暗雲
そのころアルセ軍は要塞を攻めあぐねていた。戦闘再開後、アルセ軍は大盾を構えて接近し縄を投げて逆茂木に引っ掛け、引っ張ることで逆茂木を取り除く。その後再び猛攻をかけたが要塞の兵士も必死の抵抗を見せてあと一歩というところで日が暮れる。
翌日、アルセ軍は猛攻が実って城壁を乗り越える。しかし城壁の中には異様な風景が広がっていた。そこかしこに瓦礫で山が築かれており、城兵は即座に瓦礫の後ろに身を隠して射撃した。城壁を乗り越えただけではこの防御を突破出来ないと城門を開けようと、内側には落とし穴が掘られていた。そんなことをしている間にまた日が暮れた。
翌々日、俺たちは策が尽きた振りをして小競り合いに終始した。銃弾が盾を貫かない程度に接近して撃ち合いを行う。そして日暮れとともに兵を引き、夜襲を仕掛けた。しかしそれも想定の内だった。城壁の上に赤赤と篝火がたかれ、接近する兵士は炎によって照らし出された。三日の攻防で感じたのは、最初は逃げ惑うばかりだった城兵にだんだん度胸がついてきているような気がすることであった。この分だと本格的な攻城兵器の用意をしなければならないかもしれない。
そんなことを考えていた三日目、王国軍がアルセ川上流に布陣したという知らせがあった。すでに第一便の飛竜は王国軍に弾薬を届けているだろう。数日もしないうちに王国軍は強化される。が、銃を手に入れた後どうするのかは不明で不気味だった。帝国から銃を受け取るということはある程度帝国に利のある行動をすることが予想される。
「どうしよう、今日も総攻撃をかけるしかないかな」
アルセが珍しく弱った顔で俺に尋ねる。ちなみにアルセの家臣は文官のリネアも含めて「今日こそ落とす」と声高に主張するのみだったらしい。が、視野は狭いが愚かではないアルセは不安になったのだろう。違うことを答えるであろう俺に相談を振ってきた。
「一応俺に秘策がある。もっとも、そんなに格好いい策ではないが。今夜か、明日の朝には発動するだろう」
「秘策?」
「そうだ、実は……」
俺はその内容を話す。それを聞いたアルセは困惑した。
「それ、私に黙ってやっていいことじゃないでしょ」
「だって、こんなこと言ったらアルセでは落とせないって思ってるみたいだろ」
「そうだよ」
「……違うって。状況によってはアルセがここを離れて少ない兵力で要塞を落とさなければいけなくなるかなって」
「なんか言い訳くさいんだけど。まあ、今回は状況に免じて不問にしてあげる」
それに一応俺はアルセの家臣ではない。成り行きで限りなくそうなってしまっているが、ある程度自主的に行動しても問題ないはず。
「ただ、そもそも発動しない可能性もあるし、うまくいかない可能性もある。その場合、俺はここに抑えの軍勢を残して王国軍に対処することを提案する」
エリヤと戦いたくはなかったが、本格的に帝国と結んだのであればどうにかしなければならなかった。
「でも、私たちが退却したら要塞の兵士は士気が上がるかもしれない。私たちがまた来る頃には自信をつけているかもしれない」
要塞の兵士に自信が宿ってきている現状から考えるとそれはあながち杞憂ではない。
「だが、王国軍に銃を与えて放置すれば彼らは銃を使いこなすだろう。使い慣れないうちに討たないといけない」
俺はそれを口にしつつ悲痛な気持ちになった。そもそも俺は王国と辺境伯に無用の争いが起きないようにこちらについて尽力した。なのになぜ王国軍の先手をとるよう勧めないといけないのか。こんなことならエリヤのために辺境伯をだまし討ちにするのと大して変わらないのではないか。
だが、そんな俺の悲痛な内面とは裏腹に俺が説明した理はアルセにも伝わったようだった。
「確かにそうか。それなら、落とせても落とせなくても主力は反転させないといけないね」
「……そうだな」
俺は力なく頷く。何とかもう一度エリヤを説得出来れば。しかし一体何て説得する。すでにエリヤは帝国から小銃を受け取っている。その対価は絶対大公国を討つことだろう。
いや、待てよ? 力関係が微妙に変わった今なら俺たちは和平を結べるのでは? 王国は大公国の独立を認める。大公国は帝国からヴォルクス要塞を割譲してもらう。帝国は王国に銃を渡す。王国は戦わずして銃を入手し、帝国はとりあえず外敵の脅威がなくなる。
が、俺が自分の案をまとめている最中に使者がやってきた。
「軍師殿、軍師殿あてに使者が」
「まじかよ」
やってきた使者は王国の紋章をつけていた。ということはエリヤからか。何か糸口があればいいが……。一応俺は人目のないところで使者を引見する。
「エリヤからか?」
「はい。ジーク様に言伝です。エリヤ様がおっしゃられるには、すでに王国軍には小銃の配備が完了。さらに公都エクタールはオルヌス殿が占拠しました。このままではアルセ殿には勝ち目はありません。至急アルセ殿に降伏いただくか、ジーク様に出頭いただきたいと」
「何だと」
俺は驚いたような気持ちになったが、考えてみればオルヌスの謀叛は必然の成り行きと言えた。オルヌスから見れば、このまま放置すればアルセが家を継ぎ、自分の立場は下がっていき、やがてはアルセとともに滅びていってしまうことになる。そんなことはまっぴらごめんに違いない。
それでも俺が油断していたのはひとえにガウゼルを重く見ていた故である。思ったよりガウゼルの病が重かったか、それとも……
「ガウゼル公は生きているのか」
「そこまでは我々も」
使者は首を横に振る。何ということだ。かなり状況は悪くなったが、それよりもアルセは父を失った可能性が高い。どうしてこんなことに……。完全に俺の考えたことが裏目に出たせいではないか。俺のせいで余計な対立と戦火が生み出されている。今更和平なんて片腹痛い。俺は思わず天を仰いだ。
「ご安心ください、エリヤ様は今でもジーク様を必要とされています」
そうか、これだけ状況を悪化させた今でも俺は必要とされているのか。しかしそんなことは自分で許せるはずがなかった。
「この状況で俺がはいすみませんでした、てのこのこ出ていける訳ないだろ」
「そういうものですか」
使者は首をかしげている。ただの使者に俺の気持ちが分かる訳がないが。だとしたら俺に出来ることは何か。何とか挽回の余地はないか。それを考えるのが軍師に祭り上げられた俺の役目ではないか。




