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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第一章 緋色の剣
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辺境伯領へ

 実は俺は辺境伯について多くは知らない。当代辺境伯はガウゼル=グランフィールドと言う。王国に古くから使える貴族で、西方に広大な領地と精強な軍勢を持ち、帝国に対する盾となっていた。七年前の帝国の侵攻の折、辺境伯は果敢に抵抗したものの圧倒的な火力の前に敗れた。居城を追われた辺境伯は南方に逃亡してなおも抵抗の構えを示したものの帝国軍は王都へ進軍。国王が死んで王国が崩壊すると降伏した。


 事実だけを述べると薄情にも思えるかもしれないが、所詮国王と貴族は双務的封建関係に過ぎない。国は貴族の領地を保証し、貴族は国のために兵を出す。国が頼むに足らず、と思えば仕える道理はなかった。むしろ王国滅亡までは戦った辺境伯は立派な方ではないか。降伏時に所領はかなり削られたものの、軍勢を縮小することはしなかったらしい。そして七年の雌伏を経て、俺たちとともに挙兵するに至る。


 人柄としては武を好み戦争を好むということは伝え聞いている。帝国の他国への侵略戦争に駆り出されたときもそこまで嫌そうではなかったらしいと聞く。決起直前も、あまり頻繁にやりとりすると怪しまれるという事情から最低限の作戦の打ち合わせに留まっていた。王国再興後も“国境警戒”を理由に姿を見せなかったため、俺は会ったことすらない。


「いくら辺境伯が戦争好きと言っても七年間帝国に従い続ける程度の分別はあるんだよな。だとすれば王国と帝国両方を敵に回すことはないはずだが……王国を侮っているのだろうか」


 俺にはそう思えてならず、嫌な予感が消えることはなかった。


 王都から辺境伯領までは馬でも数日の距離を要する。そして辺境伯領の境から辺境伯の居城があるエクタールまでが一日ほど、さらに一日ほど駆けると国境のアルセ川に到達する。先を急ぎたい気持ちは強かったが、あまり急ぐと馬が潰れてしまう。そのため俺は十分に休息をとりながら西へ向かった。


 あと少しで辺境伯領というところまで来たときである。この辺りは一面に広がる畑で、今は青々とした小麦が実っていた。そんな畑の中にぽつぽつと民家が建っているのだが、その中の一つで身なりのいい男が農民らしき男を殴っているのが見えた。先を急がないと……という思いは強かったが、よく見ると馬が疲れている気がした。


「そうか、お前が休みたいなら仕方ないな。よし、ちょっと休んでろ」


 俺は自分に言い聞かせるように言うと、馬から降りてその現場へ走る。殴っている男は剣を差しているからおそらく役人だろう。再興されたばかりの王国なので、まだ正式にはどこからどこまでを誰が治めるなど決まっておらず、有力な者たちが何となくそれぞれに縁のある地を治めていた。今まで領地を失っていた貴族もいるのだから、役人も適当な人物を選んでいることも多いだろう。それで被害に遭う農民が目の前にいるのは王国の力不足の結果だから何とかしてやらないと、という義憤に俺は駆られた。


「おい、何をしている」


 俺が近づいていくと横柄な顔をした小太りな男は嫌そうに俺を見た。俺は動きやすい服にマントを羽織っただけの旅装だったが、剣を帯びている。一応俺の剣は多少の業物である。男は俺のことを多少は身分のある者だと思ったのだろう、無言で助けを請うてくる農民を指さす。


「こいつが訳の分からない言い訳をして税を納めないんだ」

「言ってみろ」


 すると農民はすがるような目で俺に話しかけてくる。


「私は三日前、この領地を治めるアルター侯爵様に税を納めたばかりでございます」

「何を言う、この領地は我がヨツハイム侯爵家が納めている。そのような言い訳で税を免れようなどと許される訳があるか」

「おい、それは本当のことなのか」


 俺は農民の男の目を見つめる。農民は悲しそうにこちらを見るばかりだった。おそらく彼は本当のことを言っているのだろう。が、役人は勝ち誇ったように言った。


「馬鹿な。俺は最初にそう聞かれたときにアルター侯爵家に問い合わせたがこの辺りで徴税したことはないと言っていたぞ」

「そんな……」


 農民の声が弱々しくなる。厄介なことになってきたな、と俺は頭を抱える。正直可能性が多すぎて見当もつかない。そもそもこの役人の男が嘘をついている場合もあるし、アルター侯爵家も新領地統治で忙しいときに余計な問い合わせが来て適当に答えた可能性がある。

 さらに三日前にこの男から徴税したのがアルター侯爵家の者であるという保証もない。ただの野盗が貴族家を騙った可能性はある。国が再興されたばかりのタイミングで、身なりを整えて紋章や書類を偽造して徴税に来れば容易に判別は出来ない。多少怪しいと思っても一介の農民がそんなことを口に出せば大変なことになる。

 そしてそもそも、この領地から徴税する権利があるのが誰なのかも俺はよく分からない。エリヤなら“今誰々と誰々が所有権を争っていますが一応今のところ誰々に徴税を認めています”などと流暢に答えてくれるかもしれないが、あいにく俺にその辺りのことはよく分からない。俺はこのまま勢いに乗って帝国を滅ぼした方がいいと思っていたが、確かにこんな状況を見るとエリヤが言う通りいったん内政に注力した方がいいのかもしれないと思わなくもない。


「という訳で部外者はとっとと帰ってもらおうか」


 役人風の男は困惑している俺に対して居丈高になる。だがここで帰るぐらいならそもそも首を突っ込まない方がましだった。いっそ俺の身元を明かすか? しかしそのうえで判断を間違えれば単なる恥である。が、きちんと調査すると時間がかかってしまう。ここで時間をかける訳にはいかない。


「まあまあ、とりあえずここは新王国から領地等の詳しい裁定が出るのを待ってはいかがですか?」


 俺が無難なことを言おうとすると、役人は目を吊り上げた。


「何を言う! 一度妥協すればこれから皆同じ台詞で納税を拒むに決まっている! 何も分かっていない部外者は口を挟むな!」


 この農民が嘘をついているとは思えないが、このことが漏れれば悪いやつは同じ台詞で納税を拒もうとするのは確かだった。俺がすべきことは身分を明かしてすぐに問い合わせをすべきことだろう。しかし辺境伯の暴走を止めるという使命もおろそかに出来るものではない。俺が苦悩していると隣に馬が止まった。

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