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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第四章 エリヤの憂鬱
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オルヌス

 そのころ、新王ルイスはルッケルという武将を大将に五千の軍勢を組織した。ルイスには新生アルリス王国の内政という役目があるため、代わりにエリヤを派遣した。ルイスとエリヤのどちらが残るかは少し揉めたが、国王に万一のことがあってはということでエリヤが出陣した。それにエリヤには帝国との同盟の他にも外交の当てがあった。そういう工作をするなら自分が出陣した方が話が早い。ちなみにヴォルクスは銃を引き渡す段取りをするためにいったん帝国に戻っていた。


 王国軍は辺境伯領改め大公国領を北から迂回し、アルセ川の上流を目指した。あまり要塞に近づきすぎては大公国軍が攻めてこないとも限らない。兵力でも質でも負けている以上、しっかりと銃を確保して万全の外交をしてからでないと戦うことは出来ない。


「エリヤ様、エクタールよりの使者が参りました」


 エクタールは先ほど辺境伯が帝国より奪還し、今や大公国の首都となった地である。


「待っていたわ。すぐに通して」


 エリヤの元に通された来たのは一人の青年だった。馬を飛ばして来たのか息は荒いが、表情は使命感に満ちている。そう言えば辺境伯領に飛竜はいない。まあ、いてもこの方角に飛竜が飛んでいくのが目撃されれば大事になるので使えないだろうが。


「お目にかかれて光栄でございます。私、グランフィールド伯爵家に仕えるオリバーと申す者でございます」


 彼はあえて大公国ではなく伯爵家という言葉を使った。自分の立場を明確にしているのだろう、大公国など認めないと。


「私がエリヤ=アルリスよ。早速返事を聞かせてもらおうかしら」


 すでにエリヤはオルヌスに対して使者を送っている。オルヌスの向背が定かでないためあまりはっきりしたことは言わなかったが、オルヌスが辺境伯に就任することを祝福する内容である。まあ、裏切れということだ。


「はい! 結論から言えば我らはアルリス王国に対する忠義を失っておりません。そもそも私は元々アルセ殿に仕えておりました。あまり旧主のことを悪く言うものでもありませんが、アルセ殿は自らの軍事力を過信し帝国への勝利は揺るぎないものと確信しております。私も諫言いたしましたが一蹴されました。そして家中の八割もそんな彼女を慕っている様子。


 しかしこのまま王国との関係を断ち、帝国へ侵攻すれば序盤の勝利は揺るぎないものといえどもいつかは破滅の道を歩むことは必定。しかしガウゼル様もこの方針の様子。そこで私はもう一人の有力者であるオルヌス様の元を尋ねました。オルヌス様もこのたびの暴挙に心を痛めておられ、私たちは意気投合しました。そこにこのたびの使者が来たため私たちは天祐と思った次第です」


 オリバーは興奮した口調でまくしたてる。彼の言うことはエリヤにとって全くの正論だったのでアルセという小娘はとち狂っているとしか思えなかった。辺境伯がそんな人物とは思いたくなかったが、老いて見境がなくなったのだろう、と失礼な結論を導き出す。


「全く同感だわ。しかし一体なぜアルセ殿はあなたのような忠臣の諫言を一顧だにしなかったのかしら」

「おそらくアルセ殿にはそのような理を捻じ曲げるほどのカリスマがあるのだと思われます。兵士たちも皆彼女についていけば勝利は思いのままと思っているようでした」


 彼女と会ったことのないエリヤにはよく分からなかった。だがジークが入れ込んでいることを思い出して不愉快にはなった。


「ちなみにあなたの見立てではアルセ軍は帝国に勝つと思う?」

「純粋な軍事力のぶつかり合いだけで言えばまず勝でしょう」

「私たちには?」

「絶対勝ちます」


 分かっていることとはいえ断言されるとエリヤは嫌な気持ちになった。しかしそれをぐっとこらえる。政治とはまず不都合な現実を受け入れるところから始まる。


「でも、軍事的なぶつかり合いだけで決まる訳じゃない。辺境伯に帝国の広大な、それも叛乱が吹き荒れる地を支配するほどの政治力はないし、辺境伯以外の貴族は当然こちらにつく」


 実際、すでに数人の貴族から辺境伯の横暴を非難する声が上がっており、出陣してから王国軍の兵力は増えている。彼らが本当はどう思っているかはともかく、広大な辺境伯領は極めて魅力的だった。

 だが、とエリヤは思う。王国は小銃を入手して平民軍を創設し、貴族の特権をはく奪しようとしている。もちろん辺境伯に味方したところでただの家臣としてしか扱われないだろうが、そう考えると彼らは哀れな存在であった。


「そうです。世の中はトーナメント戦じゃないから軍事的な強さだけで全てが決まる訳ではないというのに」

「おもしろいこと言うわね」


 確かにトーナメント戦だったら辺境伯軍は圧勝するだろう。しかし、とエリヤは考える。もし帝国と王国、それにアルヌスらに包囲されてそれでも戦うたびに戦術的勝利を向こうが積み上げれば戦いはどうなるのだろうか。


「何はともあれ、あなた方は賢い選択をしたわ。それで具体的にはどうする? いくらアルセ軍が出陣したとはいえ、辺境伯が睨みを利かせているんでしょう?」

「それがそうでもないのです」


 オリバーは急に声を落とす。オリバーが刺客である可能性は否定出来ないので一応人払いは出来ない。エリヤに武術の心得はなく、しかも王女という地位なので衝撃を与えたいのなら狙いどころではあった。


「実は辺境伯様は体調を崩され、臥せっておられます。しかも主戦派の軍勢は皆アルセ殿について出陣しております。我ら、勅命さえいただければいつでも決起いたします」

「!」


 そうか、それで辺境伯は出陣しなかったのか、とエリヤは納得する。てっきり王国に対する備えかと思っていたがそうではなかったのか。だとすれば事は簡単である。もちろんオルヌスの内応はルイスにも許可をもらっているし、何ならオルヌスを辺境伯に認めると言う勅命も預かっている。


「ではこれを」


 オリバーは一枚の紙を取り出す。それはオルヌスがアルリス王国へ忠義を尽くす旨の誓紙であった。


「分かったわ」


 エリヤもルイスからもらった勅命を取り出し、空欄になっていた日付の欄のみ記入する。それを見たオリバーは緊張した面持ちで、でも確かにうやうやしく受け取る。

 本来なら勝ちを確信するところだったがエリヤの胸中は晴れなかった。今のところアルセ軍は要塞を落としてはいないらしかったが、アルセ軍が要塞を落として反転しエリヤ軍を破り、さらにオルヌスを破るという可能性が捨てきれない。何よりエリヤの中では見所があると思われたジークがアルセ軍に加わっているのが気がかりだった。


「もう一度だけ彼にも使者を立ててみよう」


 エリヤはそう決めた。


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