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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第一章 緋色の剣
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アルセ Ⅲ

 翌日、俺たちはひたすら馬を走らせていた。俺は一人で騎乗しているときはとりとめのないことを考えていることが多いが、今回はアルセがすぐ隣を駆けている。何か交渉の役に立つことを聞くか、それでなくとも辺境伯家について聞いておくのがいいだろう。


「ところで、最強と言われる帝国小銃部隊にはどうやって勝ったんだ?」


 噂や伝聞では色々聞いているが、きちんと当事者に話を聞いたことはなかった。するとアルセは少し得意げな顔をして話始める。


「いいことを聞いてくれた。私たちは四月一日、同時に兵を挙げることを約したよね? その日、私たちは帝国に対して挙兵した旨を宣言すると猛然とエクタールに攻め寄せた」


 エクタールというのは辺境伯領の中心地だったところだ。帝国はその地を召し上げて自軍を駐留させていた。


「でも、そのときすでに帝国軍の大半は民衆叛乱で国元に帰っていたから私たちはさしたる抵抗も受けずにエクタールを占領した。残っていた主力も王都の方に行っていたからかな。ただ、帝国東方軍は帝都の護りに帰ろうとしていた兵力をそのまま反転させて私たちの領地に向けた。私たちも帝国軍を粉砕するたびに西進した。帝国軍は少しでも早く叛乱を鎮圧したかったし、私たちは領地の中に侵入を許したくなかった。両軍が急いだ結果、私たちはアルセ川を挟んで向かい合う形になった。ただ、帝国軍の方が少しだけ早かった。四月十五日、帝国軍の先鋒がアルセ川を渡河した。そこで私たちも騎馬兵を選別してキール将軍に与え、先行させた。四月十五日夕刻、渡河したばかりの帝国歩兵と急行した我が軍先鋒が激突」


 ちなみにキールというのは辺境伯の家臣である。弓の名手として知られ、馬上でも百発百中の腕を持っているという。


「すごい遭遇戦だな」

「うん。帝国軍は小銃を並べて連射したけどキール将軍は臆さず突撃。銃弾の中を疾駆してくる騎兵に恐れをなした帝国軍は退却した」

「どう考えてもその流れで帝国軍が退却するのはおかしいと思うんだが」


 普通に考えて疾駆してくる騎兵に対して銃を連射している方が優勢である。例え向かってくる敵のうちの何騎かが弾幕を抜けてきたとしても、少数なら囲んで討ち取ればいい。


「後で聞いた話だけど、帝国兵は自分たちは先鋒しか渡河してないのに、敵は全軍が到着していると思い込んでたみたい。そこで帝国兵は考えた。川沿いの堤防に身を隠して防戦し、後続の兵を待とう、と」

「なるほど」


 急な遭遇戦なら相手の実態が分かるとは限らない。それでたまたま帝国軍が退却したということだろうか。


「帝国兵の退却に乗じてキール将軍は苛烈な追撃戦を行った。ただ、帝国兵は這う這うの体で逃げ帰ったけど堤防を盾に持ち直した。キール将軍も五度に渡る突撃を敢行したけどついに堤防が抜けなかったみたい」

「五度は多くないか?」


 追撃したときに防御を破れなければ、優位な火器と堤防という盾がある以上、それ以上の突撃は無駄な損害を増やすだけではないか。俺はそれを婉曲に表現してみる。

 が、アルセは露ほどもそんなことは思わなかったらしかった。


「そうかな? ただ、その辺りでようやく私たちが到着したから作戦は立て直された。もちろん、相手も増えているし。我が軍は私が率いる歩兵部隊が正面からの突撃を行う。そして騎馬隊は二隊に分かれて川上と川下から堤防を越え、挟撃を試みた。私は弓兵を先頭に出すと、ある程度進軍したところで堤防の向こうの敵兵を狙い撃ちさせた」

「悪い、まったく情景が想像出来ないのだが敵は銃を撃ってこなかったのか?」

「? もちろん撃ってきたけど」

「何で銃を撃ってくる相手に弓で応戦してるんだ?」


 帝国の小銃はこちらが弓を一発射る間に二回は撃てると聞く。どう考えても打ち破れるとは思えない。


「敵は平民の兵士だから臆病で、堤防から身を乗り出さずに撃ってくるから」


 銃が普及した帝国では、貴族の特権を取り上げて平民を徴兵して軍勢を組織した。剣やら弓やらの戦いなら教育を受けた貴族軍が強いが、登場したばかりの銃は熟練者がいない。平民が撃っても貴族が撃っても同じことだった。そのため、帝国では徴兵軍が主流となり、貴族は没落していったと言われる。そういう訳で、猛然と向かってくる辺境伯軍に対して臆してしまい、身を隠しながらの射撃になってしまったのだろう。


「でも待てよ? 堤防に身を隠している相手に対してどうやって弓を当てるんだ?」

「そりゃ弓を上向きにして射れば弧を描くでしょ? だからちょうどいい地点を見つけて、そこから弓を射ればちょうど堤防の向こう側に隠れている兵士に矢の雨が降り注ぐって訳」


 アルセは当然のように言う。


「それはそうだけど、相手の弾丸が降り注ぐ中それをやったのか?」

「もちろん。我が軍は平民と違って弾丸の中でも臆せず狙えるから」

「嘘だろ」


 “救国の軍師”などともてはやされた俺だがアルセの語るこの戦いの風景は俺が知っている戦争の常識とはかけ離れていた。俺の知識では多少の練度の差はあっても弓では小銃に勝てない。ただ、現実として辺境伯軍はアルセ河畔の戦いで帝国軍を破っている。それにアルセにはことさらこの話を誇っている様子はない。あくまで自然体に話している。話を盛ってはいないさそうだ。


「もちろんこっちも被害は出たけどね。そして騎兵隊が迂回したタイミングで突撃。もちろん弓兵隊も剣を抜いて、ね」


 まさかそんな恐ろしい戦術で勝利していたとは。いや、もはや戦術ではなくただのパワープレイだ。“弾丸の雨の中、辺境伯軍は白刃を持って突撃して敵兵を打倒した”という噂を耳にしたときは誇張だと思っていたが、実はそれが真相だったらしい。滅ぼされて離散していた王国軍と比べて辺境伯は領地こそ削られたが一応一つの勢力として力を蓄えていた。そのため王国と辺境伯の軍事力の差はいつの間にか詰まっていた。いや、詰まっているだけならいいが。果たしてこんな集団に帝国との戦いをやめさせることが出来るのだろうか。


「相手の小銃も肉薄しちゃえば大したことないからね。後は混乱する敵軍を一方的に川に追い落とすだけ。この一戦で完敗した敵軍はそれ以降要塞に籠って出てこなくなった」


 アルセの言葉に俺は畏怖の念を覚えた。要するに戦争の常識を集団の武勇で覆してしまったのだ

 こんな集団が、仮に帝国から軍勢が派遣されたとしてそれを恐れて方針を変えたりするのだろうか。俺は今更ながらに自分の判断に恐怖した。とはいえ手紙はもう出してしまった。それに西側で帝国と戦いながら、東側で王国を迎え撃つことはいくら個人の武勇が優れていても出来ないはずである。


「なるほどな。それで王国の命を無視して帝国領への侵攻を続けているのか」

「うん。ここまで勝っちゃったら、その勢いで帝国領を席捲した方がいいでしょ」


 確かに民衆叛乱に苦しむ帝国が緒戦を上回る兵力を投入してくるとは考えづらい。ここまで大勝した以上、その余勢を駆って突撃というのは自然な発想だった。

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