表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第五章 舌は剣より
32/40

秘策

 とりあえず俺は絶対に戦わなければならない組み合わせを考える。とりあえずアルセはヴォルクス要塞を落とさなければならない。本来は落とさなくても良かったが、これは例の策を発動させてしまったのだから仕方ない。

 次にアルセはオルヌスを討たなければならない。オルヌスがガウゼルを手にかけていなければいいが、そういう可能性は低いだろう。

 だが、アルセと王国は戦う必要はない。大公国の独立により王国の体面が失われたことは何らかの政治的交渉により解決できるはずだ。王国が銃を対価に帝国と密約を結んでいたとしても、帝国が滅びればそれは破棄されることもある。


「よし、エリヤにこう伝えてくれ。俺たちは即座にグラント要塞を落とす。そしてエクタールに大返ししてオルヌスを討つ。もしそれに成功したら王国の優位は失われる。そうなったら和平を結ぶしかない、と」


 俺の言葉に使者は苦笑した。


「エリヤ様もその可能性を心配していました。まあ、伝えてみます」

「頼む」


 使者が帰っていくと、俺もアルセの元へ戻る。今聞いたことをどう伝えようか。下手に話せばアルセは逆上して単騎でエクタールに帰りかねない。どういう風に伝えれば冷静に今後の対策を考えてもらえるだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、アルセは別の使者と話している最中であった。今度の使者は大公家の者であったが、アルセの表情はこわばっている。


「何……だって!?」


 アルセが絶句した。三日前、無人だと思われた要塞に攻撃して一斉射撃を受けたときもここまでの衝撃はなかった。そのアルセがここまでの衝撃を受けるということは可能性は一つしかない。


「それで、父上は!?」

「いえ、特に知らせはないです」


 使者は消え入るような声で答える。やはり、オルヌス謀反の件が届いたのか。


「こんなことが……こんなことがあるって言うのか!」


 アルセは天を仰いで咆哮した。


「いくら兄上と言えどもこのような無法を働くとは! 自らの父に叛いて簒奪を働くなど許せない!」


 やがてアルセの表情は呆然から怒りへと変わっていき、白くなっていた顔はみるみる赤くなっていく。


「兄上め……今すぐわが手で討伐してくれる!」


 そして剣を抜くなり手近にあったテーブルに斬りつけた。テーブルはアルセの怒りを受けて無残にも真っ二つに割れる。


「待てアルセ!」

「ジーク」


 アルセは火を吹きそうな勢いで俺を睨みつける。思わずたじろいでしまいそうになる。


「こんな非道をされて何を待つことがあるって言うの?」

「確かにオルヌス殿は討たなければならない。だが、それより先にやることがある」

「そんなのある訳ない!」


 アルセは怒りのあまり拳を机に振り降ろそうとして机がなくなっていることに気づく。興奮のあまり自分が机を叩き斬ったことすら忘れていた。


「俺たちがすべきは要塞の攻略だ。帰るのはそれからだ」

「は? こうなった以上こんな要塞に何の価値があるって言うの?」


 アルセは俺を射るように睨みつけた。俺は体中に無数の矢が刺さるような感覚に襲われたが、それでも懸命にアルセを見つめ返す。


「価値はある。このまま引き返せば俺たちは敗軍だ。だが、落として帰れば凱旋だ」

「だからそれに何の意味があるの? こんなところで時間を使っている間に父上が殺されたら?」


 アルセの目に涙がうっすらと浮かぶ。


「……」


 それを言われると弱かった。正直殺すつもりならもう殺しているだろうが、まさかそんなことを本人に言うことは出来ない。何か別の言葉を見つけなければアルセは説得出来ない。


「ここで敗軍になれば王国も嵩にかかって攻めて来るかもしれない」

「そんなことはどうだっていい!」


 そうだ、確かに今のアルセにとってどうだっていい。だが、ここで要塞を放置して帰ることはありえない。何とかアルセを説得しなければ。そのためにはアルセを説得する言葉を探さなければならない。考えろ、今のアルセの心境を。そうだ、彼女は父親が大事といった。だとすればたとえ非情でもガウゼルを利用するしかない。


「アルセ、お前の父上は偉大な人物だ。圧倒的な武を誇るだけでなく、広大な領地を統治した。帝国に負けた後も諦めることなく再起を期した。そんな偉大な父上がもし生きていたらどう思う。要塞を落とせば帝国に対する大きな橋頭保になる。今落とさなければあんな延命策を弄してくるリオネルのことだ、守りをさらに強化してくるかもしれない。帝国領を奪うことを夢見たガウゼル様はどちらを望むと思う!」

「……」


 アルセは沈黙する。強気一辺倒だった彼女にも迷いが生じている。俺はあと一押しとばかりに続ける。


「もしガウゼル様がここにいればどちらを命じると思うか」

「確かに」


 アルセは短く頷いた。その目は少し赤かったが、涙は止まっていた。


「だけど、もし私のせいで死んだら」

「アルセ、もしガウゼル様が死んでいたらお前が大公だ。大公には領地と領民を守るために行動する義務がある」

「私が……大公……」


 アルセは再び呆然とした。大公という言葉は確かにアルセの胸に刺さったようだった。アルセはしばしの間その言葉をかみしめているようだった。エリヤは王国が再興した途端に王国という重荷が双肩にのしかかったと言っていた。国の重さというのはどういうものなのだろうか。想像することしか出来ない。

 やがてアルセの表情はすっと引き締まる。


「そっか、私はもう大公かもしれないんだね」

「そうだ。まだ父上が大公かもしれないが、それにしても後継者になることは確定だろう。酷な言い方だが、そうなったらお前には責任がある。今までと同じ行動は出来ない」

「分かった。私は一両日中に要塞を落とす。そしてエクタールに凱旋する」

「そうだ、それが一番だ」

「よし、早速総攻撃の準備を」


 アルセは再び総攻撃の準備を始める。相手の延命策にかかったと知って二回総攻撃をかけたものの失敗し、さしもの大公国軍も士気に衰えが見えていた。アルセはそれを再び鼓舞しに向かった。


 その夕方、待ちに待った飛竜が西から飛んできた。この砦を落とさなければ王国軍と戦うこともオルヌスと戦うことも出来ない。最初に策を考えたときはまさかここまで切迫した状況になるとは思わなかったのでやりすぎだと思ったが、今となっては躊躇はない。俺は陣頭に立って空に手を振る。それを見つけた飛竜は静かに俺の前に降り立った。


「久しぶり……と言っても一週間ぐらいかしら」


 そう言ってひらりと飛竜から降り立ったのはレーネだった。


「今回はわざわざ来てもらって悪かった」

「いいわ、あなた方の作戦に乗ることは私たちの利益にもなる。それにあなたに対して貸一つだから」

「それはいいけど、俺が返す保証はないだろう」

「大丈夫。そのうち、私たちは無碍に踏み倒せない勢力になるから」


 相変わらず彼女は自信に満ちている。アルセの自信の根源は自らの強さだったが、レーネの自信の根源は自らの正しさだった。容易に折れそうにない自信を持っていること、そしてそれが他者を惹きつけていることについてはレーネとアルセはよく似ていた。ただ、そんなレーネも帝都を落としたという知らせはまだ入ってなかった。


 が、そのうち俺の心配は杞憂だったことに気づく。俺に対する貸し以外にもレーネがこの作戦で得られるものはあった。


「それでは早速作戦だけど、今回私は建前上中立の立場でやってきたということにしようと思う」


 レーネは帝国の敵であり、アルセと結んでいる以上明らかに中立ではないが、この戦場に限っていえば確かに中立と言えた。


「だから私は建前上帝国兵だけでなく大公国兵にも呼び掛けることにもなるけど、どうせ大公国の兵士に私の言葉は届かないだろうから見逃して欲しい。それで話す内容だけど……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ