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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第三章 征西軍
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グラント要塞

 帝国東方軍総司令官のリオネルは頭を抱えていた。

 仰々しい名の役職は帝国が栄華を誇っていたころにもらった職である。当時アルリス王国を粉砕して世界に覇を唱えた帝国は、主力を編成して北方遠征軍を組織した。そのためリオネルはここグラントで王国ににらみを利かせる役目についた。

 しかし北方遠征軍の組織中に叛乱の嵐が吹き荒れて崩壊。さらには王国でも叛乱が起こった。

 リオネルは対処しようとしたものの、足元の東方軍の中にも軍勢を離脱して叛乱に加わる者が相次いだ。リオネルは現実的なところを考えて王国の方は無視して帝国領内の叛乱の鎮圧に尽力しようとした。王国も独立を手に入れれば帝国領には進出してこないかもしれないと考えていたし、実際リオネルは知らないが王国内では帝国との和睦の方が主流だった。


 が、リオネルの期待もむなしく辺境伯の軍勢の一部が突出し、要塞に迫った。そのときにリオネルの手元にいた兵士は三千ほど。要塞に迫っている軍勢は三千ほどと聞いた。もっとも、後にそれは間違いであったと分かるのだが。しかし同数での野戦では勝てない可能性があり、かつ軍勢を率いてうろうろしていると民衆叛乱に加わって離脱していくと考えたリオネルは即座に援軍要請を出して要塞に撤退した。


 もし野戦で軍を散開でもすればその兵が帰ってこないなんてこともある。その後すぐに敵将キールの軍勢が要塞を包囲した。七年前の戦で親を帝国に殺されて復讐に燃えているという噂を聞く。二千しかいないと知ったリオネルは見張りを呪ったが、ある意味好都合であった。相手が二千だとしても籠城を選んでいただろうと思い直したからである。


 そこからの一週間ほどはリオネルにとっては我慢の日々であった。幸いにしてリオネルは貴族ではなかったし、この地の領主でもなかったので刈畑をされてそこまでの心理的苦痛はなかったが、普通に考えてこんなことをされているようでは帝国はもう長くない。そう考えるとリオネルは暗い気持ちになった。


「叛乱する気持ちも分かるが外敵を何とかするのを待ってからにしてくれればいいものを」


 だが、すぐにリオネルは思い直す。


「まあ冷静に考えてみれば我々が辺境伯に代わるのは彼らにとっては悪くないことなんだろうな」


 リオネルはそんな後ろ向きなところがあった。が、さらにリオネルにとって良くないことが起こった。砦に先にやってきたのは帝国の援軍ではなく敵の本隊だった。それでも、こちらの兵数は実は三千。兵器では勝っているし籠城の利もある。帝国兵は弱兵とはいえ、城に隠れて銃撃する程度のことは出来た。落ちないだろうと思っていたが、緒戦でいきなり東門を突破されてしまう。


「くそ、かくなる上は味方ごと撃て!」


 リオネルは苦渋の命令を発した。幸い撃たれるとは思っていなかった敵軍は退いていく。が、すぐに南門が破れて今度はキールという敵将が率いる軍勢が城内に乱入した。


「撃て!」


 ようやく城内に突入したと思ったキールの兵士はたちまち近距離で銃弾を受ける。突入すれば白兵戦が待っていると思っていた兵士たちは不意を突かれてたちまち数を減らしていく。


「リオネル様、今こそ南門を奪い返しましょう」


 一人の家来が進言する。が、リオネルは首を横に振った。


「だめだ」

「どうしてです!? 門を奪い返さなければこのままずっと敵は侵入してきますよ!?」

「突撃すればどうしても白兵戦になる。そうなれば銃を撃つことは出来ない。ここで城壁を越えてきた相手を銃撃するだけでいい」

「しかし、それではいつかはここも突破されてしまいます」

「それもやむを得ない。籠城戦なら戦線が縮小するのは一概に不利とは言えないからな。それと、再び東門に備えるのだ」


 同じ兵数で守るならば防御線が短い方が一か所辺りに配置出来る兵士は増える。もちろん敵にも同じことが言えるのだが、どうせ敵は大軍なので今までと大差ないだろう。それに、リオネルにはもう一つ期待があった。ただ、リオネルは不確定な楽観的なことを言うのは嫌いだった(ちなみに不確定な悲観的な可能性を検討するのは好きだ)。


「伝令! リオネル様、敵軍攻撃停止!」


 それを聞いてリオネルはほっと息をついた。東門から攻めてきた敵の主力は退いていった。ということは南門からの攻撃もやむ可能性がある。ただ、南門の攻勢を知って逆に東門から再び攻めてくる可能性もある。


「さすがリオネル様!」


 先ほどの家来はリオネルを予言者でも見るかのようなきらきらした目で見つめる。

 が、リオネルの表情は浮かなかった。銃撃でそこそこの敵を撃ったものの、突入された際の白兵戦では一方的に殺戮されている。そして何より、帝国の優位の源である小銃が鹵獲されたと思われる。この要塞防衛線でそれが痛手になるとは思えないが、今後もあの軍勢と帝国が戦うのであればこれは痛手と思われた。もちろんそんなことを口にすれば兵士の命より銃の心配をしていると思われかねないので口にはしないが。


「まだ最初の軽い一当てを防いだだけだ。油断するな」

「軽い一当て?」


 どう見ても総攻撃だったような気がしたので家来は首をかしげる。が、リオネルの中では敵には更なる総攻撃があることになっている。


「リオネル様、申し上げたきことが」


 また別の家来がやってくる。


「何だ」

「城壁を突破された折、我が軍の兵士は相当数が命令を無視して銃を捨て逃亡しました。いかがいたしましょうか」


 リオネルは嘆息した。戦況を見るにそうだったのだろうと思ってはいたが、きちんと報告としてもたらされれば何か言わなければならない。何も聞かなければなかったことにしようと思っていたが。


「兵士たちは撤退命令が出て撤退したことにしておけ」

「はい?」


 家来は首をかしげる。彼としては兵士たちに軍律通りの極刑を与えるのか、それとも減刑されるのかを聞きに来たつもりであって、有罪か無罪かを聞きに来たのではなかった。古今東西の軍隊と同様に帝国東方軍でも敵前逃亡は死罪である。


「俺の軍隊が八割の勇敢な兵士と二割の逃げた兵士で出来ていたら斬っていただろう。だが、残念ながらこの砦にいるのは二割の普通の兵士と八割の臆病な兵士だ。しかも敵軍に包囲されているから迎え撃っているが、本心では反乱軍に加わったり逃亡したい者も多いだろう」

「なるほど……」


 そう言われれば家来も納得するしかなかった。確かに後々軍紀の乱れには繋がるだろうが、今すべきなのは今を切り抜ける心配である。


「やはり平民兵には銃を撃たせることしか出来ないな。白兵戦になれば敵の精兵に勝てる訳がない。となれば……。よし、まずは負傷兵の救護だ。そして無事な者にはやってもらうことがある」


 リオネルはいつも通りちょっと憂鬱そうな表情で指示を出した。それを見て兵士たちはリオネルが怒涛の総攻撃にも全く動揺せず平常心でいると感じ、頼もしく思った。

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