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自称女神の変態少女(ルシフェリオン)

「そんで、そんなお前を連れて戦えるほど、俺たちも余裕がねえんだ」

 レペアートの言葉が部屋中に響いた。そして響き渡りながらも、アランの何もない心を更に抉り取る。元々空っぽだったアランの心から取れるものは何もないのに。

「ローリエ、除名手続きは?」

「既に済ませておきました~」

 仲間との別れを目の当たりにしているのにもかかわらず、涼しげな顔で話しているローリエとテメットの姿を見て、アランは怒りを感じることも、悲しみを感じることもなかった。何も感じなかった。終わってしまったということだけが、アランの脳から体全体に伝わった。あの頭痛がする。頭が割れそうなほどの激痛。いつも蹲って唸ることしか出来ないのに、何故か今は普通に立っていられた。そしてアランは理解した。この痛みはきっとストレスなどの類であるのだと。そしてアランは思った。この頭痛の症状がで始めてから、自身の魔力が排水溝に流れる水のように、どんどん消えて行った事、そして、その頭痛の原因がストレスであるなら、そのストレスの原因は何なのか。アランの何もない心に、レペアート達の名前が浮かんだ。

「同じ仲間だと思えたのに、残念ね」

 デイヤは少しも悔やむ様子など見せずに、そう呟いた。デイヤはアランが一番世話になった人物だった。同じ魔術師、同じ無詠唱という才能、アランはデイヤが引き留めてくれるであろうと、本当に少しだけ期待していた。しかし、それは……それは……

 痛みがどんどん酷くなっていく、空だった心に何かドロドロしたものが注がれていく。

「そんなわけで……残念だが、お前はうちには要らねえんだ」

「でも……どうして!」

 この一瞬、ほんの少しだけ、アランは自分の空っぽだった心に感情のスープを注がれたような気がした。しかし、それはレペアートのあの言葉に自我を保たせる為か、すぐに飲み干され、また空っぽになる。

「往生際が悪いな。無能だから捨てるっつってんだよ。言わせんな無能が」

 アランはその場に崩れこむ込むは無かったが、気を失いそうな感覚に襲われていた。意識ははっきりしているはずだった。はっきりしていたからこそ、レペアートの鋭い剣のような言葉が痛かった。冷たかった。

「病気だろうが関係ないのさ。俺らも命かけてるし、信頼だってある。仕事でやってんだ……こっちも」

 レペアートは俯いていた。アランとの別れは悲しかったのだろうか。本来はこうして冷たく、無残に殺すように別れを切り出すのではなく、仲間として、親友として共に時に笑い時に泣き、時に苦しみを分かち合う、ありきたりだがそれでもとても幸せで、最高な日々を送りたかった。レペアートは俯いていて見えなかった顔を、アランに見せるように顔を上げる。

「さぁ、早く出ていけ。俺達は暇じゃねえんだ」

 無かった。そこには。そんなありきたりな幸せを望んでいたような思いも、名残惜しさも、愛も友情も。あるのは冷酷な瞳と、そこに映し出された自分の姿だけだった。それを見ることもなく、アランは部屋を出て行った。白く、洒落た装飾が施された扉がギギ……という軋んだ音一つ立てずに、滑らかに開き、そして閉じる。重くもないのに、アランは扉を押し退けるように力いっぱいに開いた。扉はまるで、この空間からアランを逃がさないようにと遮っているようだった。扉が閉まるのと同時に、アランの中の何かが、スッと消えて行った――


 目を醒ます。目を開けた途端に広がる緑。森の中だった。アランは思い出す。そのあと城を出て、国のすぐそばにある、ドドスゥンイーロの森へと歩いて行った事、そこで痛みのショックからか、気を失ったこと。そして、全てを失った事。アランはいっその事、この森の奥で心中してしまおうと考えていた。

「……きて」

 声がする。付近に人がいるのだろう。その声は女性のものだった。とても綺麗な声、アランの心を潤すような、透き通った水のような声。

「あ……きて」

「こんなところに人が何をしに……」

 ドドスゥンイーロの森は冒険者も一般人も近寄らなかった。生き物も生息していないし、花も咲いていない。ただ木々があちこちに置かれているように立っているだけ。木の実も生えない、きのこ類も薬草もない、本当に何もない。ただの、木々の集まり。近辺に別の森がある為、わざわざここに来るのは、相当の物好きだけだろう。

「あ、こ……きて」

 アランは違和感を覚えた。何かがおかしい。

「あら、こ……きて」

 気づけない。まだ気づけない。

「アラン、こっちへ来て」

 気づいた。声が鮮明に聞こえて、ようやく気付いた。声の主が何を言っているのか徐々にはっきりしてきている。しかし、声は近くなることも、遠くなることもない。音が大きくなることも、小さくなることも。時計の秒針のように、声量も声の距離も一定だった。なのにどうして何故、声が鮮明になってきているのか?アランがそう感じた時だった。

「説明すると長くなる……早くこっちへ」

 声がアランの心をのぞき込んでいるようだった。森の木々達が恐怖を煽っている。先ほどまで吹いていた風がピタッと止まるのを感じる。とく、とくと心音が聞こえ、それはどんどん大きくなり、心臓が動くたびに吐き気がした。なのに……

「さあ、アラン、こっちへ」

 アランは辺りを見渡した。しかし、誰もそこにはいない。

「……こないならこっちから行くよ?」

 なのに、アランはどこか、その声に安心を感じていた。何故なのかは分からなかった。聞いたこともない、どこから聞こえるのか、誰が発しているのか、分からないは怖いものだと父が言っていたのを思い出す。じゃあこの声は、本当は知っているのか? いや知らない。なのに何故――

「神様だからだよ!」

 アランの目の前が真っ白になる。意識が朦朧としているわけでも、何かショックを受けたわけでもない。発光だ。目の前が真っ白になり、周りの緑を消し去ってしまうような光。こんなにも強い光に対して、アランは目を開けたままだった。目が完全に焼かれてしまったのではない。この世界には重力があり、その重力の方向に、物質は吸い寄せられるというのを、訓練生の頃に毎日通っていた図書館の一冊に書かれていたのを覚えている。あたりまえ、常識の話。光は強ければ強いほど眩しい、これも当たり前。なのに眩しくない。まったくもってこれしきも。何故なのか。アランが自身が得てきた知識を最大まで利用して答えを導こうとする、が――

「だからぁ! 神様だからだよ! 何度も言わせないでよね」

 そんな時間も与えずに、求めてもないのに答えは返ってきた。

「ん? 自分で考えたかったかな? でも残念、この世界の全てを知ったとしても無理だよ」

 徐々にアランの視界に白以外の色が見えてくる。アランの目の前には、綺麗な白みがかった肌色と、綺麗な黒が映っていた。それは美しく、どこか女の子の健気さを感じさせる声の主の色だった。綺麗な純白の肌、透き通るような、何かと交じったらすぐさま消えてしまいそうな儚さを感じさせる長い黒髪。全裸の女性が、アランの絶望に固められ、光を失った瞳を、今にも光が溢れ出してきそうな、空色の瞳が、上目遣いで覗いていた。

「貴女は……一体?」

 第二次成長期を迎えている十五の少年は、目の前の光景を見て感じたもの、それはとても細い体に対して大きい腿と臀部、そして豊満な胸部、とてつもなく美しい顔の、まるで人ではないような美しさの、自分と同じくらいの少女が全裸で、自分を見つめている事に対しての性的興奮やその類の感情などでは無かった。ただ、目の前の人は誰だろう。それだけだった。その疑問に目の前の少女はまたかと顔を膨れさせていた。この少女も、同じくらいの歳の異性が自身の大切な体の全てを見せていることに、何の恥じらいも見せなかった。隠すものは何もない。布一枚となければ、光で一部が隠されてもいない。

「だから、神様だって! ほら、君の愛読書の一つ、辞書とか、秘術の研究資料とか、人類の歴史にも乗ってるでしょ!」

 アランの疑問は解決したが、それでも納得できるようなものでは無かった。アランの愛読書の人類の歴史や、神学の本には、人間が神の姿や干渉は絶対に出来ないと書いてあった。姿を見れるのは、神生(かんいき)と呼ばれる、一部の人間だけだ。アランはその神生などとは程遠い、ただの田舎育ちの少年だった。なのに何故、アランのその疑問を、待っていたかのように、自称女神の変態は答える。

「それは君が神の血が入ったトクベツな人間だからで……おっと、自己紹介してなかったね! 私は絶望という世界の穢れを打ち消す神、女神ルシフェリオン!」

 神学についての書物をある程度読み漁ったことのあるアランはその名前を知っていた。神学は著者によって書いてあることがバラバラで、神が司っているものが違ったり、神と人間の誕生についてなどの人と神の歴史の情報がバラバラなのだ、例えば、有名な神学学者のユリラ・アギルソフの著書、「神とひとと」によると、神は知能を持つ生物を作るべく、知恵の神に作らせた知恵を持つ塊に、生命の神が血を注いだことで生まれたのが人間だと書いてある。また、ドヴェルヴォルブ出身の芸術家、ジャルムストンの「嘘のような本当の神話」によると、神はその辺の木の実から人間を作ったと記されている。そんな人や出身地でバラバラな神についての御伽話(ほんとうのこと)達だったが、ルシフェリオンという神についての記述は、どの書物も、共通していたのだ。


 希望を喰らいつくし、世界を終局に導く、破滅と滅亡を司る女神。その性格はその行為とは裏腹に、心優しく、そしてとても健気で、少女の見た目をしている。その髪は空のように青く、瞳は宇宙のように黒い。


 少年の目に、その少女は、哀れに見えてきた。アランほどの歳になると、性別問わず、自身をやれ神だだの、やれ悪魔だのと、本気で思ってしまう者がいるとマウクトゥエインの「少年少女の精神発達」記されていた。そこに、そういった際はそっとしておくのが一番であると書かれていたので、アランは何も言わないようにと思った。

「君、その名前だけは周囲に言わないほうがいいと思うよ」

 この一言以外は。アランはこの見ず知らずの、森で裸になって走り回っている少女が、絶望の神の名前を口にした際に、本気で信じて殺しに掛かる人間がいるかもしれないと心配だったのだ。

「あのさ、君、今口に出せないくらい失礼なこと考えてるよね?」

 少女は先程から、全てを見透かしていたようだった。

「まあそんな事は置いといて、アラン・ヒルヴァベルくん。まずは君に謝らないといけないことがあるんだ」

 アランは少しだけ、少女が本当に神なのではないか、と考えていた。あの謎の光、声、そして自身の名前とよく読んでいた本の名称、何故見ず知らずの少女が知っているのか、分からなかった。しかし、神が自分に見えるわけがない。もしかしたら、と、アランの脳に一つの答えが過る、アランが所属していた冒険者パーティは知名度と人気がとても高く、この近辺では知らないものはいない。そこにアランは数か月ほどだが所属していたわけだ。そこから導き出されたのは――

「もしかして、君僕をつきまとってる……」

 ストーカー。アランが導き出した答えはそれだった。それを聞いた少女は、白く美しい顔に赤色を着け、神と自称している癖に、そんなものを一切見せない、女の子のような口ぶりで怒り出す。

「そんな訳ないでしょ! 何考えてるの! 私は神様で、世界の崩壊を止めに来たんだよ!」

 アランの頭が、今の一言で、動くのを辞めた。そして、その言葉が、頭にこれでもかと入ってくる。

「世界の崩壊……?」

「そう、女神ルシフェリオンと神の代用品(クローン)、アラン・ヒルヴァベルによる世界の崩壊と生命の滅亡、魔族の王の生誕祭(アルマゲドン)の阻止。それを止めるために、時空を超えてまでここに来たの!」

 自称女神の(容姿は女神のようだが)変態少女のその言葉に、アランは吹き出しそうに

 なることもなく、そして今のこの状況に、何も感じずにただ自称女神の変態少女(ルシフェリオン)の話を聞いている。本当に、何もなく。

「……ん~?」

 そんなアランを見た自称女神はアランの右腕を取り、手を顔に近づけじっと見つめる。アランの二の腕に自身の胸部が当たっていることなど気にも留めていない様子だった。

「これ、どこで手に入れたの?」

 女神はアラン右手首に付いている腕輪を指さしていた。

「それは……」

 大切な人からの貰い物です。そう言おうとした瞬間に、アランの脳が、口を止めるよう指示を送る。そして、思い出させる。大切な人の事を。




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