間後、ここから……お前の足で、20分くらいのとある車庫で薬の取引をするらしい」
「私の足とか言いますけど、それ私に全力で走って迎えって事ですよね?殴ってもいいですか??」
「馬鹿野郎こんな所で殴られてみろ誰も助けに来ないじゃねーか」
「それもそうでしたね」
稲葉先輩は馬鹿ではなかったみたいである。
「んでな…まぁ、もう言わずもがなって感じだが、確実に薬物である事は確認済みだ。あとは…恵理に今回の概要を聞いてくれ」
「あの……つまり……」
「今から急いで行ってもらう」
「壊したい、この組織」
「すまん」
まったく…人手が足りないのはわかっているのだが、それでも一人一人にかかる負担が大きすぎる。
そうやって文句を言いたいところだが…残念ながら、もう2時間後にまで迫っているということで文句を言う時間すら与えられないらしい。
現実は、いつも非情である…
「それじゃ、仕方ないので行ってきますね」
「おう、必要になればすぐに俺を呼べ、ここで待機してるからよ」
「本当に必要になれば、ですけどね」
そう言い残して私はこの場を後にする。
先輩がこの場に残ってくれているからこそ、私たちはある程度自由に動くことができる。そういった点では感謝しかない。
……まぁ、そうは言ってもそんな非常事態に陥ったことはない。先輩が出るほどのものではなく、先輩は基本別の業務にも追われていると聞いている。だから呼ぶのは躊躇われるし、その分やはりミスができない。
「…まぁ、この緊張感にも慣れたけどね」
人数が少ない分必然的に場数が増える。もう、この緊張感は慣れた。
これが私の仕事であるからこそ…
「私は、私の仕事をこなすだけ」
そう、自分に言い聞かせるのであった。
~30分後~
「恵理、来たわよ」
「あら、早かったのねぇ!助かるわ!」
「……」
相変わらず、テンション高いなぁ…と感じさせるのが、先に現場に到着していた恵理さんだ。
潜入捜査のような演技が得意で、能力もその演技に適したものになっている。
『適応力』
人間が本来持つ力。しかし、彼女はその力を限界以上にに発揮する。他の人より状況に対する適応能力が高かったり、体の負担、それこそ麻薬や毒なんかにもすぐに適応してしまう。まぁ、そういった体に害を及ぼすものは適応したところで免疫ができるわけではないので進行を遅らせることができるだけなのだが…
それができるだけでも仕事には十分に役に立つ。麻薬の成分を調べるのにわざわざ潜入し麻薬を体験してきたり…、適応力という一見役に立たなそうな能力が、意外なところに役に立つのだ。
戦闘向きではないが、相手の能力にも瞬時に適応した行動をとれる点から、初見の技などに対して一番柔軟に動けると言えるだろう。実際、私も訓練で手を合わせると面倒に感じる。
「話はどの程度稲葉さんに聞いてきたの?」
「ほとんど何も。薬物の取引の接触に成功したとしか」
「稲葉さん…面倒になってない?」
理恵さんが呆れながら言う…
「…言わないでおきましょう」
それは私も何となく感じてはいるが…突っ込んではいけない。そんな気がした。
「演技は基本私一人でやるわ。貴方は……そうね、私が合図するわ。そしたらすぐに気絶させてほしいの」
「了解」
「もし上手くいかなければ、能力で一時的に貴方に共鳴を起こす。貴方ならそれで一気に叩けるでしょう?暗殺者、ですもんね?」
フフッ、と嫌な顔をしてみせる恵理。私の実力を認めてくれているのは嬉しいが、ミスをしないように釘を刺すあたり性格が悪い。
まぁ、失敗なんてするはずがないんだけど…
ちなみに、恵理が言っている共鳴とは、恵理が適応力の力を応用したものである…らしい。私も詳しくはわからないが、空気や自然に対して干渉できる能力であり、効果時間は5秒と少ないが、風を引き起こしたり、水を発生させることが出来る。
恐らく今回は私が隠れているため空気の衝撃波的なものを生み出すことで私に知らせるのであろう。
まぁ……それを使うかは恵理の手腕であるため、臨機応変に対応しよう。
しかし…
「私がミスした時に責任から逃れようとしてませんか?恵理さんがそもそもミスしなければ済む話ですよね…?」
「あら!そんな風に聞こえちゃったかしら?ごめんなさいね」
ニコニコしながら謝る理恵。絶対に反省していない。まぁ、理恵がミスしてもいいように私がいるのだ。理恵も気楽にできるだろう。
……本当は、SACSは人数が厳しいので1人でこういう業務をこなした方がいいのだが…私もそうだが、流石に1度のミスが致命傷になってしまう。人間である以上、仕方ないというものだ。
「……もう1時間後ね、それまでデートでもする?」
……。
は?
「え?そんな呑気な…」
「いいじゃない!張り詰めすぎても疲れちゃうわよ?」
この人はまず緊張感という言葉を覚えた方がいい、そう確信した。
「はぁ……わかりました」
この人、本当に凄いと言うか、肝が据わってる。これから事件の解決なのに、その前にデートなんて言い出す。まぁ、ありがたいといえばありがたいのだが…
「それで?何処に行くんですか?」
「えぇ!貴方の服を見に行こうと思って!!」
「………」
……。
…。
え??今なんて????
「あの……今なんと…?」
「貴方の服よ!年頃の女の子なのに、同じような服着て!!バリエーションがあった方が、好きな人が出来た時にその人の好みに合わせられるわよ?!」
「いやだから私はまだ彼氏なんていらな……」
「いいえ!必要です!!」
断言されてしまった。困った……昨日の稲葉先輩といい…私を年頃の女だからと恋人事情に顔を突っ込んで……
「……そんなのいいですから!ほら、どうせ私のために何かしてくれるなら私の興味あることに手を貸してください!!」
「えぇ……わかったわよ…」
理恵さんの心が折れる音が聞こえたが、それでいい。恋人になんて興味が無いと言っているんだから、それ以上のことは無い。
はぁ……こう言ってはあれだが、18なんて若さじゃ逆に面倒である…もう少し歳をとりたい…
そんなことを考えてしまうぐらい、疲れてしまった…
最悪だ………