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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第三章 征西軍
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緒戦 Ⅰ

 アルセ率いる征西軍はアルセ川を越え、グラント要塞を囲む先発隊と合流した。要塞を包囲する辺境伯軍改め大公国軍は歓喜の声を持って征西軍を出迎えた。


「先発隊の将キール、お待ちしておりました」


 出迎えたのは右目に眼帯をした男である。歴戦の猛者らしく見るだけで目の前の者を威圧するような目つきである。


「お疲れ様。よくここまで要塞を囲んでくれたね」


 アルセが手を出してキールの労をねぎらう。


「いえ、造作もないこと。それより伯……いえ、大公様は?」

「今回は私が征西総督を仰せつかった。父上は留守を守っている」

「そうですか」


 キールはわずかに物足りなさそうな表情を見せる。まあそれも当然か。歴戦のガウゼルと成人したばかりのアルセでは格が違う。アルセもそんな雰囲気を感じ取ったのか表情を引き締める。


「皆の者、確かに私は父上と違って頼りないところもあるかもしれない。だが、こと戦争に関して私は誰にも負けはしない」

「そうですか。まあ、俺はただ帝国兵を殺すだけですが」

 キールは憎々し気につぶやく。何であれ、闘志に陰りはないようである。

「とりあえず戦況を聞かせて欲しい」


「五日ほど前、俺は軍勢を率いて要塞に攻め寄せた。すると帝国兵は即座に要塞に駆け込んで籠城。とはいえ、たかが二千の兵しかいない我ら相手に一方的な籠城ということは大した数ではないのでしょう。その後何度か攻め寄せてはみましたが、いくら弱兵と言えど堅牢な要塞に籠っているため二千の兵では落とすに至りませんでした。一方敵軍も少し離れたところに集結の構えを見せているようですが、反乱軍に対処するのか、帝都に向かうのか、こちらへ来るのかはよく分かりません。数もいまのところ二千ほどかと」

「なるほど、大したことはなさそうだね。それで要塞の方の守りは?」

「さすがに堅固そうです。近づくとしきりに銃撃してきます。誘い出すべく挑発や刈畑も試みましたが、反応はありませんでした」


 刈田というのは敵領地内の畑の作物を勝手に収穫することである。略奪という側面もあるが、封建領主というのは土地と結びついた存在である以上敵の侵略から領地を守らなければならず、この場合は敵をおびき出すという意味が強い。


「それは難しい。でも逆に相手が奇策を弄してこないのならやることは単純。大軍で相手を押しつぶすだけ」

「ではお手並み拝見いたしましょう」

「うん。では早速配置を決めよう」


 キールは要塞の地図を広げる。アルセはその上でてきぱきと担当を決めていった。その辺は俺が口を出すことでもないので傍観している。もちろん俺は軍を持っていないのでアルセの本陣で戦況を見ていようと思っていた。

 配置が決まると、俺はアルセとともに要塞東門に向かった。要塞は東側にある王国に対する押さえであるため、必然的に東門が一番堅固である。そこを攻撃するのがアルセ率いる近衛歩兵だった。


 アルセは陣を敷くと、俺を連れて要塞の視察に出た。要塞は二メートル以上の石造りの城壁により守られていた。通常の城郭は城壁の内側に街があり、さらにその中に城を持つ。しかしこの要塞は純粋な防御施設としてのみ築かれていた。中には兵士を収容するための無骨な建物がそびえ、帝国の旗印が翻っている。中にはどのくらいの兵士がいるのか分からないが、しんと静まり返っている。数が少ないのだろうか。


「一応、何か思うところはある?」

「特にないな。士気は高そうには見えないが、城壁と小銃がある以上油断はならないだろう」


 外から見ただけではそんな無難なことしか言えなかったが、アルセは特に気にする風もなかった。アルセとしてはここで押しつぶして勝つというのはすでに既定路線なのだろう。アルセ派本陣に戻るのかと思いきや、軍の先頭で足を止める。


「皆の者、ついに我らは七年の雌伏の時を乗り越え、今帝国に逆に攻め込んでいる!」

「おお」


 アルセの言葉に兵士たちが答える。


「今こそ我らの武勇を示すとき! 全軍突撃!」


 アルセの号令とともに傍らに控えていた者が合図の笛を吹く。全軍突撃の命令が一万の軍に行きわたった。


「うおおおおおおお!」


 笛とともに周囲の兵士たちは雄たけびを上げて走り出す。まるで地面が揺れるかのような衝撃とともに近衛歩兵隊は進軍した。その様子は地面が動き出すかのようで、大きくうねる波が要塞に迫るかのようであった。


「アルセ、下がらないのか?」


 地鳴りのような進軍の中、俺は悠然と波の中にたたずむアルセに問う。


「下がる? 何で?」

「ここはもうすぐ戦場となるだろう」

「だったら余計に前に出るべきでしょ」

「は?」


 アルセが何を言っているかはすぐに分かった。アルセは軍勢とともに進軍した。というか、軍勢の先頭に出た。俺も慌ててアルセについていく。


 軍勢の先頭に出ると俺は言い知れぬ全能感を得た。俺の後ろにここだけで三千の最強の軍勢がついてくる。が、俺がそんな風に酔ったのはわずかな時間だった。気配のなかった城壁から横に並んだ無数の銃窓が開き、銃口が突き出てくる。そしてパンパンという破裂音のような銃声とともに、一斉に銃弾が飛び出してくる。兵士たちは簡素な盾を構えるが走りながら構えられる程度の盾では銃弾を完全に防ぐことは出来ない。


「ぐあっ」


 兵士たちのうち何人かが銃弾を受けて倒れる。が、それを見ても誰も進軍を止める様子はない。もちろんアルセも。だが、相手の銃撃の射程圏内に総督が入ったまま進み続けるというのはありえないことだ。

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