第1話 暗殺者、キル
第一話
〜とある路地裏〜
「お前さぁ、払えねぇならなんで呼んだんだおい」
「す、すいません……ですが、どうしても欲しくて……」
「欲しいなら払えって言ってんだよ!払えねぇなら話すことはねぇ」
「そ、そんな…!」
………。
愚かな話である。
偶然通り掛かった道の裏で、二人の男が何やら怪しげなことをしていた。盗み聞きしてみると、やはりと言うかなんというか…薬物系の話である。
夜はこういうことが多いから面倒である…。
「もしもし警察ですか?私はSACS所属のキルですけど……」
と、適当な説明をして路地裏に足を向ける。
こういうのを止めるのは、仕事であっても殺すのはいけない。
……加減が面倒だ。
そう思いながら、声をかける。
「ねぇそこの2人、何してるの?」
「あぁ?」
男は睨みつけるような視線を私に向ける。しかし私が女だと分かって安堵したのか…
「わりぃな嬢ちゃん、俺たちは今忙しいんだ。こんな路地裏に、迂闊に入っちゃいけねぇぜ?」
「……」
明らかに舐めている。そう、確信した。バイヤーはいつもそうだ。女を見ると、舐めてかかる。
私は、はぁ…とため息をつきながら、隣の男に視線をやる。
……私に脅えているみたいで、バイヤーの後ろに隠れている。……バカなのだろうか…。
「おい、さっさとここから出ていけ!」
不意に、男が少し大きめに声を上げる。
あまりに出ていかない私に嫌気が刺したのだろう。
「いや?私も仕事だからね…見過ごす訳には行かないのよ」
「?!テメェ……警察か?」
「教える義理はないよ」
「なら、この場で消えてもらうしかないな」
そう言って男は拳銃を取り出す。
なるほど。男の余裕はそういう事だったのか。道理で私を見ても落ち着いて忙しいなどと言っていたのか。
男の冷静な表情の理由が拳銃を持っているからと分かれば……コイツを牢屋にぶち込むことは容易い。
そう思い、私は1歩前に進む。
その瞬間、こいつは迷いなく発砲する。
それは、迷いなく私の額に飛んできて……
「なっ?!」
「さよなら」
トン、と手刀を当てて男は気絶する。能力など、発動させるまでもない。
「あ、ぁ……」
薬漬けになった男が、動揺を露わにしている。
「逃げるつもりは無いんだろうね?」
と、脅すように声をかけると、男は必死にうなずく。顔は覚えた。仮に逃げたとしても、ここら一体の監視カメラなどから調べればいい。最悪は、顔から個人情報だって特定出来る…
そう思ったところで、電話がかかってきた。
「はいもしもし?はい……あー…分かってますよすぐ向かいます…」
掛けてきたのは上司で、すぐに帰ってこいとの事だった。まぁ、妥当である。
そう思って、再び事務所の方に向かう。
家が遠くなる……そんな、気の遠くなる感じがした。
〜一時間後、SACS事務所〜
「まぁとりあえず…お疲れ様だな、キル」
「ホントですよ。見過ごすつもりもないですけど、警察の仕事でしょうに…」
仕方ない部分があるとはいえ、ただの一般人の薬物取引を抑えるなど、私からすれば造作もない。
むしろ、そういう事は許せないので捕まえること自体に反対しているわけではないのだが…
「警察もあんなのを見逃すって、警備がなってないんじゃないですか?」
「それを指摘したところで俺達には何も変えられない、変える権利がないだろ?」
「いやまぁ、そうなんですけどね?」
私たちが所属しているSACS(通称:異能犯罪特別対策組織)は能力者の犯罪を取り締まるための組織であった。
近年、異能力者が増えてきたことによって犯罪の凶悪性が増した。各国がうまくもみ消してはいるものの、それはもう時間の問題となっていた。
やはり、もみ消しすぎることによって市民からの抗議デモは後を絶たない。だからこそ、SACSなんていう組織が生まれたのだが…
「SACSに頼りすぎですよ。こんな組織、いつ崩れてもおかしくない」
「……人手がもう少しあればな」
このSACS,とにかく人手が足りない。国家全体を通して6人で構成されている。国家から能力者であり、実力がある。かつ、過去から現在までの経歴だけでなく、その行為そのものに潔白性を主張できるもののみが入ることができるのだ。だから、かなり人手が足りない。
だが、何も国から選ばれた人間が6人というのは少なすぎるというものだ。それにはさらに国の闇を垣間見える部分が存在するのだ…
「俺たちだって、国から選ばれただけで国の人間じゃないだろう?もう、この組織自体が破綻しているようなものだろ…」
「わかってるならなんで国に訴えないんですか?」
「訴えてどうにかなるならもうしてる、そうだろ?」
「……」
そう、国が出した政策だというのに国家の人間ではないのだ。いや、厳密には国に絡んである人間ではあるのだが、潔白性を主張するには無理があるだろう…
が、私たちはデモを抑えつつ異能犯罪を取り締まれというのだ。もう、頭がおかしい。
そして、国はそれだけではなく、さらなる保身に走る。
それは、私たちの国籍撤廃だ。
それだけ聞くと意味が分からないが、ようは殺人許可、ということである。そもそも、能力者という時点で危険性はかなり高い。能力者じゃない人間と能力者がまともにやりあえば……結果は言うまでもないだろう。
そこで、この組織が手を出すことになった訳だが…
やはり、存在がバレたくないのか揉み消すためには手段は選ばない、という事だ。
つまり、『殺してもいいから異能犯罪を止めろ』というのが国からの依頼だ。
………バカげてる。
率直に、そう思った。
「この組織がおかしいなんて百も承知だ。だが、こんな組織を作らなきゃ国が潰れちまう……それくらい、異能犯罪は進んじまってるってことだ」
「実際に、かなり暴力的な犯罪が増えてきましたもんね」
「あぁ……ふざけてやがる…まったく…」
ため息を漏らすのはさっきから話している上司、稲葉大介。SACSのリーダーであり、戦闘技術も優れている。
実際に訓練の際はよく手合わせをしている。
一番敵に回すと厄介な存在であり、同時にリーダーであるからこそ頼もしさもある。
だがその強さに私は少し不満を持っている。
稲葉先輩は決して能力を見せようとしない。
訓練でどれだけピンチになっても、である。
本人は「お前に自信をつけさせたいからなぁ…勝つ方が嬉しいだろ?」などと言うが、そんな手加減は求めていないのだが…
いくら言っても無駄な辺り、見せてくれないんだろうなと思った。
「あぁ……そうだキル。お礼と言ってはなんだが飲みに行こうぜ、奢ってやるよ」
「いや、もう夜も遅いんですけど……」
「明日俺の有給使えぇ!もう俺は有給なんて取れないんだぁぁ!!」
「いや、深夜にそんな叫ばないでください警察呼びますよ」
「この立場で俺は警察に捕まるのか?!」
「……フフッ」
なんて、少しふざけたことを言いながら居酒屋へ向かう。
……いや、私はお酒は飲まないが、まぁ稲葉先輩も愚痴とか溜まっているのだろう。私も日頃外では気を張っているため、少し外で楽をしたいと思っていた。だから私は、先輩と一緒に居酒屋に行くことにした……