人が行き買う街、ラニーヤス
「ふう……今日もお疲れさまでした」
「アラン。おつかれさま。今日で、目標達成だよ! おめでとう!」
アラン達がコッピロックで仕事をし始めてから2週間ほどが経過していた。毎日のように依頼をこなし、納品書を作成し、それと納品物を依頼主本人、または冒険者ギルドへ渡し、余った物は自分たちで使用したり、売却、寄付をしながら生活していた。一見目的もなくただのどかに過ごしているようだが、この生活をしているのには理由があった。
この世界に奴隷文化というものが存在する。これはエルフや亜人。龍神族など、種族間の戦争や、種族同士の争いによって生まれたものではなく、貧しい国や人々が自分を売り、家族や一族を守る為に始まった。
最初は奴隷という存在をよく思わず、奴隷という地位から救うために奴隷を買い、家族や友人として生活することが多かったが、すぐにそんなものは無くなった。奴隷は奴隷で、人間は人間というふうに区別されるようになってしまったからだ。そのあたりの一般国民や罪人より地位の低い奴隷が、何故人間様と同じ生活をしているのだと、世界全体が思い始めてしまったのだ。
それから奴隷の需要はどんどん上がり、現在は奴隷の種族や、奴隷の生まれ、遺伝子によって価値が付けられ、更には奴隷を生むための奴隷まで誕生してしまった。その奴隷文化が世界一発展していると言われている街へ向かい、奴隷を買うことが、アラン達の目的である。
奴隷は一匹20万Gから、250万Gとピンキリであり、高い方が質が良い。アラン達は、その中間あたり、80万G集めることを目標としていた。一つの依頼でもらえる金額は1万Gから多くて10万G。高い依頼はギルドからの依頼であり、危険度などから手を付けるものはあまりいない。
しかし、世界最強であろう魔術力と、女神に守られ、かつ死ぬことはないだろうと言われているアランにとって、それはとても簡単であった。とりあえず魔術を放っておけば依頼完了。報告書や納品書を作り提出。これを1日数回こなす。冒険者のひと月辺りの稼ぎは10万G程と言われており、上級冒険者と呼ばれる世界に数万程度、冒険者全体の内数パーセントしかいないプロの中のプロで、ひと月50万ほどである。アランはひとりで、それもたったの2週間ほどで80万という、とんでもないことを成し遂げたのだ。
「それで、明日には早速目指そうと思うんだ。ここから目的地、ラニーヤスまで、大体歩いて6時間ほど。明奴隷市の開催は真夜中だから、明日のお昼ごろには出発、で、どうかな?」
「わかりました、では、今のうちに準備だけしておきます。ところで、どうして奴隷なんかに……」
アランは女神に尋ねる。この奴隷を購入するというのは女神が考えたことである。女神は詳細を一切アランに教えていなかった。
「答えは簡単だよ。一緒に旅する仲間を手っ取り早く増やせるし、アランの力で奴隷を開放して、コッピロックとか、人があまりいない村に住んでもらう。既にいくつかの村の調査と、許可を貰って置いてあるから、思う存分力を出していいよ!」
「えっと……どれ本当に大丈夫なのでしょうか……?」
この女神。ちゃんと考えてないのでは? と、アランは思った。当たり前だ。人が少ない村や集落は基本的に皆誰でも歓迎してくれる心優しい人々が多い。協力しないと生活ができないからである。だが、果たして、奴隷を人間として受け入れてくれる者がいるのか分からない。奴隷文化は何十年も前からある。大体の人間が奴隷は人ではなく、便利な動物という認識になっている。
いくら誰でも心優しく歓迎してくれると言っても、奴隷にも同じ待遇をしてくれるのか、アランにはわからなかった。それに、奴隷には読み書きや言葉がわからない者だっているはずだ。そんな奴隷が沢山村にやってきてしまっては、教育や管理が大変になってしまうので、負担の方が大きいのではないのか?
しかし、そのアランの考えは、すぐに女神によって全て解決する。
「あ、因みに、教育とか住む場所とかについては安心して。もう既に雇ってあるから。あと村に許可取ったのは奴隷をそっちに送りってもいいかとか以外にも、そっちに建物を建てても良いか、とか、村の整備をして土地拡大してもいいかとか、アランを村長にしてもいいかとかってのも入ってるから」
「なるほ……ちょっと待ってください今なんて?」
アランは女神の話に光を超える速さでツッコミを入れる。解決したかに思われていたが、新たな問題が発生してしまった。
「?」
女神はきょとんとした様子だった。「私なんか変なこと言った?」そんな顔でアランの事を見ていた。
「いやあの、僕いつ村長になるって言いました?」
この女神、もしかして悪魔なのではないかと、アランは思った。
「あ、村長って言ってもほぼ名義上みたいなものだよ、基本的には雇っておいた人が代理で色々してくれるから問題ないよ!」
「へ、へえ……どこからそんなに人を雇ってるんですか……?」
「まあ、細かいことは気にせずに! これでも人間についての情報は沢山頭に入ってるからね。良い人を見つけるくらい余裕余裕!」
アランはとりあえず考えるのを辞めた。もし何か問題が生じたときに、責め立ててやろうと思ったからだ。この女神には一度痛い目に合ってもらおうと、心から思った。
「とりあえず、明日早いでしょうし、僕は寝ます。おやすみなさい。女神様」
「はいはい。おやすみ。神のご加護があらん事を~なんてね」
* * *
次の日の朝、コッピロックはいつも以上に賑やかだった。アランが来てから、村の資源は今まで以上に増え、貴重だった綿などが多く手に入り、服や寝床の質が上がり、あまり採れなかった野菜なども手に入ったのだ。それに加えた建物の補強や修理まで行い、村の発展にとてつもなく貢献してくれた、恩人が、今日、旅立ってしまうのだ。村は、恩人の旅立ちを応援するもの、引き留める者、別れを惜しむ者と様々出あった。
「アラン様。貴方様がここにお越しになって下さったおかげで、村も活気づき、豊かになりました。私たちはこの御恩を忘れることは無いでしょう……」
アランの元へ、コッピロックの長、ヴェリヴァがやってくる。そしてアランの顔を見ると、すぐに頭を深々と下げた。それと同時に、村人全員が、アランに頭を下げた。
「え、えっと、こちらこそ、僕たちの居住を受け入れて下さり、ありがとうございました。」
アランも深く頭を下げ、村人たちに感謝を示した。そしてその後、村人一人一人と言葉を交わし、コッピロックを去って行った。
「どう? あの人たちになら奴隷についても任せられそうでしょ?」
「まあ、ヴェルヴァさんや他の人たちが良いってことなら……」
アランはそこまで言って、急に話すのを辞める。アランに頭に、一つの疑問が浮かんだ。
「あれ、女神様、他の人にも見えてたんですか?」
「あ、言ってなかったっけ。姿を見せないってことでもいいんだけど、そうしちゃうと、アランが独り言話してるみたいになるし、例えば、私が何か物を持っていたら、宙に浮いて見えちゃうでしょ? だから、一応姿を見せることにしてたんだ~」
「そ、そうなんですね……ちなみに、神様だって気づかれたりは……」
「したよ。あのヴェルヴァさんにだけね。一応黙っておいて欲しいって伝えておいたから、大丈夫だとは思うけど」
「それ、神様的には大丈夫なのですか……?」
「まあ、あの人神生だったし、別に問題ないかな~って」
アランの頭に衝撃が走った。あの老婆が世界に数人しかいない神生であるということ。そして女神がだいぶ適当であるということにだ。正直、こんな女神がいると知られれば、人間の紙に対する評価はだだ下がりだ。ほとんど人間と変わりないではないかと、神を信仰する者たちは驚いてしまうだろう。
「まあ大丈夫だと思うな。別にバレたところで、作り話程度に思われるだけだしね」
そんな何気ない話をしながら、アランは歩く。かれこれ一時間近くたっただろうか。コッピロックの周りは砂漠とまではいかないが、草花が育ちに悔い環境である。川も流れていないため、水の確保は困難だ。アラン達は前もって水の準備はしていたが、もししていなかったら、かなり大変な旅になるだろう。
「それにしても、景色が変わりませんね……」
代り映えしない景色に、嫌気がさしてきたのか、アランはその場に腰を降ろした。水を少し飲み、アランは考える。水が体全体に染み込み、思考が洗礼されていくのを感じていた。何か他に移動手段はないのか。そう考えていた。そういえば、過去にデイヤが空を飛んでいたのを思い出した。
「女神様、空ってどうすれば飛べますかね?」
こんな幼稚な質問を女神にする。女神はすぐに答える。
「風魔法の操作で飛べるけど、かなり危ないみたいだよ。練習をかなりしないといけないらし……」
女神が説明をしている最中、アランは女神の前から姿を消していた。女神はなんとなくアランがどこにいるのか、分かっていた。やれやれと肩を落とすと、女神は上を見上げた。
「あ、本当だ! いけました!」
「……私って必要なのかな?」
アランはどうやら、強大な魔力以外にも、とてつもない才能を持ち合わせているようだった。
* * *
「ここが、ラニーヤスですか。なんか、普通の街ですね」
アランが飛行技術を取得して数10分後、アラン達はラニーヤスに到着していた。
「昼間は。ね。例えばだけど、あそこの家見てよ。あとそことか」
女神は周りの家を指さす。その先には、窓が一つもない、違和感を感じる家がいくつも立っていた。
「あそこで奴隷を管理してるんだろうね……それにしても、隠してるのかわからないね」
「それじゃあ、早速……」
アランはそう言うと、魔術を使用する準備に入った。「シュウゥ……」とアランの周りに不自然な風が流れ始める……
「ちょちょ、やめやめ! なんの下準備もせずに始めちゃダメ!」
女神がそう言うと、アランの周りを流れていた不自然な風が消える。
「とりあえず、まずは宿の確保。そのあと街の調査をして、作戦を練って、それからだよ!」
「あ、そうでした……すみません。早く助け出したくて……」
アランは少し悲しそうにしながら、女神の目を見ていた。
「気持ちはわかるよ……こうしている間にも、奴隷は暴力を受けたり、過酷な調教を受けてるかもしれない。でも、ちゃんと考えておかないと、ちゃんと助け出せない。さっき街の案内板で、宿の場所はわかってるから、とりあえず宿を借りに行こ」
アランは頷き、女神について行った。女神は気づく、少年の手が今まで以上に強く握られ、震えていることに。しかし、少年は気づいていなかった。無意識的にそうしていたのだ。自分ではいたって普通だと思っているのだろうが、少年の心の中は、怒りだけが漂っていた。少年は酪農家の育ちであった。酪農家は身分的に、そこまで高くなかったので、その事でいじめられることがなんどかあった。しかし、それでも大抵の人間が、アラン達を見下すことは無かった。そんな環境で育ったからこそ、この状況で抑えられそうにない怒りを感じてしまったのだ。アランのこの怒りは、少なくとも、今回の目的が達成されるまで収まることはないだろう。