異変
翌日
「ジーク様、ジーク様! エリヤ様からの使者が来ております!」
翌日、俺は慌ただしいノックの音で目を覚ました。酒を飲んでそのまま寝てしまったこともあり、寝ざめが悪い。さすがにまだ俺の仕事はあるまいと思ってたかをくくり、深酒してしまったのが原因だ。が、エリヤに呼ばれたとあれば起きなければならない。
「分かった、今行く」
俺が呼ばれるということは軍勢が動くということだろうか。やはり帝国の息の根を止める軍が起こされるのだろうか。期待に胸を震わせた俺は素早く服を着替え、ご飯も食べずにエリヤの仮屋敷に向かった。パーティーの疲れは気合で吹き飛ばした。
「兵を出すのか?」
俺は部屋に通されるなりエリヤに尋ねる。エリヤは昨晩以来寝ていないのかひどく憔悴した表情をしている。よく見ると服もドレスのまま着替えていない。
「ジーク、あなたには使者として辺境伯を止めてきてもらうわ」
「は?」
思っていたのと違う用件に俺は戸惑う。
「辺境伯は今回陛下を除けば一番の功労者。それに見合う使者を立てなければならない。しかも武を誇り文を軽視すると聞くから、武勇のある者を送らなければならないわ。だからあなたしかいない」
「そんな訳はないだろう」
俺たちが王軍である以上、将軍とか武将は多数いる。俺の剣の腕は残念ながらさほどでもないし、先の戦いで目覚ましい武功があった訳でもない。が、エリヤの目はやつれながらも真剣であった。まさか俺がそこまで評価されていたとは。
「私がいくら吹聴したとしてもある程度の真実がなければ“救国の軍師”なんて二つ名ははやらないわよ」
エリヤは不眠で働いている。となれば確かに今はこれといった仕事のない俺が頑張らなければならない。
「分かった。それでどういう感じに?」
「詳しいことは追って沙汰するわ。とりあえずこれ以上の戦闘をやめさせることが第一よ」
「分かった。他には?」
「辺境伯がどういうつもりか分からないけど、私は最悪兵を出すつもりだから」
「!」
最悪、再興したばかりの王国で内戦が勃発する。そうなれば周辺諸国も介入してくるかもしれず、王国はその形が固まるまでにはじけ飛ぶ可能性がある。
「帝国ではなく辺境伯に出すのか?」
俺は思わず戦慄した。が、エリヤは真顔で頷く。
「命令に従わないということは反逆したと言えるわ」
「さすがにそれは……」
「もちろん、それは最悪の事態よ。だからそうならないようにしてほしい」
思っていたよりも深刻な事態に動揺するものの、だからこそ頑張らなければならない。やはり帝国と戦うのであれば王国軍は一丸となっていた方がいい。
「辺境伯の方針が見えればまた報告する」
「頼んだ」
俺が立ち上がると、早速部屋のドアが叩かれた。
「何?」
「申し上げます。王都にいた辺境伯の娘が失踪しました」
「おのれ……」
エリヤは端整な顔を歪ませて憤慨する。辺境伯の娘は“国境警戒中”の父の名代として建国祝いに王都に来ていた。もっともその父は“国境警戒中”ではなく勝手な戦争中だった訳だが。普通そんな重要な人物はおいそれと失踪しないから自らの意志で脱出したのだろう。王国に対して隔意がなければ普通に帰ると言って帰るだろうから、王国に含むところがあるということである。
「重大な役目だけど……無理しないでね」
ちょっとだけエリヤの声が弱々しくなる。場合によっては俺が辺境伯の捕虜になるかもしれないということを想定しての言葉だろう。俺は“大丈夫だ”と答えたかったがその言葉は俺の口からは出てこなかった。大丈夫かどうかは俺の努力というよりは向こうの意向にかかっている。そして。もし彼らがあくまで言うことを聞かなければ俺はどうするのか。
「ああ」
結局、俺は曖昧に答えて部屋を出たのだった。




