レーネ・カトル Ⅱ
帝国と戦うのであれば彼女らの考えを知っておくべきなのは間違いない。俺は後で読もうと思って受け取っておく。
「こほん、では改めて用件を伝えさせていただきます。現在、我ら叛乱軍は帝都へ迫っております。しかし皇族や貴族の抵抗が強く、加えて私たちは軍事のプロではないため戦争は長引きそうな様子。そこであなた方との同盟を提案しに参りました」
「同盟?」
アルセが少し真剣な表情になる。
「はい。私たちが帝都に攻勢をかけるのと同時に帝国領へ侵入していただきたいというお話だったのですが……どうやらそれに関しては無意味なようですね」
「うん、帝国には勝手に進軍する」
「ではもう一つ。私たちは帝都で叛乱を起こし、新たな国を建てます。そのため山脈の西側は我々、東側はあなた方という形ですみわけしませんか?」
「なるほど。それだけ?」
アルセは表情を動かさずに尋ねる。
「最後に一つ、お互いの国を民が行き来することはあるかと思いますが、それを囲い込むのはなしにしましょう。他はお互い友好を深めて帝国と戦うのに協力しましょうというぐらいで」
「分かった。それじゃあちょっと話し合うから待っといて」
「分かりました。ですが一つだけ言っておきますと、同盟が結ばれない場合私たちはあなた方が山脈を越えてくる意図がある、と考えて行動します。それでは」
レーネは軽く一礼して退出する。それを見届けてアルセはふうっと息を吐く。
「いきなり面倒なことになったね」
「アルセ殿下、あのような無礼なものを許しておいては禍根となります。討ちましょう」
リネアが押し殺したような声で言うと、周囲の兵士たちもうんうんと頷く。確かにアルセに忠誠を誓っている者たちから見るとレーネの態度は不遜なのだろうが、俺は必ずしもそうは思わない。帝国軍は平民がほとんどを占めている。反乱の勢いによっては、圧倒的な力を持つ帝国軍がほとんどレーネらの下につきかねないのだ。そう考えればお互い独立した勢力の中心人物として対等と言える。
「ただ私としては国境が山脈になるのは元々の意図なんだよね」
「とはいえこのままではアルセ殿下と平民の国が対等となってしまいます。和を結ぶにしてもどちらが上かはっきりさせないといけません」
リネアが理性的なのかそうでもないのかよく分からないことを言う。
「それは口で言うよりここからの戦いで示すのが一番でしょ」
そんな話がかわされている間、俺はレーネが書いた本をぱらぱらとめくっていた。外交について決めるのはアルセだから俺の出る幕はない。俺は帝国が滅ぼされた後にアルセが共和国をどうするのかについてはそんなに深い意見はない。一方、レーネの思想は少し気になっていた。
帝国をこの手で滅ぼしたいという気持ちはあるが、ここからヒルダ平原を帝都が落ちるまでに平定し、民衆叛乱軍を蹴散らして大公軍で帝都を落とすのは現実的とは思えない。だから基本的に結んで損はないと思う。
だが俺たちがヒルダ平原を平定してもなお帝都が落ちていなければそのときは。そういう気持ちは確かにあった。
「ジークはどう思う?」
俺がページをめくっていると、不意にアルセに声をかけられる。
「どうと言われても、帝都を占領する意思がないなら同盟した方がいいだろう。拒否しても不利益はないと思うかもしれないが、山脈の東でも叛乱は起こっている。レーネと敵対すれば、帝国が滅びた後叛乱の矛先はこちらに向かいかねない」
「でも……」
なおもリネアは難色を示す。気持ちは分かる。
「忘れてはいけないのは、民衆叛乱軍にとっても内乱に付け込んで攻めて来る俺たちは敵だということだ。だがレーネと同盟すれば彼らが俺たちに向かってくる可能性はかなり減る。元々帝都を奪う気がなかったのならば望外の申し出だろう」
さすがに、「それにもし帝都が落ちていなければ口実を作って破棄すればいい」とは言えなかったが。俺の言葉にリネアは不満げな表情のまま沈黙した。
「なるほど、ジークは色々考えてるね。よし、結ぶ」
アルセの出した結論は妥当だと俺は思う。リネアは不満そうな顔をしていたが、アルセの言葉に異論をはさむ気はないようだった。ただ、政治的に全く思想が違う者同士が同盟を結んだらどうなるのか。そこまでは俺には分からなかった。
「お待たせ」
結論が出るとアルセはレーネを呼んだ。レーネはさすがに少し緊張した面持ちだった。単に斬られる可能性があるからなのか、レーネもアルセが只者ではないということを感じ取ったからなのか。
「結論はいかがでしょうか」
「その前に一つ聞いていい? あなたたちはなぜ共和制という考えに目覚めたの?」
アルセの問いにレーネは少しだけ嬉しそうにする。
「いいことを聞いてくれました。説明いたします。帝国では高性能小銃開発に伴い、軍事改革が行われました。貴族軍は解散され、銃を持った平民の軍勢が組織されました。そして大量の銃に供給する銃弾を供給するため多くの民が鉱山と工場に送り込まれました。当然不満は上がったのですが、そこで私は考えたのです。これまで貴族が国の主権に近かったのはなぜか。それは彼らが国を守っていたからです。しかし今の帝国を守っているのは私たち自身。ならば私たちが主権を持たなければならないのです」
レーネの口調には熱がこもっている。それを聞いたアルセは首をかしげる。
「また誰かに国を守ってもらうんじゃだめなの?」
「進んでしまった時計の針は巻き戻りませんので」
レーネの言葉は簡潔だった。しかしそこからは自分たちで国を守るという確固たる意志を感じた。
「そうかな。大公国に従うと言うのであれば守ってあげるつもりだったけど。分かった、同盟の件、受ける」
「ありがとうございます」
レーネは少しほっとしたように頭を下げた。その後二人は契約書をかわした。一応俺も確認したが、文言に問題はなかった。こうして、封建制と共和制、異なる政治体制を目指して独立した二つの勢力による同盟が結ばれることとなった。




