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確定された未来

 木々が日の光を隠すかのように辺りに立ち尽くしている薄暗い森に、二人の男女が談笑をしている声が森の空気中に溶ける。薄暗い森を照らすのは、松明などの火ではなく、少女から放たれる神々しい光。眩しいくらいのはずなのに、全く眩しいと感じない、神秘的でどこか奇妙な光。

「女神様、これから僕はどうすればよいのでしょうか?」

 女神との交渉に応じたアランの頭の中には、女神の言葉が渦を巻いていた。三年後に起こるとされている自身ともう一人の女神の接触による世界の崩壊の回避という、具体的な目的を提示されたとしても、どのような行動を取ればよいのか、さながら未知の世界の話にアランの困惑は収まらなかった。

「どうするって、それは……あーその……」

 女神はアランの目を見ぬようにと顔を逸らし、しばし目を泳がせた後、何かを誤魔化すように笑う。

「もしかして、何も考え――」

「そそ、そんな訳ないでしょ! そうだな、えと、とりあえずまずは森をでよっか!」

 女神は少年の目から逃げておいて正解だと思った。女神の答えに、少年は不信感を視線に混ぜ合わせ、女神の心へ突き刺すように鋭く見つめていた。視線を合わせていたらショックでその場で動けなくなっていたかもしれない。

「それで? 森を出たらどうするんです?」

「そしたらその、街で寝泊まり出来るところを……」

 確保して、どうするのか。少年は女神をじわりじわりと追いつめていく、女神は自身が崖から落とされそうになっているような気がして足が竦むのを感じていた。

「いやあ、そのえっと、とりあえず保留ってことで……」

「わかりました、僕が考えてみます」

 女神は自身の足が地に付いていない事に気が付き、その場にへたり込む。女神は敗北した。しかし、そんな事を気にも留めないアランは、口に手を当て、眉間をほんの少しだけ寄せると、目を瞑る。それは休息をとる為ではなく、自身が十五年の歳月をかけて育て上げた脳を、未知の世界の話について本気で向きあわせる為だった。辺りには女神が私なんてとその神々しさとは真逆の暗い言葉をぽろぽろと降らせている中、アランは考える。予想外という別の世界の中を、搔き分けるように、答えを探し回る。見つからない。まだ見つからない。次は高い所から見下ろすように探す。見つからない。アランはそこで一度考えるのを止める。見つかった。自身の真後ろ。ずっと後ろに張り付いていた。自分の存在は何か、そして自分が本来やるべきことを、たった今思いだした。

「冒険者として、魔族討伐に励みます。多分ですが、三年後に確定された未来が、世界の崩壊でもそれの阻止でも、僕が存在していなければ達成できない」

 三年後の世界の崩壊は確定された未来。その阻止が成功してもしなくても、アランの生存は未来で確定している。だからこそ、どれだけの危険を犯そうと死ぬことは無い。それなら、命がけの冒険者をすることで自身は死ぬことなく、その三年までに世界を少しでも救う事が出来る。

「もしそうだとするなら、その命を世界の為に役立てたい、ついでに僕自身も訓練や実戦で力を強めて、阻止の成功率を可能な限り上げる……どうでしょう?」

 自身が聞耳しただけでの情報だけでの判断なので、きっと間違っているだろうとアランは思っていた。しかし、アランはこれからの事を決めるのが目的ではない。無から有を生み出すことはとても大変だ。しかし、何か一つでも有を生み出せば、そこから更に有を生み出すのは容易だ。女神に有を与えることで、自身の考えを否定し別の案を提示してくれるか、そこにたどり着くためのヒントが得られるはずだ。そうじゃなくても、そうしようと賛同してくれれば、それでこの場は何とかできる。

「なるほどね、まさか未来を逆手に取って利用するなんてこと考えるなんて……君凄いね……」

 アランの予想は的中した。先ほどまで肩を落とし、何かを呟いていた女神を動かすことに成功した。とりあえず、これからどうするか? という問題は解決した。

「でもね、君の生存は確定されていると決まったわけじゃない。だからもし、冒険者として三年を過ごすのであれば、しっかりと訓練をすることと、ちゃんと仲間を作る事。君の本来の力はとてつもなく強いけれど、決してその力に自惚れたらダメだよ?」

 女神は人差し指をぴんと立て、小さい頃から一緒に居た幼なじみの女の子が叱るように言った。それを見たアランはクスリと笑い、先程とは大違いですね、と笑いを交えながら女神に言う。女神は頬を膨らませ、自身の美しい碧色の瞳を潤かせる。

「冗談ですよ。そんな顔しないでください、美しいお顔が崩れてますよ」

「うつ……もも、もう! あんまり神様で遊ばない方がいいと思うよ!」

 女神は恥ずかしそうに、そしてどこか嬉しそうに、焦点の合わない目を必死に少年に合わせようとする。



 * * *



 アランが去ってから数日が経過したジェネクトリア王国は、いつも通り、朝を迎え、昼を味わい夜へ向かう。筈だった。


 死の厄災。


 ジェネクトリア王国やその周辺の地域に古くから伝わる伝説である。それが訪れた時、全ての建造物は破壊され、全ての生物は死に絶え、大地は殺されるというものだ。具体的に何が原因かはハッキリしていなく、それが遠い昔に滅んだ竜族の生き残りによる仕業であると言う物も居れば、地震と台風が同時に訪れた時の名称であるという者もいる。

 しかし、誰一人として、死の厄災が単なる噂、御伽噺であるとは言わないのだ。

「ジェネクトリアの崩壊は世界の始まりを意味する」

 これは二百年ほど前の思想家、ルドルフィル・サヴィオが死の直前に言った言葉である。彼の最期の言葉は、二百年後現代でも、ジェネクトリア国民から畏れられている。世界の始まりの真の意味はよく分かっていない。しかし、そこは問題ではない。この世界で最も優れた勇者を生み、そして経済に貢献しているジェネクトリアの崩壊が問題なのだ。この一国が滅んだだけで、その周辺地域はもちろん、魔族討伐へかなり支障が出てしまうのである。ジェネクトリアの崩壊は世界に歪みを生じさせる。世界は始まるどころか、破滅へと誘われてしまうのだ。ルドルフィルの始まりという言葉には、終わりの始まりという意味や、魔族による世界の支配の進行が進む為、魔族にとっての始まりという意味ではないかなど、様々な考察をされている。

 あちこちから聞こえる悲鳴と避難誘導の声、そして夜であるはずなのに明るい王都、ジェネクトリアは炎に包まれていた。その炎は聖なる生命の炎ではない。命を焼き尽くし、全てを殺す、絶望の炎。

「いや、絶望その物ってところか……?」

 レペアートの額から汗が頬を目指してするすると進んでいく。やがて汗は地へと落ち、数秒後に蒸発した。その汗の主成分は焦りではなかった。レペアートはやれやれと呟くと、急ぎ足で王国の中心部へと向かっていく。そこへ一人の兵士が、レペアートの足音を打ち消す勢いでやってくる。

「レペアート様! 只今国民及び、貴族、国王家全員の避難を完了いたしました!」

「了解。では騎士全員をこちらに回せ。と言いたいところだが、お前たちも避難しろ。人は足りている。ここで無駄な命の消費はしていられない」

 レペアートは騎士にそういうと、背中を向けて王国の中心部へと急ぎ足で向かう。

「しかし、ここは我々が守る使命を課された場所です! そこがこんなになってるんです。逃げれるわけが――」

「命令だ。従え」

 王国を囲む絶望の炎に負けじと、一人の人間から放たれた勇気の火種が燃え揺らぐ。しかし、レペアートはそこに冷たい水をどじゃあとかけ、消化するような冷たい言葉で返す。

「……私は貴方様より無力な人間です。しかし、そんな私にでも、国王陛下は、この国は使命を下さった。国を護ってくれと……私は、この国を守るために行き、守り通して死にます」

 騎士はそう言って、レペアートを追い越そうと早歩きをする。しかしレペアートはそれを許さなかった。騎士の屈強な背を思い切り掴み、足を止めろと冷たく呟いた。

「その使命を守りたいなら命令に従え」

 レペアートの支離滅裂なその言葉に、騎士に溜まっていた何かが爆発する。レペアートの手を思い切り振りほどくと、騎士は巨人が唸るようにレペアートへ自身の想いを叫ぶ。

「何を言ってるんです! この炎を止めることが――」

「この火は俺の命を使えば完全に止めれんだ。俺が死んだら、次この国を、この世界を守る奴がいなくなるだろ。席が空くんだ。その席に座るべき人間がここで死んだら、どーすんだよ」

 レペアートは次の人間にそう言うと、自分の名誉騎士の称号を、金色の鞘に納められた剣を、丁寧に前に差し出す。そのレペアートの行動に、騎士は、選ばれた者は、無意識的に自身の状況を理解し、その称号に触れた。

「お前、名前は?」

「……ダーレ・エスぺーランサです」

 レペアートはその名前を記憶の中に刻み、頷くと、自身の全てをダーレへと渡す。

「ダーレ、この炎は絶望の炎ではなく、名誉騎士誕生を祝う祝福の炎であることを忘れるな。こんな盛大に祝ってもらえるお前は、幸せすぎると思え。いいな?」

 称号が炎に消されてしまう前に脱出しろとレペアートは言うと、名誉騎士に背中を向け、先程とは違い、走り去って行った。名誉騎士はその光景に、目がしらを熱くした。しかし、決して涙は流さない。名誉騎士はレペアートが向かっていってのと真逆の方へと、走り去っていった。炎はどんどん勢いを増している。しかし、その炎に、ダーレは決して臆しない。彼は名誉騎士である。この程度の絶望にいちいち足を止めている暇はない。彼は、これから世界とジェネクトリア王国を守り続けなくてはいけないのだから。



 * * *



 レペアートが中心部に到着するころには、もう既に準備は出来ていた。

「遅いわよ」

 デイヤがいつにもまして不機嫌そうに、レペアートを見つめている。

「すまねえな。本が燃えて消えちまう前に、読んどきたくてな」

「そうか、読めてよかったな。元名誉騎士さん」

 レペアートのおちゃらけた嘘を見透かしたかのように、何かを地面に刻みこみながら、すぐそばにいたテメットが言う。

「そんで、火を消す為に必要な火の強さは? 腕一本分くらいか?」

「そうだな。これで30回目くらいだし、覚えていて当然か?」

 テメットは地面に何かを刻むのを辞めると自身の肌を短刀で傷つけ、何かのが刻まれている地面に自身の血を垂らした。

「アグニヴィエグニズヴィルホープナラヴァノティアヴァラヴィレ……」

 テメットは人間が使用していない謎の言語をぼそぼそと呟く、すると、刻まれていた何かが赤く光り始める。

「お前魔法陣描くの上手くなってんなあ。イラストレーターにでもなったらいいんじゃねえの? 進路は美大で決定だな」

 レペアートも人間が使用していない言語を織り交ぜながらテメットと談笑する。

「そうだな。やってみるのもありかもな……さてと」

 テメットが自身の胸の前で手を組み、目を瞑った。それを見たレペアートとデイヤはテメットから離れる。少しして、テメットが目を開くと、レペアートに出来たぞ、と、魔法陣の真ん中に置いてあったマッチ箱を取り、火をつけた。マッチ棒はブワッと勢いよく火を吐き出す。その火はレペアートの顔よりも大きなものだった。それは到底、マッチ棒の火力とは思えない。

「これがここ全部の炎の代わりね……随分とちっちぇなあ」

 レペアートはそういうと、火に腕を当て、マッチ棒から火を自身の腕へ移そうと試みる。

「うがあッ……」

 ギリギリと歯を食いしばりながら、火を全て自分の左腕に移しきる。完全にマッチから分断したのを確認すると、レペアートは目を瞑り、何かを唱え始める。

「炎よ、炎よ。お前は生命を殺す絶望ではない。生命を与える希望である。その怒りを、恨みを即刻鎮めたまえ……」

 何かを詠唱し終えたレペアートは、炎がまとわりついている自身の左腕を大きく振り下ろした。すると一瞬にしてレペアートにまとわりついていた炎が消え去り、レペアートの腐敗し始めた皮膚が顔を出した。それと同時に、ジェネクトリア王国を包んでいた絶望の炎が消えていく。

「そういや、今回の火の原因ってなんだ?」

 自身の左腕などどうでもいいといった様子で、レペアートはデイヤに聞く。

「わかってるでしょ。自然発火よ。突然炎が現れて国中を包み込んだ」

「ほんと、カミサマってのはずるい人間だぜ。全くよ」

 レペアートは腐敗した腕をテメットの持っていた短刀で切り落とすと、その腕をデイヤに向けてからかい始めた。

「まあ、その神の力で炎を止めたんだけどな」

 テメットは自身の両掌を見つめ、目を細めながらそう言った。

「ほんと、神生(かんいき)さまさまだな」

 デイヤに向けていた左腕をぽいと投げ捨てると、レペアートは忘れてた! と焦りながら、切り落とした左腕の断面をから流れる大量の血液を止めるために止血し始めた。デイヤは先程の炎で崩壊した建物群を見つめながら、何かをつぶやいた。

「確定されている未来程恐ろしいものはないわね……」


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