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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第三章 征西軍
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緒戦 Ⅱ

「アルセ、やはり下がった方がいいだろう」

「ここで下がったら前線は持たない。皆の者、弾丸は当たらない! 所詮敵は平民上がりの素人に過ぎない!」


 なおもアルセは先頭に立って進む。少しの間装填に時間があったのか、銃口が消えてまた突き出されてくる。こちらの軍勢は先ほどより城壁に近づいている。そして、近距離から銃弾が発射された。


「ぐはっ!」


 今度はさらに多くの兵士たちが倒れる。アルセの足元にも銃弾が届いた。近づいたとはいえ、この分では城壁に接するまでにあと二回は射撃を受けるだろう。


「アルセ、これはまずい。思いのほか当たってる」

「そうだね」


 見れば周りの兵士たちも飛んでくる銃弾に恐怖を感じ始めているようだった。進軍の足が鈍り、中には他人の後ろに隠れる者まで現れる。それを見てアルセは声を荒げる。


「うろたえるな情けない!」


 アルセはそう叫ぶと前方に飛び出す。横一線に並んでいた兵士たちの前に突然一人飛び出して来た形になる。


「アルセ、当たるぞ!」

「うるさい、ここで私が止まっては誰が進む!」


 アルセは兵士たちより一歩前に出ると剣をすらりと抜き放った。


「かかれ! 城壁が破られたとき私より後ろに後ろにいた者は怯懦とみなす!」


 その声を聞いてさすがに兵士たちは奮い立った。


「そうだ! 殿下を前に出すな!」

「続け、帝国の弱兵に我らの勇猛さを見せてやるのだ!」


 再び雄たけびを上げて突撃する。すぐに銃口が飛び出す。が、今まで横一列に並んでいた銃口は今度はアルセに向いた。


「アルセ下がれ!」

「下がらない!」


 銃声とともにアルセに向かって無数の銃弾が飛ぶ。


「ぐはっ」

「うっ」


 周囲の兵士が倒れる中、一発の銃弾が人並みを分けてアルセの左手に命中した。


「アルセ!」


 俺は叫んだがアルセの方は一瞬顔をしかめただけだった。


「かすっただけだ! 私はいいから足を止めるな!」

「アルセ様を撃たせるな!」「我らが前に出る!」


 俄然、士気は上がる。兵士たちは飛び交う銃弾の中を恐れを捨てて突き進んでいく。するとアルセはなぜかその場に腰を下ろした。だが、剣は右手に持ったままである。


「これより、私より後ろに退く者は逃亡とみなして斬る!」

「何と!」


 兵士たちは斬られることよりも逃亡とみなされることを恐れるようであった。増水した川が奔流となって押し寄せるかのように東門へ押し寄せる。さらにもう一度銃弾が放たれる。先頭を行く者たちは倒れたが次から次へと雪崩のように兵士が城壁へと殺到した。さらに兵士たちはそれぞれの持ち物である着替えやパンを銃窓に詰め始める。そして城壁の上に縄が何本もかかる。城内からも慌てて銃窓を開けようとするが、そんなことをしているうちに身軽な者たちが縄をつたって登っていく。


「アルセ殿下の家臣エリスが一番槍もらった!」


 エリスは軽快な身のこなしでひらりと城壁に跳び上がる。それを見た城内からは初めて悲鳴のような声が上がった。遠くから銃を撃つことに関しては訓練された兵士でも、白兵戦となると別である。たちまち城内には混乱が広がった。そしてほどなくして城門が開く。


「突撃っ!」


 アルセの号令で兵士たちが城内へなだれこむ。が、中の帝国兵はすでに逃げるか討たれるかしており、すでに制圧されている。それを見てアルセも立ち上がると城内へと入った。


「とりあえず次は南門に向かって」


 東門を制圧したアルセだったが、他の門ではまだ帝国軍と大公軍の攻防は続いている。となれば他の門を解放して味方を引き入れるのが定石だった。

 アルセの下知で兵士たちは続々と南門に向かっていく。周囲に人気がなくなるとアルセはほっと一息つく。


「痛て。ふう」


 アルセの額から汗が噴き出す。どうやらかなり我慢していたらしかった。俺はたまらず上着を脱ぐ。


「アルセ、左手を出せ」

「うん、お願い」


 アルセは黙って左手を突き出す。よく見るとアルセの黒い軍服の袖は朱に染まっていた。かなり出血していたのだろう。俺は袖をまくらせると上着をぐるぐると巻き付けた。アルセはうっと顔をしかめる。


「お前も大変なんだな」


 俺からはそれしか言えなかった。


「別にこれくらい大したことないよ。でも、皆には私が痛がってたって言わないでね」

「ああ」


 こうしてアルセの応急手当が終わった後、俺とアルセは遅れて南門へと向かった。

 が、結果的にこの時間は命とりとなった。もしここでアルセの傷が浅く、即座に南門へ向かっていれば要塞はすぐに落ちていたかもしれなかった。


「お待たせ!」


 アルセが南門内側へ着くと近衛歩兵はすでに内部にいた帝国兵を制圧しかかっていた。ほぼ抵抗する者はいないが、逃げていく敵兵士や倒れている敵兵士もいる。そしてほんの少しではあるが、剣を抜いて立ち向かう者もいた。南門の内側には宿舎が立ち並んでいる。普段は兵士たちが寝泊まりに使っているのだろう。


「アルセ様、ほぼ制圧完了です。すぐに門を開けますね」

「うん」


 が、そのときだった。宿舎の窓からすっと銃口がいくつもこちらへ向く。そして間髪入れずに発射された。


「ぐあっ」「うぐっ」


 たちまち兵士たちが倒れた。こちらの兵士が多かったが、中には帝国兵も混ざっている。


「自軍の兵士も混ぜて射撃するとは!」


 アルセは絶叫するが、最初の突撃時のように整然と隊列を組んで戦闘していた訳ではなく、散開して白兵戦を繰り広げていたところへの銃撃である。


「退却!」


 アルセの下知は早かった。このままでは勝てない。一瞬兵士たちは不満そうな顔を見せたが下知は絶対である。次の瞬間には即座に退却に移り、次の銃弾は空を撃った。


「あと少しだったけど……まだ初日。チャンスはある!」


 こうして俺たちは撤退した。

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