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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第一章 緋色の剣
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アルセ Ⅰ

「また誰か来たのかよ……ってこの方は」


 人影に向かって振り向いた役人は口を開けたまま表情が固まり動かなくなってしまう。そこにいたのは俺が乗る、飛脚用の馬よりも一回り体格がいい名馬。そしてそれに跨る燃えるような赤髪の少女。身に纏うは黒の軍服(とはいえ量産されていた訳ではないので着る者は限られているが)、そして腰には緋色の鞘に包まれた剣。会ったことはなかったがその大剣を見て俺はピンと来た。


「“緋色の剣”アルセ=グランフィールド……」


 彼女は色んな意味で今最も話題の人物、辺境伯ガウゼル=グランフィールドの娘である。確か俺と同じぐらいの年齢だったと思うが、その瞳には見る者を威圧する光が宿り、顔立ちには凛とした美しさがあった。女ながら父の武威を継ぎ、その鞘は戦場で返り血を浴びてもいいように緋色に染めているともっぱらの噂だった。今回の戦いでは初陣ながら大活躍だったと聞く。


「私も意外と有名なんだね。何か揉めているようだけどどうかした?」


 そんな凛とした見た目に反して声は年相応の少女のもので、俺はやや拍子抜けする。


「それがですね、実は……」


 思いもかけない大物の登場にも、すぐに気を取り直して話し始める役人。三度の飯より徴税が大事なのだろう。


「……という言い訳でこいつが納税を拒み、関係ないこの男まで割り込んでくる有様でございます」


 役人は俺のときと打って変わって腰が低くなり、揉み手しながら話す。内容はおおむね先ほどまでのやりとりと同じだったが、言い方がひどかった。先ほどは俺の登場に動揺していたがそれより上と思われる彼女の登場で打って変わって俺の扱いが雑になるのもすごい。それを聞いたアルセはすぐに頷いて髪飾りを外す。


「細かいことは後日王国の偉い人に聞いて解決するとして、今はこれで代わりにしといて」

「ええ“」


 役人は驚愕して髪飾りを見つめる。確かにきれいな石がついていて高価なものに見えた。「でも、金額が足りないのですが……」


 役人はかなり小声で言った。本当に足りないのか、吹っかけているのかは分からないがもし後者ならかなりの大物だろう。するとアルセは役人をギロリと睨みつけた。


「税は金貨換算で何枚?」

「ご、五百枚です」

「この私の髪飾りが金貨五百枚の価値がないって言うの?」


 アルセの声を聞いた俺は当事者でないながらも体が震えるような気すらした。今のアルセにはまるで戦場で刃をまじえているかのような迫力がある。


「そ、そんな……」

「わ、私などのためにありがとうございます!」


 一方の農民は恐縮して額を地面にこすりつけている。確かに彼の立場からすれば望外の恩を受けたと言えるだろう。が、アルセは軽く手を挙げて答えただけだった。


「じゃ、私は急いでるから」


 呆然とする役人をよそにアルセは馬にまたがる。一瞬、俺が困惑していた問題を見事に解決してみせた(冷静に考えると解決はしてないが)彼女を格好いいと思った。俺が憧れている騎士の姿とはかくあるべしとすら思った。やっていることは無茶苦茶だが、俺もこのように格好いい解決とれるようになりたいものだ。が、アルセの姿が小さくなっていくのを見てすぐに我に帰る。感心している場合ではない。


「おい、待てよ」


 俺も慌てて馬に乗る。が、当然のようにアルセは待ってくれない。俺が先を急ぐのと同じぐらい彼女も急いでいるのだろう。確かに彼女の状況を考えるとその気持ちは分かる。だから俺は無言で並走した。少し走ったところでアルセは並走する俺の方を向く。


「私についてくるとはあなた、並みの者じゃないね」

「まあな」

「何? さっきの裁きに文句でもある訳?」


 お互い馬を飛ばしているせいか怒っているような口調だが、彼女の表情は穏やかだった。どちらかというと俺が何を言い出すのか楽しみなのかもしれない。


「いや、どちらかというと王都から脱走したことに文句がある」

「ほう」


 彼女は興味深げに俺を見る。そして値踏みするようにしばしの間俺の全身に視線を行ったり来たりさせた。


「私もいい大人なんだから別にいつ家に帰ったっていいでしょ? それともあなたは追手か何か?」

「追手が来るかもって思ってるってことはやはり自分が家に帰ることの意味が分かってるんだな?」

「全然。私はただ来るべき帝国との会戦に遅れたくないってだけ」


 彼女はまだ見ぬ帝国軍との会戦に思いをはせて心なしか頬を紅潮させている。父である辺境伯も大の戦好きとして知られるが、その血は娘にまで受け継がれているのか。彼女の子供じみた発言も本心からのものに思われた。俺は彼女にどこまで話すべきか考えたが、どうせいつかは話さなければならないことである。

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