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落ちて、墜ちて、堕ちる



「残念だが、お前はうちに要らねえんだ」

王国の城内の一室に、男の低い声が響いた。その冷たい声は一人の少年を刺す為の言葉だった。少年は自身の胸に刺さったそれを見つめるように俯き、そしてどうしてと疑問を抱いているような表情で、顔を上げた。少年は、男の顔を見つめる。男は本気だった。さあ、とっととここから消えろ。少年は男にそう言われたような気がした。

「でも……そんな!」

少年は納得が出来なかった。理由もなくここからいなくなれと言われて、納得なんてできるはずがない。そんな少年の言葉に、男はやれやれと首を傾げ、一室にいた他の男女の方へと目をやった。



* * *



ジェネクトリア王国。軍事においても資源量においても世界トップクラスの数字を数百年と叩きだしており、他の国からもとても信頼されており、国民の裕福度も非常に高い、世界で最も幸せな国。その国には冒険者と呼ばれる、主に魔族の討伐と、それに占領された地域の奪還の為に闘う事を生業とする人々が国民の5割を占めている。理由は単純で、ジェネクトリアは冒険者を育成する為の学校や、冒険者ギルドと呼ばれる、冒険者同士でグループを作り、戦場での危険を互いに支えあうことで減少させる事や、組織としての活動を支援する為の機関の多さ、そして何より、勇者伝説に記されている勇者達の出身地であるからだ。

そんな冒険者の国に、今日も、一人の少年が、冒険者の世界へと足を踏み入れるのだった。

「すっごいなあ……!」

少年は門を抜けた景色に感銘を受けた。高さ十数メートルある建物たちとそこを行き来する人々、整備された綺麗な石造りの地面、そして何より、そんな一つ一つの素晴らしい光景以上に目立つジェネクトリア城。少年は生まれてから一度たりとも、こんな景色は見たことがなかった。少年は田舎の出で、牧場経営しているありふれた酪農家の息子だ。この光景と少年が生まれ育った村では天地の隔たりがある。

暫くその景色に見とれていると、少年は突然、何かに全身を打った時のような衝撃を感じた。思わず声を上げる。少年はここに来た目的を、自身の人生の目標を思い出した。

「冒険者に、なるんだ!」

そう言って、少年は走る。とにかく走る。


* * *


「お名前は?」

「アラン・ヒルヴァベルです」

黒縁の眼鏡に緑色のリボン、制服を着た茶髪の女性は、如何にも田舎者といった風貌のパッとしない少年の真剣な表情を見てバカにするように笑った。

「あははは! 冗談はよしてください。その名前は使えませんよ」

その少年、アランには理解できなかった。アランという名前が使えない。何を言っているのか、何故笑っているのか、アランは本当に、理解できなかった。冗談じゃないです、とアランは女性に少し苛立ちを感じながらも、それを表に出さないようにと、微笑みながら言う。それを見た女性は更に笑い、冒険者の名前や依頼などが書かれているであろう書類が雑に置いてある机をバンバンと叩く、机の上に置かれていた紙が衝撃で少し飛び、ひらひらと舞った。その様子を、近くに座っていた冒険者達が見ていた。

「アランって……くく、貴方のお母さんは非常識ですね! ふふ、くひひひ……それ、絶対に人の名前に付けちゃいけないんですよ」

女性は抑えきれず、今にも爆発しそうな笑いを堪えながら言う。しばらく女性は前かがみになったまま震えていた。女性は腹を抑え、息を荒げていた。顔は見えないが、きっと真っ赤にしている事だろう。一見淫らに見えるが、そんな感情は湧かなかった。女性はただ、バカにしているだけなのだから。

それから少しして、女性は震えと死んでしまいそうな程の笑いが収まったらしく、顔を上げ、とにかく無理なんです。と言い、アランを追い返してしまった。もう一度説得しようにも、きっと相手にもなってくれないだろう。そう思ったアランは、建物を出ると、落ち込んでいますと言わんばかりに、下を向きながら、はあっと大きなため息を、先程の怒りと共に吐きだした。

「冒険者登録がしたいのか?」

先程アランが出て行った冒険者ギルドの扉が開くと、一人の男が出てきて、優しくアランにそう言った。その男はジェネクトリア王国の紋章が刻まれた胸当てとグリーヴとを身に着けており、金色の美しい鞘を背中に背負っていた。その鎧を見たアランはすぐに分かった。

「王家の……」

アランは思わず膝を地面に着け、深く礼をした。アランは事前に知識は得ていた。王家直属の騎士は、鎧に国の紋章が入っているのですぐに分かるということ、そして、鞘の色は階級を表しており、金色の鞘は――

「博学だなあ。いかにも。王家直属の騎士団所属にして、冒険者、そして名誉騎士の称号を持った――」

男が自己紹介するよりも先に、アランが口を開く。

「国内最強で最年少の冒険者! レペアート・アルバローズさん!」

「よく知ってるなあ! そう俺があの――」

またしてもレペアートの話をアランが剣で斬りつけるようにザグッと切ると、まるで巨大な魔法陣から数多の魔法が飛び出し、大地を荒地にしてしまうような、そんな勢いで話し始める。

「暗黒と呼ばれたとてつもない力を持った魔族達が納めているサグリャ二ハラ大陸をたった四人で奪還し、その後大陸を魔族に穢される前の状態に完璧に修復して、その報酬金を全額貧困に見舞われた国に寄付した、優しき最強の二つ名を持っているあのレペアートさん⁉」

話の途中からレペアートはアランの神の雷に匹敵するであろう説明に、ぐったりしていた。ある意味で、こいつには勝てないとレペアートの頭が察知する。アランはこの瞬間、自身の憧れの存在に、嬉しさとそこからくる興奮で勝利してしまったのだ。

お前凄いな、とレペアートが呟く、ただ立って話を聞いていただけなのに暗黒竜(シャドウドラゴン)を討伐した際の疲労感をレペアートは感じていた。

「ああ……そういえばお前、なんで登録できなかったんだ?」

レペアートは息を切らしながらアランに聞いた。アランは答える。名前が使えない、と。レペアートはそれを聞いて目を細め、空を見ながら何かを考えていた。少ししてレペアートはまたアランの顔を見ると、ある提案をした。それを聞いたアランは目を大きく見開き、まりのようにぽんぽんと飛び跳ねる。周囲の人々がアランを冷たい視線で見つめていた。とても冷たく、どこか蔑んでいるような視線。しかし、アランはそれに気づくことは無かった。アランは、神に感謝するように空を見て笑う。レペアートがアランに提案した事、それは、騎士団に所属し、訓練生を卒業することで冒険者として扱われるので、自分の名前を使って入れてやろう。というものだった。

それからというもの、アランは毎日訓練に勤しんだ。昼は実習、夜は勉強、それを毎日繰り返していた。この世界には魔力というものが存在する。魔力は主に、魔術や魔法を使う際に使用する、体力のようなものである。人によって強さが違い、魔力を持っていないものは魔術はおろか、魔法さえも使用できない。アランは、人類史における最大魔力の記録を塗りつぶした。魔力は訓練や、魔力結晶の接種(ドーピング)によって強くすることが可能である。

しかし、アランは何の訓練もしていない田舎の少年とは思えない魔力量であった。アランはすぐに魔法の基礎、属性魔法をすぐに覚え、その魔法の組み合わせたり、演算を加えることで生まれる魔術をも出せるようになった。更に、本来であれば、魔法を唱える際の詠唱、魔術を使用する際の魔術式の計算をせずに使用できたのだ。数十秒の詠唱による準備や、魔術式の暗記と、それを解くというのが、必要ないのだ。これはとてつもないアドバンテージとなる。魔法は無詠唱できずとも十数秒程度で唱えられるため大したことは無いが、魔術は事前に式を解かなくてはいけないし、何より位置関係や時間で解が変わる為、魔術を極めた者、賢者たちでさえ二分はかかる。それを何の訓練もしていないアランが、一秒にも満たないうちに、使用できてしまうのだ。その為、魔術式の暗記も必要ない。一度感覚を掴めば、後は思えば勝手に出る、といった、強大な才能(オーバーパワー)を持っていた。

その結果、アランは早くても四年はかかると言われている魔術訓練校を卒業し、冒険者として周囲から認められ、その後、冒険者パーティと呼ばれる、冒険者同士の小さな組織に所属した。アランは既に、所属するパーティを国から決められていた。ジェネクトリアの最強たちが集う、世界最強と謳われている、暗黒と呼ばれたサグリャ二ハラ大陸をたった四人で奪還した、伝説の冒険者パーティ。

「全く、いくら何でも早すぎよ」

「焦りすぎは良くありませんよ~」

「へえ、話には聞いているよ……」

アランがジェネクトリア城に入った瞬間、三人の男女が予行練習をしたのではと思うような完璧なタイミングで口を開いた、何度も練習し、何度もやり直したような、そんな完璧なタイミングで。

「えっと……?」

アランが首をかしげると、三人はその反応を待っていたかのように、自己紹介を始めた。これも完璧なタイミングだった。

「私は大賢者デイヤ、デイヤ・アルべラフォン。あなたと同じ、無詠唱で魔術を使える、極めし者、よ!」

腰まで届く金髪を靡かせている、背が一番低い少女がそう言うと、立て続けに他の二人も自己紹介をし始める。

「私も貴女と同じ、無詠唱魔術師のローリエ・パストと申します~」

如何にも魔術師らしいオーバーサイズのとんがり帽子とローブ姿の緑髪の女性がそう言うと、今度は白髪の美少年が、テメット・エルサリゴルヴァと名乗り、アランに会釈した。

「おいおい、一気に喋ったら覚えらんねーだろうが」

中央にあった階段から、男が一人、ガシャガシャと金属音を鳴らしながら降りてくる。ジェネクトリアの紋章が刻まれた鎧に名誉勲章でもある金色の鞘、そしてあの強く、優しい笑顔。

「久しぶりだな。……冒険者さん」

「レペアートさん……」

アランはそう呟き、そのまま魂が消えたかのようにその場に固まっていた。しかし、レペアートの一言で、アランの魂が肉体へ戻る。

「しゃらくせー、同い年だろ? さんもくんも要らねえよ。アラン」



――それから、アランは国の為に、世界の為に、命を懸けて、レペアート達(あこがれのそんざい)との冒険者ライフが始まった。



* * *


「魔力……ゼロ?」

アランが冒険者パーティに所属してからちょうど一年の月日が流れた。ここ最近、アランは魔力量がどんどん下がっていき、魔術が使用できなくなっていた。訓練は欠かさなかったし、特に変なモノを口にしたわけでもない。ただ、一つだけ、問題があった。

「突然の頭痛ですか」

小太りの医者は空気が入って膨らんでいるかのような大きい手で自身の柔らかそうな顎に生えたひげを触りながら、アランの顔を見ていた。

「その頭痛の発生と共に著しい魔力の減少ねえ……年を取ると体から魔力が無くなっていくってのがあるけれど、君はまだ十五歳、ありえないね。残念ながら、現在の医学で君を治すことは不可能だね。冒険者を辞めて、商人にでもなるといい。君レベルのお金持ちなら、ざっと四十年は持つだろう」

アランは、医者にありがとうございますと礼をし、そのまま病院を後にした。アランはこのことに、何も感じなかった。感情が無くなったのか、心の中には何もなかった。

「アラン様、レペアート様がお呼びです……」

ぼーっと歩いていると、召使いが、アランに手紙を私にやってくる。アランはそれを手に取ると、無感情で、わかったよ、というと、そのまま城へと歩いて行った。アランの後ろ姿には、絶望が憑りついているように見えた

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